第74話 絆の攻防
「霊魔だって!?アイツが・・・!?」
「あぁ、間違いねー。」
「だって、アイツ喋ってるぞ!会話だってしていた・・・意思を持つ霊魔なんて・・・。」
「Twilight forest(静かなる森) のことは話しただろ?霊魔が殻を被っていてその後に人間が出てきた。あの時の霊魔も話していたし、意思を持っていた。それに・・・」
テオは自分の右拳を握って見せた。そこには豹に裂かれたグローブがある。切り裂かれたグローブはすでに魔術具としての役割を終えているだろう。
「それに、さっきアイツを殴ろうとした時、咄嗟のことで魔法を使えなかったんだ。グローブはこの状態だった・・・。」
オルジはハッとする。
「エレメントを使用せず素手で殴ったってことか。それが通らなかった、ってことは・・・」
「あぁ、そうだ。霊魔は素手では触れない。」
人は精霊には触れないが霊魔になった時点で触ることができる。しかしエレメントを介すことが条件だ。
魔法、もしくはエレメントを注いだ魔術具を介さないと霊魔を倒すことはできないのだ。
「素手で触れないってことは人間、もしくは咎人でもない・・・。まぁ、あの異形の姿は言うまでもないけど。」
オルジがゆっくりと立ち上がる。
「アイツが霊魔かどうか、確認のために魔法をぶつけてみる?当たればの話だけど。」
「話ができるのであれば、本人から聞くのが1番だろ? なぁ、そこの服を着た霊魔さんよぉっ!!」
男に聞こえるようにテオは大声を張り上げた。しかし男は微動だにしない。
「それとも、そこの豹と同じで意思疎通ができない脳無しの霊魔ってことかぁっ!」
テオの挑発的な態度に男がピクリと動く。
「黙っているってことは肯定ってことか。同じ獣のくせに、随分と立派な恰好じゃねーか。獣の世界じゃあ、それが流行ってるのかぁ?」
馬鹿にしたような口ぶりに、被っている牛の仮面が揺れた
「・・・私はこいつらとは違う。」
(喋った・・・!・・・ん・・・『ら』?)
男は長い息をゆっくりと吐き出すと、静かに口を開いた。
「私はイカゲと申します。このとおり話すことができますし、意思疎通もできます。このような低俗の霊魔とは全く違う存在です。」
「会話ができるなら答えろ。お前たちはどうして村を襲った?!」
「・・・それは答えかねます。」
「なんだとっ!!」
「あなたこそ言葉が通じないのですか?答えかねると言ったのです。」
「くっ・・・!」
「テオ、落ち着いて。」
オルジは興奮するテオを制し、男に視線を送った。
「じゃあ1つ答えてよ。村を襲ったのはあんたの意思なの?」
「・・・違います。」
「誰かに指示されたってこと?」
「そうです。ただ、それももう終わりました。あなたたちに用はありませんのでこれで失礼します。」
「はい、そうですか、ってなるかよっ!お前にこんなことを指示したのは誰なんだっ!?」
「・・・。」
「お前を使役した咎人か?それなら随分と趣味の悪い咎人だなっ!!」
「!!」
テオとオルジは思わず身構えた。一瞬にして空気が変わったからだ。
「な、なんだ?アイツの雰囲気が急に変わったぞ・・・。」
「・・・るな・・・」
「え・・・?」
「シトリー様を侮辱するなぁっ!!!」
激昂したイカゲの身体から炎を纏った鎖が現れる。
イカゲ自身を縛っていた鎖が解かれると、2人を目がけて突出してきた。
「っ避けろっ!!」
テオは咄嗟に回避した、はずだった・・・。
「がっ・・・・!」
「テオッ!?」
テオが大きく体勢を崩し、膝をついたのだ。
「テオ、大丈夫かっ!?」
「ぐっ・・・いつ攻撃された・・・?」
テオは確かに避けたはず。しかし、背中には鎖で打ち付けられた跡がハッキリと残っている。
視線を送った先には、さっきまで目の前に居たイカゲの姿がない。
「分からない。避けたはずなのに何で背後から攻撃が・・・?」
「ちっ・・・!アイツの瞬間移動のからくりが分からないと手が出せないぞ!」
2人が周囲を警戒しているなか空気が淀む。そして、空気の波に揺られ、イカゲの声が周囲に響いてきた。
「私にこの村に行くように指示したのはシトリー様じゃない。シトリー様は、このような下品な真似はされない。」
「くっ!姿を見せろっ!」
「趣味も・・・悪くないっ!!!」
シュッと、風を切る音が響く。
「ぁっ・・・っ!!!」
突然現れた鎖に気付いた時には、すでにオルジが弾き飛ばされていた。
「オルジッ!!・・ってうぉっ・・・!!!」
オルジに駆け寄ろうとしたテオを遮ったのは、涎を滴り落としながら鼻に皺を寄せる豹だ。
「こっちもかよっ!!
