第103話 世界への浸食

 戦況は一方的なものとなっている。

 少女たちの攻撃を、その身ほどの大剣と盾でアシェリナはただただ受けていた。

 カウンターを狙った魔法も少女たちには届かない。魔法の威力は頼りなく、すぐに2人に打ち消されてしまうからだ。


 「あのアシェリナさんが・・・。」

 「苦戦している・・・?」


 見守る周囲は驚きを隠せない。上級魔術師ハイウィザードの中でもアシェリナの実力は有名だ。その力量は、常に難易度の高いクエストでもあっという間に片付けてしまう迅速さにもある。アシェリナを英雄と称えるのは決して南の魔法域レギオンだけではないのだ。

 防戦一方を強いられているアシェリナは舌打ちをうった。


 (気味が悪ぃ・・・)


 繰り返される2人の攻撃はまさに阿吽の呼吸のように無駄がない。的確に急所を狙ってくるところを見ると戦闘にも慣れているようだ。

 それでもやはり所詮は子ども。体力は圧倒的にアシェリナに分があることは一目瞭然だ。対峙する相手とのレベル差を瞬時に測れるアシェリナにとってこの2人は脅威でも何でもない。


 (なんだぁ、この感じ・・・?)


 いつもとは違う感覚にアシェリナが首をひねった時、続く連撃が影から伸びたことに一驚した。

 それはありえるはずのない軌道からの攻撃。咄嗟に半身をひねったアシェリナは血しぶきに片目をつむった。


 (なっ・・・!!)


 急に倒れ込んできた小さな影を受け止めたアシェリナはさらに驚愕する。それは腹を射抜かれたおかっぱの少女だったからだ。

 殺気が淀む。少女を抱きとめたまま続く攻撃を躱したアシェリナは激昂した。


 「何を考えているっ!!」


 アシェリナへ攻撃するためもう1人の少女を犠牲にした異常な行動に声を荒げるが、長い髪を結わえた少女は顔色一つ変えていない。


 「あぁ、大変だ。ふみ、おいで。」


 ファルナがその場で手招きをすると、アシェリナの腕から少女が飛び出した。


 「痛かったね。すぐに治してあげるよ。」


 そう言うと少女を優しく包み込む。すると腹からの血が止まり、ふみという少女はすぐに意識を取り戻した。


 「治癒魔法・・・なのか?」


 マソインたちは首をかしげる。

 精霊の気配は無かった。もちろん詠唱も無ければ見たことのない事象だ。しかしさっきのケガなど無かったかのように、少女は再びアシェリナに向かっていく。


 「貴様、あの少女に何をしたんだ!」

 「愛を注いだだけさ。」

 「何だって・・・?」

 「愛だよ、愛♪僕たちの絆の形さ。」


 にやりと笑うファルナに柔らかい衝撃が加わったのはその時だった。


 「あやっ!?」


 そこにはぐったりとした様子の少女が眉をひそめ小さく呻いている。目線を上げれば、もう1人の少女を片手で制するアシェリナの姿があった。


 「やっと合点がいった。」


 目の奥に怒りの光を灯したアシェリナはファルナを強く睨んだ。


 「おまえさん、こいつらの教育間違えてんぞ。」

 「ふみを離してくれないか?ふみの首が潰れちゃうよ。」


 チッと舌打ちをしながらアシェリナは力を緩める。少女はすぐにファルナの元へ向かっていった。


 「可哀想に。首に痣ができている。すぐに治してあげるからね、ふみ。さぁ、あやもおいで。」


 ファルナは再び2人を優しく抱きしめた。少女たちの傷はまたたく間に消えていく。


 「なるほど。違和感の正体はそれか。」

 「違和感・・・?」

 「あぁ。こいつらからは死の恐怖がまったく感じられない。ただ目の前の敵を撃つことしか考えていない動きだ。自分の身を守ったり、一緒に戦う相手すら顧みない超直線型思考でいやがる。

 そんな小さいガキたちに何を仕込んでやがる。こんなやり方、命がいくつあっても足りねーぞ。」

 「大丈夫。2人が死ぬ前に僕が全部治すから問題ないさ。」

 「痛みや苦しみは消えるわけじゃない。ガキたちに命を軽んじる戦い方を教えてんじゃねーよっ!」


 アシェリナの怒号が響き渡る。しかしファルナはうすら笑いを浮かべるだけだった。


 「2人はオレの霊魔だ。オレがどうしようとお前には関係ない。さぁ、あやふみ行っておいで。」


 ファルナの合図に2人は再びアシェリナに飛びかかった。


 「くそっ!!」


 再び襲ってきた2人にアシェリナは応戦する。しかし防戦一方に変わりはない。


 「あの咎人が少女たちを操っているのだな。のであれば、あいつを――!!」


 マソインは拳に魔法を宿す。


 「お前から片付けるっ!!」


 魔法が使えないわけじゃない。マソインは今出せる全力の力をファルナへ振り下ろした。


 「おっと。危ないなぁ。なにするんだよ〜。」


 マソインの攻撃をフワリと避け、口を尖らせるファルナに焦りは見られない。


 「霊魔の居ない咎人なんぞ恐れるに足らんわっ!!」


 マソインをあざ笑うかのようにファルナは攻撃を受け止めた。


 「こんな力でオレを殺れると思ってるの?」

 「ぐっ!!」


 思い切り押し返されたマソインは尻もちをついた。


 「いるんだよねー。咎人は霊魔が居なければ何もできないとか思ってるヤツ。本当に・・・虫唾が走る。」


 気配に殺意が纏う。それでもマソインはファルナを睨みあげた。


  「あんたたちだって精霊を使役できないと何もできないじゃないか。上級魔術師ハイウィザードだって、あんなかわいい霊魔2人に手を出せず、お前は精霊を使役できない咎人に見下されている。滑稽な話だよ。」

 「っ・・・!!」

 「オレからしたら、魔法の使えない魔術師ウィザードこそ無価値だよ。精霊の力を借りないと生活すらままならない。そんな存在がどうしてこの世界で大きな顔をしていられる?」

 「我らは世界を創造してきた精霊と共存し一緒に軌跡を辿ってきた。そんな精霊の力すら操れない咎人こそ無価値だと思わんのか!」

 「・・・操れない、ね・・・。」


 ファルナはマソインに向かって手を広げる。


 「・・・マソインさんっ!!」


 熱が奔る。焦げ付く匂いが充満し煙は周囲を不明瞭にしていった。

 その中からマソインが驚いた表情でゆっくりと起き上がった。マソインに体当たりするように飛び出したミトラも凝視する。


 「咎人が、魔法を・・・?」

 「でもこれは、火精霊サラマンダーではない・・・。なにか不純な気配がまとわりついているぞ。」


 火精霊サラマンダーのElementを持つマソインはそう断言した。


 「操れなかったら奪えばいいんだよ。」


 ファルナが満足そうにうなずく。


 「・・・奪うだと?」

 「確かに咎人は精霊を使役できない。精霊に負の意識を植え付けた瞬間、使役関係が破綻するからね。でもそれがどうしたというんだ。使役できないなら無理やり力を吸い取り奪えばいいんだよ、こうやってね。」


