第101話 濃い闇に
「使役権限って何だ?」
「共有している情報ですよ、アシェリナ。」
「パスワード忘れちゃたんだよなー、ハッハッハッハッ!」
「ったく・・・。咎人1人に対し使役できる霊魔は1体。その
「ほぉ〜。そりゃあスゲーな。じゃあ何体も霊魔を使えるってことか。便利だなー。」
「感心している場合じゃないですよ。使役権限が無くなったことで霊魔の材料となる対象が狙われ、行方不明となっているんですから。」
2人の会話にファルナは腕組をする。
「確かに使役権限を解消することで霊魔の扱いに幅を持たせることができたさ。でも、オレたち咎人も霊魔なら何でもいいってわけじゃないんだよ。」
「どういうことだよ。」
「お前たちに話しても分かんねーよ。それより悠長にしていていいのか?』
「・・・?」
「わざわざ魔法を制限して閉じ込めたお前たちをそう簡単に逃がすと思うか?」
ファルナがニヤリと笑う。
「まさか・・・ミトラ殿っ!」
「・・・えぇ。先ほどから何度も試みていますが、
「なにっ・・・!?」
「えぇーおかしいなー?結界の影響かなー?それとも・・・それどころじゃない事態になっているのかなぁ・・・」
「ミトラ。」
「・・・大丈夫。学園には僕が最も信頼しているメンバーがいるから。」
力強く見据える視線とは対照的にミトラの拳は震えている。もしかしたら学園に大きな危機が迫っているかもしれないのだ。
「ふざけるなっ!ここから出せっ!!」
ライトグレイのフードが揺れる。取り乱しながらファルナに詰め寄ったのは、
「お前たちの茶番に付き合っている暇はないんだ!この結界を早く解けっ!」
「は?」
「ダメだ、無闇に近づいたら――」
止めるミトラの手は届かなかった。グチュリという音にマントが赤く染まっていく。見れば使者のみぞおちにファルナの手が貫通していた。
「ぐぁ・・・」
背中から倒れる使者とエリスと
「くっ・・・!」
治療を中断して駆け寄ろうとするインネを止めたのはシャノハだった。
「もう無駄です。オクリタさんの治療に専念してください。」
確かに使者はピクリとも動かない。すでに事切れているのだろう。
「急がなくても全員殺してあげるよ。」
血に染まる手と不気味な笑みを浮かべるファルナに誰もが戦慄を覚えた時、悲痛な叫びがこだまする。
「た、助けてくれっ!!」
ファルナから距離を取った場所で土下座を繰り返していたのは、薄い頭皮に白髪が目立つ小柄な老人だった。
「頼む、助けてくれ!このとおりだっ!」
「お、お
「金ならいくらでも払う!望むなら役職でも何でも与える!だからどうか助けてくれっ!!」
「チッ・・・バカなマネを・・・。」
そう呟いたのはアシェリナだ。
「私にはもう何の力もない・・・ましてやここでは魔法が使えないのだろう?ならば私は無害で関係ない。だから殺さないでくれっ!」
「あんた元老院だろ?十分関係者じゃん?」
「っっ・・・た、たしかにそうだが・・・。」
「無害ならいつ死のうが構わないだろう。」
ファルナは老人の方へ歩み寄った。
「ひっ・・・く、くるな!・・・ミトラ、私を助けろっ!!」
ミトラが駆け寄ろうとした時、アシェリナがミトラの腕を掴み引き寄せた。
「ア、アシェリナ・・・?」
「どういうつもりだ、アシェリナッ・・・!?早く私を助けんかっ!」
老人は震える身体を必死に動かし後退りするが、ファルナとの距離はどんどんと近づいていく。
「アシェリナッ!!お前、私に歯向かう気かっ!私は元老院だぞ!!お前の立場だって、私たち元老院の推薦があってこそだと忘れたのかっ!!」
しかしアシェリナは腕を掴んだままその場から動こうとしない。
「あ〜ぁ、おじいちゃん、見放されちゃったね。」
指をポキポキと鳴らしながら、なおもファルナは近づいていく。
「ミトラ、アシェリナッ!サージュベル学園の最高実権を約束するっ!!だから、だから・・・助けてくれぇっ!!」
「アシェリナ、助けないとっ!」
「いつも振りかざしている権力で戦えばいいじゃねーか。」
「な、なんだって・・・!?」
「あんたたちはその権力に守られてるんだろ?頼るのはオレたちじゃねーだろ。」
「何を屁理屈を・・・っ!!」
「アシェリナ、冗談を言っている場合じゃあ――!」
「お前たちが学園でふんぞり返っていられるのは、それを支える誰かの力のおかげだろうよ。」
「・・・!」
「いつもお前たちの汚ねーケツを拭いてやっているのは誰だと言っているんだよ、元老院。」
「くぅっっ・・!!」
「だって、おじいちゃん。どうやらおたくたちは必要ないみたいだよ。」
老人の前にファルナが立つ。手には乾ききっていない血がベットリと付着していた。
「・・・ぅ・・・っ・・・」
「アシェリナ、分かったから!離して!」
「分かってねーよ。お前のその呪いは、半分は奴らのせいだろうが。」
アシェリナの額にはいくつもの青筋が浮かんでいた。
「とりあえず2人目♪」
「ヒィィィッッ!!」
素早く振り下ろした爪が老人の身体を引き裂こうとした時、小さな影が前を横切る。
キィィンという高い音がした後、アシェリナの不機嫌なため息が聞こえた。
「どういうつもりだい、お嬢ちゃん。」
身の丈ほどの大きな大剣でファルナの爪を止めたアシェリナの後ろには、老人を抱きしめ庇うエリスの姿があった。
「ェ・・・エリ、ス・・・」
「ミトラー。」
「・・・彼女は御仁のお孫さんです。」
「孫ー?なんでこんな場所にいるんだよ。あぁ、血縁者だからこの場に許された七光りってやつか。」
エリスはアシェリナをキッと睨んだ。その目には涙が浮かんでいる。
(・・・っ!全然動かねーっ!!)
攻撃を遮られたファルナをよそに、アシェリナは顔色一つ変えていない。そして、ファルナの爪を簡単に押し戻した。
「うらあぁっ!」
「くっ・・・!!」
「邪魔だ。そいつを連れて行け。」
振り向きもしない冷たい声音に、エリスは急いで祖父とその場を離れた。
「チッ、バカ力が・・・!」
「ははっ!!魔法力の制限にフィジカルは関係ねーみたいだな。それに、やることが中途半端なんだよ。どうせ出力を制限するなら、完全に無効化しろよ。」
ファルナは心のなかで舌打ちをうった。
(そんなことぐらい分かってるさ!この作戦だって、
「
ファルナの呼びかけに2人の少女の目に光が宿る。
「行けっ!」
同時に飛び上がった2人に、誰もが頭上からの攻撃に身構えた時、アシェリナの怒号が響き渡った。
「後ろだっ!!」
「え――」
反応の遅れたマイソンたちの背後から、おかっぱの少女が無数の光弾を放つ。
「くっ――!!」
咄嗟に両手を構え防護壁を具現するも、少女の攻撃は容赦なくその場に被弾した。
「うわぁっ!!」
「きゃぁぁっ!!」
攻撃は止まない。さらに頭上からは鋭く尖った刃が降り注ぐ。
「伏せろっ!」
アシェリナは大剣を大きく振り回すと、落下する刃をすべて振り払った。
「
「痛っ・・・!」
「っ・・・!2人とも飛び上がったと思ったのに・・・」
「それに・・・」
マイソンは自分の両手を見つめた。
「魔法に手応えを感じない・・・!」
ファルナはその心理を見逃さなかった。
「
ファルナの合図に2人の少女は再び攻撃へと転じる。
「避けてっ!」
次に叫んだのはシャノハだった。
「出力が制限されていても完全に使えないわけじゃありません。魔法で防御しつつ攻撃を躱してください。」
「そ、そんな・・・」
「無茶言ってくれるぜ・・・」
魔法の光は弱い。しかし、今出せる全力の魔法力で各々は少女たちの攻撃を躱していく。
「避けなくてもぶっ壊せばいいんだよ、こうやってなっ!!」
そんな中、アシェリナだけが派手に暴れている。大剣を振り回し、襲いかかる攻撃を次々と打ち消していた。
「頼もしいですねーアシェリナ君。」
「手伝ってくれてもいいんだぜ、シャノハ博士。」
「いえいえ。僕は所詮、研究だけしか能のない人間ですから。」
(どの口がっ――!
攻撃に阻まれ口に出すことはできないが、アシェリナは胸の内で悪態をついた。
「アシェリナ君、しばらく僕への攻撃を回避してもらっていいですか?」
「あぁんっ!?てめぇのことはてめぇで守りやがれっ!」
「いえ、僕にしかできないことがあるので。」
「・・・できるのか?」
「状況は急を要します。結界が消えたということは、僕の部屋は無事じゃないでしょう。今のサージュベル学園は、ガードを忘れたボクサーと同じようなものです。結界を張り直します。」
「この状況でできるのか?」
シャノハは端末を取り出した。
「シンプレックスでは無理でしょうね。」
「シ、シプ・・・?」
「でも、インタラクティブならばこの神殿内の結界を無効化できるはずです。」
「イン・・ラ・・・なんて?!」
「アシェリナ君は理解してなくていいですよ。僕に端末を集中する時間さえ稼いでくれればいいんです。」
「チッ・・・バカにしやがって・・・。別にお前を助けるわけじゃねーからな。
このままだと
「おや、そんな殊勝なことを言うなんて。」
「いちいちうるせーな。その中にミトラがいるんじゃ仕方ねーだろ。」
アシェリナはミトラの腕を強く引っ張った。
「お前は魔法を使うんじゃねーよ、ミトラ。」
「だ、だって――!」
「だってじゃねーよ。天才博士がこの場をどうにかしてくれるんだってよ。大船に乗ろうぜ。」
「じゃあ任せましたよ、アシェリナ君。」
その場から離れるシャノハをファルナは見逃さない。
「アイツを逃がすなっ!!」
少女2人は同時に飛びかかる。それは絶対に対峙するだろう確信があるからの行動。
案の定、アシェリナは少女2人の前に立ちはだかった。
「いい判断だ!オレ相手に1人ずつは役不足だからなっ!」
アシェリナは大きく大剣を振り回す。それだけで凄まじい剣圧が周囲を轟かした。思わず距離を取る少女の前に、さらに分厚い影が横切る。
「出せる力は2割か・・・ハンデにはちぃと足りねーか。」
重厚な音が地面に沈む。アシェリナが取り出したのは大剣とそれと同等の大きさを持つ盾だった。
アシェリナはニィッと口角を上げる。
「さぁ、始めようか。」
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