拳にエレメントを纏わせ、思い切り振り下ろす。しかしその攻撃は、容易く躱されてしまった。
(くそっ・・・。グローブを装着していないといつもの調子が出ねーっ!!)
拳を握ったり開いたりしながら豹との間合いを取るテオの視界に、突然鎖が現れる。
「くぅっ・・・・!!」
ギリギリのところで躱したテオは、額から落ちる汗を急いで拭った。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ちくしょ。攻撃に回れねー」
突然繰り出される攻撃と、素早い豹の攻撃はみるみるとテオの体力を奪っていく。弾き飛ばされたオルジも気がかりだ。
爆発音と地響きが鳴り響いたのはその時だった。テオは思わず音のする方に目を向ける。
「こ、今度は何だよっ!!」
視線の先には土埃が立ちあがるのが見える。さらに、微かだが悲鳴のような声も聞こえてきた。
テオはその声を聞き逃さなかった。いや、聞き逃がせなかったのだ。
「シリアッ!?」
その声の主は、間違えようのないシリアの声だったからだ。
声と地響きは次第に近づいている。そして砂煙の中から飛び出してきたのは、何かに追われるように走るシリアとジェシドだった。
「シリアッ!ジェシドッ!!」
「テ、テオッ!」
シリアはテオに気づきながらも、自分たちが走ってきた砂煙を注視している。そして両手をかざし大声で詠唱を唱えた。
「ALL Element
シリアの両手からオレンジ色の光と共に、
「荒ぶる
シリアはその紋章に式神を投げつけた。熊の形をした式神がムクムクとその姿を変え、巨大な熊へと姿を変える。
「クマ三郎ッ 行きなさいっ!!」
シリアの命令に巨大なクマ三郎が砂煙へ突進していく。直後、シリアがガクンと膝を折った。
「だ、大丈夫か、シリアッ!!?」
「・・・えぇ、大丈夫です。」
すごい汗だ。追いついたジェシドもシリアの腕を支える。
「シリア君、これ以上の式神を呼び出すのは危険だ。休んだ方が良い!」
「いえ、あの狼には傷一つ与えられていませんっ!まだやれますっ!」
「狼だって!?」
「えぇ、赤い目をした大きな狼です。多分、テオとオルジが村で聞いた目撃情報と同じ狼だと思います・・・。」
「こっちは狼かよっ!やっぱり一匹じゃなかったかっ!」
「どういうことだい、テオ君!?」
「そういえば、オルジはどうしたのですかっ!?」
「俺たちのとこには、赤い目をした豹の霊魔と、スーツを着た男の霊魔がいるんだ。男の攻撃でオルジが向こうに弾き飛ばされちまってる!」
「なんですって!?すぐに救援に行かないとっ――!」
勢いよく立ち上がったシリアだったが、すぐにその場にうずくまった。
「シリアッ!?」
「ほら、シリア君!無理をしないで!」
「ジェシド、どういう状況だ!」
「君たちが走っていった後、僕たちは村の生存者を探していたんだ。だけど急に大型の狼に襲われて・・・。
シリア君が式神のクマ太郎君とクマ次郎君を呼び出して応戦してくれたんだけど、スピードも力も桁違いで・・・。」
「クマ太郎とクマ次郎はすでにやられてしまいましたわ・・・。今はクマ三郎が応戦しています。」
「でもシリア君はキヨ美さんも呼び出し続けている。このままでは、いくらシリア君でも魔法力の器が枯渇してしまうよっ!」
「キヨ美さんっ?」
「クーランちゃんに、感知タイプのキヨ美さんを預けています。大丈夫、キヨ美さんは無事です。」
「すでに4体の式神を呼び出しているってことか。無茶しすぎだ、シリア。」
「・・・大丈夫です。狼の霊魔はクマ三郎に任せましょう。それよりオルジを助けにいきましょう・・・。」
シリアはクマ三郎が突進していった先に視線を向けた。
声がする。それは獣同士が激しく争う唸り声だ。
(クマ三郎、頑張って!)
