第94話 それぞれの評議会前日
薄く切ったレモンを浮かべた紅茶に鼻をふくらませる。貝の形をしたマドレーヌをひょいと口にいれたレイアはそのほのかな甘さに目尻を下げた。
例外を除き紅茶は無糖と決めている。特にフルーツティーを好むレイアの為に、部屋の薬品棚にはたくさんの種類のドライフルーツやハーブが常備してあった。
ブラックコーヒーしか飲まないシャノハがそれでも砂糖を欠かさない理由は、シャノハの淹れるミルクティーをレイアが熱望するからである。懇願ではなく命令という形で淹れられるミルクティーには大量の砂糖が入っており、それはそれは甘い飲み物なのだ。
乾いた口にレモンティーを含んだレイアはホッとため息をついた。本当は甘いミルクティーが飲みたかったが、それを淹れる当人が居ないため仕方がない。
チラリと時計を見る。ミトラがここを訪れ、シャノハと部屋に入ってからもうすぐ2時間が経とうとしていた。
おおかた、
エリスは歓喜した。
「本当に参加していいのですか?」
「ええ。ミトラ会長から許可が下りたわ。評議会に参加なんて、一生に一度あるかないかの機会よ。幸運と思うことね。」
少し不服そうな表情を残したシュリにエリスは気付かない。
「でもどうしテ?」
エリスの背後に立つ
評議会は明日だ。こんな直前に、しかも一般生徒である自分たちが参加できるなんて何かカラクリがあるに決まっているからだ。
「・・・マークディルワス」
エリスの肩がピクリと揺れる。
「エリスはマークディルワス家の娘さんだったのね。」
「はい、そうです・・・。元々は私の曽祖父様が会社を興して、今は父が会社を継いでいます。」
「そう。マークディルワスといったら代々続く名家だわ。世界を股に掛ける商才はこのサージュベル学園に大きく貢献し影響を与えている。」
「あ、ありがとうございます!」
父が褒められたようで嬉しい。エリスは頬を赤らめた。
「エリスは、お祖父様がこの学園に在籍していることは知っているの?」
「え、お祖父様ですか・・・?確かこの学園の顧問としてたまに会議や相談の場に顔を出している、と聞いていますけど。」
(元老院に所属していることは知らない、ということね。)
「そう。今回の話はマークディルワス卿からの推薦があったの。孫を評議会に参加させてくれ、ってね。」
「お祖父様が、ですか?」
「・・ええ。前例が無いことだし、いきなりこんな大きな場でなくてもという意見があったのだけど・・・。最終的に決定権を持つミトラ会長が許可を出したのよ。エリスと
「そんな・・・会長がこんな末端の私たちにまで気をかけてくださっていたなんて。」
「ミトラ会長はお優しい方なの。寛大でスマートで・・・」
(立場上、元老院からの命に抗えないとしてでもね・・・。)
「あの、シュリさん・・・?」
急に黙ったシュリにエリスが声を掛ける。シュリは軽く咳払いをした。
「ということだから当日のスケジュールをもう1度確認しておいて。」
「私もいいのデスカ?」
「ええ。評議会には
「ええ、それでも十分です。」
「じゃあ伝えたわよ。当日はよろしくね。」
そう言うとシュリは急ぎ足でその場を去っていった。
「
「私までいいのカナ?エリスのおじぃ様に甘えてしまてテ。」
「いいに決まっているじゃない。お祖父様も言っていたわ。私が
「やっぱり、エリスのご家族はスゴイんだナ。」
「ええ、私も改めて実感したわ。やっぱり特別な場所には大きな力が必要なのよ。」
「・・・エリス?」
「私、最近自信を失いかけてたの。小さな頃から割と何でもすぐにできちゃうタイプだったし学校の成績も上位を維持していたしね。でも・・・あの時から胸の奥にあるモヤモヤしたものが取れなくて・・・。」
あの時とはTwilight Forest《静かなる森》での課題のことだろう。あの課題以降、エリスは何か焦っているようだった。
「自分は全然大したことのない人間なんだって思った。まだ完全に上級属性変化も会得していないし、戦闘スキルもあの子に比べて・・・。」
エリスは拳をギュッと握る
「でも、
私には、後押しして応援してくれる家族の力があるのよね。経験を糧にして、お祖父様の期待に応えなくっちゃ。」
少しの違和感を口に出せなかった。ニッコリと嬉しそうに笑うエリスを前に
薄暗い部屋にカリカリとした音が響いている。水音を絡ませた不気味な音の正体はシトリーが自分の爪を噛む音だった。
いつもきれいに塗られていたマニキュアは剥げ、口元にはだらしなく流れる涎が糸を引いていた。
「イ、カゲ・・・イカゲ・・・」
自分の分身といってもいい霊魔が消滅して数週間が経っていた。魔法が使えなくなった咎人にとって、負の意識を注ぎ使役した霊魔は自分を誇示するための影であり、唯一の存在だ。
イカゲは従順で自分を渇望していた。その視線に身体は熟れ輝きを増す。自分が美しく魅力的な女だと確認するのはいつだって他者からの羨望だ。イカゲはシトリーの自信を生み出す最適な霊魔といってよかった。
「ィカ、ゲ・・・イカ、、ゲ・・・」
自分に心酔していた彼は、自らの身体を捧げ
人間だった時の『記憶』が
美しさと強さを手に入れたシトリーに、羨望の眼差しが尽きることはなかった。
気持ちがよかった。気分が高揚した。自信が漲った。
やがてその名声は想い人に届き、その濃艶な身体で奉仕するまでになったシトリーは満ち足りた気持ちでいっぱいだった。
しかし、自分の存在価値といっていいイカゲが消えたことで順調だった咎人としての人生が全て消えてしまったのだ。
水面下で
さらに、弁解をつとめ追い縋ったゼロに冷たくあしらわれたシトリーはその事実に絶望し、胸が張り裂けんばかりに発狂した。
「こ、ろす・・・ゆるさない・・・ころ、す・・・!」
咎人と霊魔を繋げた負の意識をリンクさせ、イカゲが消滅する瞬間に残したのはある人物の名前。
「・・・殺す、絶対に殺すっ・・・!セリカ・アーツベルクッ!!」
パチンと一際大きな音が鳴る。シトリーの爪は大きく割れ、怒りに満ちた目は理性を失っていた。
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