第3章 3部
第100話 潜む計略
神殿に現れた長身の男の前には、顔と背丈がまったく同じ少女が2人並んでいた。唯一違うのは髪型で、1人はおかっぱで前髪も短く水平に切りそろえられているが、もう1人は自身の腰ほどにも届くほどの長さを軽く結わえている。
白と臙脂のストライプが入った着物は2人の瞳と同様に昏い墨色をしていた。
「やぁやぁ、みなさんこんにちは。各機関の代表様が揃いも揃ってご苦労さまでーす。」
ヘラヘラと笑いながら神殿内をぐるりと見渡す男は、肩まである明るい髪を揺らせる。それは毛先だけがピンク色をしており、さらに首にはめてあるベルト式のチョーカーがキラリと光った。
「何者じゃ、お前らは!?」
「どうやってここに入った?」
男はニッと笑う。
「ノスタミザのインネと、ハドリジスのマソインだね。」
「なぜ、われらたちのことを・・・!」
「知ってるさ、有名人だもん。それに・・・標的のことは前もって知っておかないと。」
インネとマソインは身構える。雰囲気で分かってはいたが、現れた男は友好的関係を結びにきたわけではなさそうだ。
「どういうことですか、シャノハ博士。説明を――」
この学園には危険な存在は入ってこれない結界が張ってあるはずだ。小声で話しかけたミトラだが、隣にいるシャノハの様子に言葉を失った。
いつもの飄々としたすまし顔が顔面蒼白となっている。動揺を隠しもしないそんな姿を、ミトラは初めて見た。
「は、博士?」
「レイア・・・」
「え・・・?」
つぶやかれた言葉に気を取られていた時、轟音が鳴り響く。
「ミトラッ!」
アシェリナに腕を掴まれた時、ミトラの傍を光が奔った。見ればおかっぱの女の子が両手をこちらに向けている。
「ボサッとするな、ミトラ。」
「う、うん・・・。」
「外したか・・・まぁいいや。どうせみんなここで全員死ぬんだから。」
カラカラと笑う男に、マソインが噛みつくように怒鳴った。
「ふざけるなっ!!たった3人、しかも子ども連れのお前に何ができる!?」
「人を見た目で判断するもんじゃないよ。」
男は2人の頭に手を置いた。
「この子たちは可憐で強い、オレの大事な大事な霊魔なんだから。」
「霊魔だと・・・?ただの女の子じゃないか・・・。」
「ということは・・・
歳は10歳ぐらいだろうか。目の前の少女たちはこの学園に通う初等部の子たちとまったく変わらない様相をしている。霊魔だと言われてもにわかには信じがたい。
「オレはファルナ。そしてこの子は
ニッコリと笑うファルナとは対照的に2人の少女は表情一つ変えない。目の奥は昏く、光さえも宿っていないように見えた。
「咎人よ。たった3人で、どうやってこの人数を相手にするというのだ。子どもだからといって霊魔ならば手加減はせんぞ。」
ズレたメガネを直しながらオクリタが前へ出た。
「手加減・・・?ハハハハハハッ!!」
「お前、何がおかしい?!」
「手加減できるならしてごらんよ。さぁ、
ファルナの合図で2人の目に光が宿る。
おかっぱの少女が勢いよく駆け出すと、後ろからもう1人の少女が両手から衝撃波を放った。衝撃波は先行する少女をうまく躱し、オクリタたちの前で派手に弾けた。
「目くらましのつもりか!」
爆ぜた衝撃は周辺を巻き込み、大量の砂埃で視界を不明瞭にしていく。それでもオクリタは少女の攻撃軌道を読み、迎え撃つように言霊を唱えた。
「避けなさいっ!!」
オクリタは思わず振り返る。声の先に居たのはシャノハだった。
その瞬間、オクリタの胸部から血が吹き出した。
「なっ・・・!」
「オクリタ殿ッ!?」
声なく倒れるオクリタに、インネとマソインが急いで駆け寄る。
「どうして・・・?オクリタは魔法を使ったのに!?」
「インネ殿、治癒魔法をっ!」
「分かった!」
インネはオクリタに向かって手をかざした。
「ALL Element
インネの手のひらにスカイブルーの紋章が浮かび上がる。しかし、その光は淡くほのかな輝きに見えた。
「
手のひらから溢れる水がオクリタに触れた時、インネは思わず発現した魔法を解除した。
「インネ殿・・・!?どうして止めるんですか!?」
「魔法が・・・」
「え・・・?」
「魔法が使えない・・・!」
「な、なんだって・・・?!」
「チッ・・・。やってくれましたね。」
騒然とする中で、小さく舌打ちを打ったシャノハをミトラだけは聞き逃さなかった。
「気付いたかい?」
ファルナはニヤニヤと笑っている。
「お前、何をした・・・!」
「僕は何もしていないさ。僕はね。」
「・・・貴様っ!!」
「シャノハ博士。説明してください。」
怒鳴るマソインとは対照的にミトラは静かに問いかける。思わぬ矛先にその場にいた全員がシャノハの方を見た。
「あなたなら知っているのでしょう。さっきの音もこの現状も。」
腕組をしたまま壁によりかかったシャノハは、ふぅと短く息を吐いた。
「いやぁ、参りましたね。まさかそっち側に人間が居るなんてね。」
「そっち側?人間・・・?どういうことだ、シャノハ博士。」
「さっきの音・・・あなたたち、学園の結界を消しましたね?」
「え・・・!?」
「今この学園は丸裸ということです。そして、さらにこの神殿に新たな結界を張り巡らせた。」
「ご名答ー。さすがエレメント科学技術の最高権威だねー。」
ファルナはパチパチと手を叩いた。
「なるほど、謎が解けました。以前、Twilight Forest《静かなる森》に咎人と
「ミトラ、ノジェグルって?」
「
「この学園の結界はだいぶ前に1度、外部からの影響で消えたことがありましてね。まぁ犯人は猫の気まぐれ、といいますか、ただの好奇心だけで消したらしいのですが・・・。その時に元老院から頼まれたんですよ。外部から破られない完全な結界を作れとね。それから試行錯誤を重ね今の結界ができたわけですが・・・。
まさか
「
「何かしらの理由があるのでしょう。まぁ、敢えて咎人と行動するなんて正常な人間の考えることじゃありませんけどね。」
ミトラは呆れたようにため息をついた。
「なるほど。それでその人間が、サージュベル学園に侵入し内側から結界を解除したということか。」
「ええ。僕が構築した結界は咎人や霊魔は絶対に入ってこられない代わりに、それ以外の存在なら誰でも入ってこれるよう比較的緩く作られています。例え、その中で学園に危害を加えようとしても、学園内のあちこちに配置してあるエレメント感知式端末が反応してすぐに
まぁ、この
「でもその人間は入ってこれた・・・。」
「殺気も邪気も持たず、ただただ純粋に任務を遂行した・・・あるいは、何か特殊なエレメントを使用したか、でしょうね。実際学園の感知式端末はここ最近起動した履歴はありませんから。」
「何者なんだ、その人間ってのは・・・。」
視線がファルナに集まる。ファルナは相変わらずニヤニヤと笑っているだけだった。
「それで、この神殿に張られた結界というのは?」
「おそらく、この神殿内のエレメントを無効化するもの・・・でしょうか。」
「無効化だって!?」
「じゃあ、ここでは魔法が使えない・・・?」
「いえ、僕の見たところ完全な無効化までは至っていない。せいぜい8割ほどの出力を低減されていると予想します。」
ファルナの口元がピクリと動く。
「インネさん、オクリタさんへの治癒魔法を続けてください。まったく効果が無いわけじゃないはずなので。」
「わ、わかった・・・!」
再びインネは手をかざす。ほのかな光がオクリタを包み込んだ。
「なるほどな。その余裕は俺たちの魔法を無効化したからだったのか。しかし見くびってもらっては困る。例え魔法の威力がカットされても、俺たちは
マソインは神殿の壁に向かって思い切り魔法を放った。しかし壁に当たった瞬間、魔法は壁に吸収され消えてしまった。
「なっ・・・!」
「無駄だよ。この障壁は内側からは壊せない。例え、あんたらの魔法をすべて合わせたとしてもね。」
「内側から壊せないだと・・・!」
「そう。難しいことはわかんないけど、外側からの干渉しか受け付けないんだってー。」
「この結界を構築したのも・・・?」
「うん、そいつ。」
「随分とエレメントに精通している人物なんだね、あなたたちと一緒にいる人間ってのは。」
シャノハの目の奥が光る。
「そうだな〜。無口で陰気で頑固で子供っぽくて・・・。」
「・・・仲間・・・なんだよな・・・?」
「仲間ね・・・。アイツがどう思っているかなんて全然分からないけど、常識を覆す知識と技術力だけは認めるかなー。かわいい2人がここにいるのもアイツのおかげだし。」
ファルナは少女たちの肩を優しく掴んだ。
「使役権限の解消。」
シャノハのつぶやきにファルナの顔から笑顔が消える。
「お前・・・。」
「使役権限については調べさせてもらったよ。というか、そちらの
「チッ、イカゲめ・・・」
シャノハは、抱えきれないほどの報告書と論文を持ってきたジェシドを思い出す。ジェシドは、クエストを受理した時とは比べ物にならないくらい、精悍な顔つきと強い意志を目に宿していた。
「うまく誘導しながら情報を聞き出す手腕に花丸をあげたいね。」
シャノハは指をクルクルと回し口角を上げて見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます