第95話 幼き意思と揺れる心

 サージュベル学園代表のミトラ・リドワール会長の高らかな宣言により、属性魔法評議会エレメントキャンソルは盛大な拍手とともに開幕した。

 趣向を凝らした催しが華やかに行われている中、セリカが視線を向けたのは小さな子どもたちで編成された音楽隊だった。様々な楽器を可愛らしく鳴らすその様子に、みな頬をほころばせている。


 「可愛らしいですね、セリカ。」


 両頬に手をあてたシリアにセリカも同調した。


 「あぁ。演奏もとても上手だ。あれは初等部の子たちか?」

 「ええ。今回の評議会に向けて、有志で集まった音楽隊らしいですわ。きっと、一生懸命練習されたのでしょうね。」


 クーランもあの中に居たかもしれない。セリカは口元だけに笑みを浮かべ頷いた。

 初等部の子たちにクーランの笑顔を重ねたセリカは、しかしそれを口に出すことはなかった。笑っているシリアの顔を曇らせたくなかったし、シリアもきっと心の中でクーランを思い出しているに違いないと思ったからだ。


 「しかし、本当にお祭りみたいだな。」


 セリカとシリアは、校舎3階の渡り廊下から下で行われているパレードを見ていた。 

 音楽隊の他にも、華やかな衣装に身を包んだ踊り子がセレモニーを盛り上げている。

 日差しを避けるように2人は校舎へ歩いていった。


 「そうですわね。1年に1回、各機関の代表たちが一同に集まる評議会ですから、やはり力のいれようが違いますわ。」


 ゆっくりと歩く2人とは対照的に、駆け足で廊下を歩く音と「あっ!!」と声が響いたのは、ほぼ同時だった。


 数枚の紙が空へ舞い上がり、不規則な動きで風にのっていく。


 「あぁ、しまったのです!」


 幼き声を確認するより先に体が動いたセリカは、高くジャンプしてその紙を掴み取った。見ればシリアも1枚の紙を追いかけ、掴んだところだった。


 「大丈夫か?」


 2人は紙を差し出す。視線を下ろしたのは、紙を飛ばした本人が思ったより小さかったからだ。


 「あ、ありがとうございますです!」

 「あら、あなたは・・・。」


 シリアは意外な声を出した。


 「知り合いか、シリア?」

 「いいえ、知り合いでは・・・。でも有名な方ですわ。ね、ノノリさん。」


 大きなまなこは薄く青い色をしていた。

 セリカは見下ろした少年のマントに気がつく。それは、インディゴのマントでデイジーの花の刺繍が施されてあったのだ。


 「そのマント・・・。確か生徒会プリンシパルの。」

 「ええ。生徒会プリンシパルのノノリさんですわ。歴代最年少で生徒会プリンシパルに入った優秀な方ですのよ。」

 「はじめまして、ノノリ・アセイムスと申します。紙を拾ってくれてありがとうございました。」


 飛ばされた紙を分厚いファイルに押し込みながら、ノノリはにっこりと笑った。子供特有の丸い頬にほのかに赤みがさしている。


 「はじめまして、ノノリ。生徒会プリンシパルのシュリとアイバンには世話になったことがある。」

 「シュリさんとアイバン君ですか?あなたは・・・」


 ノノリはセリカを下から上へと見つめた。


 「セリカ・アーツベルクさんですね!!」


 少し興奮したノノリの声に周りの視線が集まった。セリカは腰をかがめ顔を近づける。こうすれば声のボリュームを落としてくれると思ったからだ。


 「あぁ、2人は元気か?なかなか会う機会がなくて。」

 「はい、2人は元気です。評議会の準備でとても忙しいですけど。」

 「そうか。ノノリも準備で急いでいたのか?」

 「はい。報告書と議事録をまとめて提出するのです。あと、セレモニーのタイムテーブル最終確認と、ゲストのスケジュール調整、進捗状況の把握もしなきゃです。」

 「そ、そんなにも仕事が・・・!」

 「ノノリはスゴイんだな。信用されている証拠だ。でもそんなに仕事をして大丈夫か?」

 「へへ、大丈夫です。僕はこれぐらいしかできないので・・・。」


 恥ずかしそうに頭をかいたノノリは、ちらりと音楽隊の方を見る。


 「同じ初等部の人たちと音楽を奏でるのも、興味はあるのですが・・・。」


 ノノリの横顔は少し寂しそうだ。


 「ノノリさん・・・。」

 「でも僕は生徒会プリンシパルメンバーなので。今は評議会が滞りなく開催できるように頑張るのです。それが僕にできることだから!」


 ファイルを強く握った手が白くなっている。セリカはその手をギュッと包み込んだ。


 「セリカさん・・・?」

 「うん、そうだな。その仕事はきっとノノリにしかできないもんな。じゃあ評議会が終わったら、ノノリも音楽を演奏してみないか?」

 「え・・・?」

 「みんなを笑顔にできる素晴らしい演奏だった。だから、今回だけの出番はもったいないと思う。これからのイベントでも活躍できる場として、あの音楽隊を残しておいてもいいんじゃないか?」

 「いいですわね!中等部や高等部の方も入って演奏するともっと素敵な音楽隊になるんではないでしょうか?」

 「でも・・・」

 「生徒会プリンシパルの方に話したら拒否されるだろうか?」


 ノノリは咄嗟に首を振る。ミトラやシェティスの笑顔が思い浮かんだからだ。


 「その時はノノリも入ってみないか?私も演奏してみたい。」

 「私もぜひですわ。」

 「でも・・・。でも、僕は、きっと仕事が・・・」


 ノノリの声は少しずつ小さくなっていく。


 「ノノリが参加できるようかけあってみよう。可能なら私も手伝う。シュリやアイバンも手伝ってくれるさ。」


 シュリとアイバンなら率先して手伝ってくれるだろう。2人の優しさを誰よりも知っているのは自分自身だ。


 「でも、でも・・・」

 「ノノリは生徒会プリンシパルメンバーの前にここの生徒だろ?なら学校生活も楽しんでいいと思うぞ。そして、それを他のメンバーも望んでいると私は思う。」

 「あ・・・。」



 それは数週間前のことだった。ノノリは生徒会プリンシパルメンバーとの会話を思い出したのだ。


 『有志で募る音楽隊の誘いを断ったんだって、ノノリ。』

 『アイバン君、なんでそれを・・・?』

 『前遊んだガキから聞いた。』

 『遊び相手が居ないからって初等部の子に遊んでもらっていたの?』


 シュリの憐れんだ目にアイバンはその場から立ち上がる。


 『違うって!逆上がりのやり方を教えてたんだよっ!友達がいないみたいな言い方するなよ、シュリ!』

 『あーはいはい。あんた、子どもには人気あるもんねー。』

 『子どもにはって何だよ!』

 『本当のことじゃない。』

 『何だって!』


 シュリとアイバンのいがみ合いはいつものことだ。日常の光景なのでそれを止める者はいない。


 『そうなのかい?音楽隊に入らなくてよかったのかい、ノノリ。今回はボランティアも募るし、仕事を調整することも可能だよ。』


 ミトラの優しい声にノノリは思わず声を上げそうになった。


 『そうね。ノノリの情報収集や事務作業能力にはとても助かっているけど・・・。遠慮はしなくていいのよ?』


 書類から顔をあげたシェティスも心配そうにみつめる。ただその机の上には、大量の書類が積み重なっていた。


 「あ・・・」

 「そうそう。せっかくの機会なんだから楽しんだもん勝ちだぜ?」

 「アイバンは気が緩みすぎよ。」

 「そんなことねーってば!」


 相変わらず言い争いを続ける2人だが、その手はせわしく動いていた。


 「練習時間は削られちゃうかもしれないけど・・・。ごめんね、頼りっぱなしで。でも、僕たちも協力するよ。」


 ニコリと笑うミトラの顔色は悪い。日常業務に加え、魔法属性評議会エレメントキャンソルの代表を務めるミトラの心労は想像以上だろう。

 その様子にノノリは口を噤み、息を吐き出した。


 『いいんです。僕は生徒会プリンシパルの仕事を全力でするのです。』


 そう言うとキャビネットから数冊のファイルを取り出した。


 『評議会のアジェンダと日程スケジュールを共有フォルダに入れておいたので確認してください。会場配置申請書とゲスト候補書類は明日が締切なので各自アナウンスをお願いするのです。』

 『は、はい・・・。』

 『今日の14時から評議会委員のミーティングがあるのです。参加できない場合はログURLを用意しておくので目を通すようにしてくださいね。』

 『え、えぇ・・・。』

 『では僕は必要な資料を集めてきますので。』

 『あ、ノノリ・・・。』


 足早に部屋を出ていったノノリに、ミトラの声は届かなった。

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