 再びファルナが手を伸ばす。ミトラは急いでマソインの前に立ち、障壁を作り出した。


 「っ――?!!」

 「・・・今度は水精霊ウンディーネ・・・?」


 マソインは目を見張った。

 ファルナは水の弾撃を自分たちに向かっていくつも放っているのだ。散る水しぶきに、ミトラは何度も首を振り雫を振り払った。


 「頑張るねー。じゃあ、これはどう?」


 ファルナが両手をかざす。すると、左手からテニスボールほどの大きさをした火の塊がいくつも発現されミトラたちに容赦なく向かっていった。


 「火と水を同時に――!!」

 「抑えきれ――」


 着弾する2つの攻撃は、ミトラたちを大きく吹き飛ばした。


 「ミトラァッ!!――クソッ!!!」


 ミトラに駆け寄ろうにも2人の少女がそれを許さない。アシェリナに焦りの表情が満ちる。


 「2人とも大丈夫か!?」


 吹き飛ばされた2人にインネが駆け寄った。


 「あぁ――」

 「えぇ、なんとか・・・。」

 「インネ殿。今のは水精霊ウンディーネか・・・?」


 インネは首を振る。


 「いや、気配が違う。あれは水精霊ウンディーネではない!」

 「やはりな。あいつが使う火の攻撃も火精霊サラマンダーではなかった。では一体どうやって魔法を・・・!?」

 「クハハハ。笑えるなぁー。どうして咎人のオレが魔法を使えるか分からないって顔ー。」

 「くっ、貴様っ!!」

 「仕方ないなぁ。教えてあげるよ。」


 そう言うと、ファルナは首元からアクセサリーを取り出した。それは青い石が輝くネックレスだった。


 「魔集石ましゅうせきだよ。」

 「魔集石?」

 「うちには、こんなものばっかり作ってる風変わりな奴がいてね。大抵ロクなものじゃないんだけど、これは超便利♪」


 そして誰もが見える高い位置にネックレスを掲げた。


 「あんたたちの魔法って使役した精霊の力を借りて発現するものだけど、精霊って今こうしている間もこの周囲に存在してることを知ってる?」

 「・・・塵幼精フォルベルのことを言っているのか・・・?」

 「あー。確かそんな名前だったね。」

 「塵幼精フォルベルは精霊になる前の原子だ。使役できる精霊になるまで長い時をかけて自然と融合する大事な核だぞ。」

 「この石はそれを集める機能を持ってるんだって。」

 「何だって・・・!?」

 「難しいことはよく分かんないけど、周囲にあるそれを集めて丸めてぶっ放すっていう仕組みらしいよ。」

 「塵幼精フォルベルにあんな魔法を放つ力なんてないはずだ。」

 「微量な物質だからねー。だからオレたちが集めて丸めたものに力を注いでいるんだよ。」

 「・・・まさか・・・。」

 「そう。負の意識を注いでるんだ。そうすることで本来持っているElementを限界まで増幅させてるってわけ。」

 「ま、待て。そんなことをすれば・・・」

 「うん。ぶっ放した時点で核は消滅。この世から消えちゃうってことだね。」


 誰もが絶句した。

 精霊に死という概念は無い。精霊は空気であり、水であり大地だ。本来あるはずの世界そのものが精霊と言っても過言ではない。それを共生する人間が消滅させているのだ。


 「白は何にも混ざり何色にも染まる。最後は自分が何色になっているかも分からないんだ。」

 「お前・・・なにをしているのか分かっているのかっ・・・!?」


 マソインは怒りに震えている。ミトラとインネも険しい顔でファルナを睨んだ。


 「そんな怖い顔しないでよ。精霊なんてその辺に腐るほどいるじゃん。ちょっとぐらい消えたって大丈夫だよ。」

 「そういう問題じゃないだろう!」

 「知らねーよ、精霊の事情なんて。それより自分たちの心配をした方がいいんじゃないか?」


 ファルナは再び両手を向けた。

 青い魔集石がキラリと光る。すると、両手から業風が巻き起こった。


 「今度は・・・風精霊シルフッ・・・!」

 「でもやっぱり気配が・・・」

 「きっと負の意識と混ざり合ったからだ。純粋なElementではない。」


 出せる全力の力で業風から身を守っていた時、胸を押さえたミトラが膝から崩れ落ちる。

 倒れるミトラを視界の端に捉えたアシェリナは、飛び回る1人の少女を鷲掴みにした。


 (1人だけでも――!!)


 このままではミトラを助けることができない。絶え間なく続く攻撃を止めようと少女の腹部を狙った時、もう1人の少女がアシェリナの腕にしがみついた。


 「やめて。」

 「!」

 「お姉ちゃんを傷つけないで。」

 「――!!」


 それは瞬きする刹那の瞬間。

 少女の瞳に映る歪んだ自分と目が合った時、小さな拳がアシェリナを貫いた。

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