第92話 不協和音
「それで、現在のスコアはどうなっておるんかの?」
「下位が東のハドリジスと北のシムリ。上位が西のノスタミザ、そしてここ南のサージュベルじゃ。資料を見とらんのかの?」
「老眼が進んでのう。小さい文字は読む気になれん。それに、ここが上位であれば読む必要もあるまい。」
「予算がしっかり入ってくれればってことかえ。」
「否定はせん。軍資金は多いに越したことはないじゃろう。」
「キレイゴトでは育成機関は運営できんからのう、ふぉっふぉっふぉ。」
ミトラにとって下卑た笑いが響き渡る。
「それで、此度の評議会の焦点である咎人の企てと、それについての対策はどうなっておる、ミトラ。」
「・・・現在調査中です。これといって目立った進展はありません。」
「ふん、情けない。研究開発と情報操作にどれだけの予算を使っておると思っておる。」
「他の機関より早く策を立てれば
「咎人と霊魔消滅について戦略を急がせろ。そのためにお前には十分な権限は与えているはずだ。」
「・・・。」
「そういえば、
「彼には重大な服務規律違反がありました。詳細については報告書を上げています。」
「また報告書か。」
「文字だけでは伝わらんこともあるんではないかのう。」
「一介の生徒が・・・立場を勘違いしているのでは?」
ミトラは拳をぎゅっと強く握った。
「まぁまぁ。評議会ではそれ以上の活躍を見せてくれるということであろう。」
「そうだ、年に1度の評議会。他の機関との差別化を図る絶好の機会じゃ。格の違いを見せつけて、我が機関の優勢を見せつけてやればよい。それに本年の予算はこの評価によって決まるのだから失敗は許されんぞ、ミトラ。」
「・・・はい。」
「
ミトラは軽く頭を下げると、その重厚で派手な扉を開け部屋から出た。
「設営に関しては以上です。」
「次に全体の進捗状況について――」
先日の老人たちとの実のない話し合いを思い出したミトラは、ため息をこぼす。
「会議中」
誰にも分からないようにしたつもりだったが、自分の右腕でもあるこの副会長には通じなかったようだ。
シェティスにたしなめられたミトラはいつもの笑顔で作った。
「うちの
「何言っているのよ。あなたが中心でしょ。――待って、もう1度当日のゲストセキュリティについて確認を。」
ミトラに気をかけながらも、シェティスは会議中の内容に耳を傾けていたようだ。もう何度目かも分からない確認事項を、その透き通る声で復唱している。
(いやいや、本当に、僕なんかいなくても・・・。)
頼もしい副会長の進行のおかげで、この日の会議は閉会した。
部屋に残ったのが、
「お疲れさまです、ミトラ会長。大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとうシュリ。大丈夫だよ、みんなが頑張ってくれているからね。」
「ミトラさん、紅茶飲みますか?」
無遠慮に見上げるノノリの瞳は大きくて丸い。ミトラはノノリの小さな頭に手を乗せた。
「いや、今はいいかな。ありがとう、ノノリ。」
見上げるノノリの顔は冴えない。ミトラは再びいつもの笑顔を見せた。
「ノノリの淹れる紅茶は美味しいから、ついつい仕事をサボってしまいそうなんだ。これからもう少し目を通しておきた書類があるからね。」
「じゃあ、それが終わったら淹れます!ミトラさんが好きな茶葉を用意するです!」
「うん。俄然やる気が出るよ。楽しみにしているね。」
ノノリの笑顔にミトラもホッとする。
「アイバンとシュリは、引き続き進捗状況を精査して遅れているところへ支援に行って。ノノリは議事録と報告書をまとめておいて。」
「はい。」
声をそろえた3人が部屋から出ると、ミトラはゆっくりと椅子に座った。
「そんなにわかりやすいかな、僕は。」
「目の下にそんなクマを作られたら誰だって気づくわよ。それに、
「光栄だね。」
「議事録と現段階の進捗状況は私が確認するわ。あなたは少し休んで。」
「そういうわけにはいかないよ。みんなだって疲れているはずだ。こんなタイミングで
「視野の広い統率力を上が見せてくれればいいんだけど。」
「あの老人たちにそんな能力はないさ。面倒事はすべて丸投げ。かといって結果を残さないと影響が及ぶのは生徒たちだ。僕たちは体の良い操り人形のようなものさ。」
「サージュベルの魔法研究は、依然高い水準を保っているわ。
「甘い蜜を吸った人間の欲は限度を知らないんだよ。どれだけの見えない資金が元老院に流れているか、想像しただけでゾッとするね。」
「ミトラ――」
「それより――」
シェティスの言葉をミトラは遮った。
「それより、アシェリナは予定通りのスケジュールで来校できそうかい?」
何か言いたげな視線を送ったシェティスだったが、軽くため息をつきタブレットを取り出す。
「問題ないわ。予定通り明日の午前に来校予定よ。SPを付けるか聞いたけど、一蹴されたわ。」
「ふふ。彼には必要ないよ。逆にこっちが守られてしまう。」
目尻を下げたミトラの顔は、いつもの鉄壁の笑顔ではなかった。
「嬉しそうね、ミトラ。アシェリナ様にお会いするのは久しぶりじゃないの?」
「ふふ、そうだね。あの人がサージュベル学園の英雄なんて――」
不意に途切れた言葉にシェティスはミトラを見た。そこにはもうさっきの笑顔は見られない。
「だから――」
「うん。」
「だからこそ、彼には
ミトラは拳を強く握り、悔しそうに声を震わせる。
「こんなしがらみだらけの場に、アシェリナ様は来ないと思っていたけど・・・。
でも、きっと参加を決めたのはあなたが今ここで頑張っているからじゃないの、ミトラ。」
「・・・。」
うつむいたミトラの表情は見えない。シェティスは扉に手をかけた。
「英雄様にそんな疲れた顔を見せる気?」
「え?」
「3時間後に迎えにくるわ。それまでは待機しておいて。」
「シェティス――」
「休むことも仕事の1つよ。業務のパフォーマンスを上げるためにね。これは副会長命令です。」
「・・・。」
「まだまだ準備はあるんだから。仕事をたくさん持ってくるから覚悟しておいてね。」
「・・・ふふ、分かったよ。」
ミトラが可笑しそうに笑う。シェティスはそのまま部屋を出ていった。
1人残されたミトラは空を仰いだ。
「・・・本当に僕は助けられてばかりだ。」
右手で左肩をさする。制服の擦れた音が淋しげに響いた。
「それでも、木偶の坊なりの意地は見せてやるさ。」
そうつぶやくと、部屋に飾られた時計を見る。
2時間ほどの仮眠を決めたミトラは自室に引き上げた。
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