シリアは駆け出す。それにテオとジェシドも続いた。
「テオ君、オルジ君が飛ばされた場所は!?」
「ごほっ、・・・こっちだっ!!」
火勢が衰えているとはいえ、完全には鎮火していない村のあちこちからは煙が立ち昇り続けていた。
その煙と熱のせいで、肺がどんどんと重くなるのを感じる。
自然と呼吸が浅くなり頭もボーっとしてきた。
その中を歩く3人は、素早く動く影に気付くことができなかった。
野生の本能か、的確に首を狙った攻撃は先頭を歩くテオに容赦なく襲いかかる。
あっ・・・と気付いた時には、テオの柔らかい皮膚に鋭利な凶器が突き立てられようとする時だった。
「
突然の強風に誰もが目を瞑る。そしてその強風は、視界を覆っていた煙と共に巨大な霊魔も一緒に巻き上げていく。
「オ、オルジッ!!」
視界がクリアになった先には、必死の形相でこちらに魔法を放つオルジの姿があった。
「無事だったんだな!?」
「無事なもんか。あばらが何本かイッてる・・・それより、もう少し気配を読めよっ!もう少しでやられるところだったぞ!」
「お・・・すまん。」
「オルジ、無事でよかった!」
「シリアとジェシドさんもね。ぶつかる瞬間に風のクッションで衝撃を和らげたんだ。って・・・シリア、魔法力をだいぶ消耗しているけど大丈夫か?」
「やはりオルジには分かってしまいますわね・・・。大丈夫です、ちょっと式神を多く呼び出しただけですわ。」
「それならいいけど・・・。」
「えっ・・・?オルジ君、君はどうしてシリア君の状態を一目見ただけで分かるんだい?」
「それは――」
会話は不自然に途切れた。オルジがある方向に意識を向けたからだ。
(やっぱり、僕の魔法じゃあ決定打にはならないかっ・・・!)
「ジェシドさん、とりあえずその話は後で。テオッ、構えろっ!」
「おうっ!!」
準備万端と言わんばかりに、テオは両拳をぶつけて見せた。
「ここから1時の方向、距離は8メートル!援護するから突進に気を付けろよ!グローブがない分、力を溜めるイメージだっ!」
「OKっ!!」
テオがオルジの指示する方向へ駆け出していく。その後方でオルジは詠唱を唱えはじめた。
「ALL Element
放たれた小さなサイクロンはテオを追い越し、充満する煙を切り裂いていく。
分断された煙は視界を明瞭にしてゆき、霊魔の姿を捉えた。
まさにこちらに突進しようとしていた霊魔は、突然晴れた周囲に狼狽えを見せる。テオはその隙を見逃さなかった。
「All Element
炎を纏わせた拳を、霊魔に向かって思いきり振り下ろす。
「
テオの拳は、霊魔の腹に直撃する。ギャインッッ!!!!と劈くような鳴き声が響き渡った。
「畳み掛けろっ!!」
オルジの声に連動するように、テオは体勢を崩した霊魔へ何度も何度も熱い拳を打ち続けた。
相手の急所を的確に打つ無駄のない動きに、ジェシドは感嘆のため息をこぼす。
「テオ君、すごい。2人のコンビネーションも完璧だ・・・。」
「テオとオルジは幼馴染で、お互いのことを熟知しているのです。テオの魔法についてオルジ以上に理解している人間は居ないでしょう。」
自分が褒められたかのように、シリアが鼻を高くする。
「オルジは、エレメントの気配や性質に敏感な体質なのです。生まれつきの才能もあったのでしょうが、学園に入学してあらゆるエレメントに触れてからは、その能力の精度が上がったと話してくれました。
その能力を活かし、他人のエレメントの整合性を合わせたり、魔法力をコントロールする魔術具を開発したりと見事な活躍を見せていました。」
「なるほど。だからさっきも、すぐにシリア君の状態が見抜けたんだね。」
「えぇ・・・。でもジェシドさんもご存知のように、オルジはある時から研究を止め、
「ある時・・・?何があったんだい?」
シリアはフルフルと首を横に振る。
「あんなに何でも相談し合っていたテオにさえ話していないようです。私にもさっぱり・・・。」
「そうか・・・。」
そんな2人の視線を背に、テオとオルジは確実に霊魔へダメージを与え続けていた。
しかし霊魔も抵抗を続ける。攻撃がぶつけられる瞬間、体を捻りテオの腕に咬みつく動きを見せる。
「上げるぞ、テオッ!!
すぐさま霊魔の動きとテオの攻撃に合わせ、オルジが魔法を放つ。
風に煽られた霊魔がブワリと空中へ投げ出された。
「ヨッシャーッ!!行くぜっ!!!」
地面を思いきり蹴り上げたテオは、舞い上げられ身動きの取れない霊魔の更に上へと飛び出した。
(体が軽い。)
チラリと地上のオルジを見れば、両手をテオの方へ向け集中している。
そして身体の周辺に吹く風が、テオ自身をサポートしていることに気付いたのだ。
(さすがオルジ!やっぱりコイツとのコンビネーションは最高だっ!!)
笑みを浮かべたテオは霊魔に向かって止めの一発を浴びせる。
「これで最後だっ!!!
両拳を組んだテオが霊魔を思いきり振り落とすと、炎に焼かれその勢いのまま地面に叩きつけた。
ギャゥゥゥンッッ!!と呻き声が聞こえたあと、豹の霊魔は完全に動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます