第75話 熱気の中の戦い
テオが見事な着地を見せ駆け寄ると、そこには舌を出して完全に白目を剥いた霊魔の姿があった。
「やったぜ、オルジッ!」
得意げな顔で勝利宣言のVサインを見せると、息の上がったオルジもコクンと頷いた。
「テオッ!オルジッ!!」
そこにシリアとジェシドも駆け寄る。
「2人ともスゴイよっ!完璧なコンビネーションだった!」
「えぇ、素晴らしかったですわ!」
「だろっ!オレとオルジは2人で最強の
「はぁ、はぁ・・・調子に乗るな、テオ。」
「ハハ、照れるなよ、オル――」
霊魔を倒した安堵感はそう長くは続かなかった。
4人は瞬時に厳戒態勢をとる。空気の変化に気付いたからだ。
「・・・だから調子に乗るなと言っただろう。」
「さすがにお仲間がやられて焦ったか・・・?さっさと出て来いよ!」
影からイカゲがゆっくりと姿を現す。その姿を初めて見るシリアとジェシドは思わず息を呑んだ。
イカゲは、倒れた霊魔にチラリと視線を向けため息をついた。
「こんな弱い霊魔とお仲間なんかではありません。」
「それでもコイツが倒されたら困るんだろ?情報とやらが貰えないんだったっけ?」
「・・・あなた、なぜそれを?」
「はぁっ!?お前が自分で言ってたじゃないか!」
「はて・・・。そんなこと言いましたかね。」
腕を組み、首を捻る。すると、牛の仮面が大きく傾いた。
「な、何ですの、この人は・・・?」
「人じゃねーよ、シリア。コイツは霊魔だ。」
「霊魔だって!?喋ってるし、会話だって――」
「そうです。知能がある霊魔なんです。」
「――っ、そんな霊魔・・・聞いたことがない。」
「僕も初めてです。でも会話は出来るけど、さっきみたいに記憶力は良くないみたいです。自分で言っていたことすら覚えていない。」
「そもそも、オレらは霊魔のことを知らなすぎなんだよなぁ。」
「それなら、
「マジか。後でそれ聞かせてくれよ。」
「ちょっと、君たち、こんな時に・・・」
イカゲにとってテオたちの会話はただの騒音に過ぎなかった。そう、自分が襲った村人たちの断末魔の叫びと同じように。
それよりも、もうすぐ叶えられる自分の欲求だけが頭を渦巻いている。
(シトリー様 会いたい もうすぐ これが終われば・・・シトリー様・・・)
イカゲは組んでいた腕を解くと、意識を集中させ炎の鎖を発現させる。
(情報 認められる 会いたい 褒められる 声を 早く・・・!!)
「テオ、シリア、構えろ!来るぞ!」
「あぁぁぁぁぁぁっっっ!!!シトリー様ぁぁぁっっ!!!」
4人に向かって俄かに突出した鎖が襲い掛かってくる。
「All Element
拳に炎を纏わせたテオが鎖をガッチリと掴むと、ズルズルと引っ張られていく。テオの足元には靴跡がゆっくりと伸びていった。
「くっ!!」
「2人とも、手短に話すからよく聞いて!アイツは瞬間移動することができる!そのカラクリはまだ分かっていない!だから隙は見せないで!」
「瞬間移動だって!?」
「知能があるだけでも特殊だけど・・・アイツからはただならぬ気配を感じるんだ。」
「ただならぬ気配、ですか・・・!?」
シリアの脳裏にはTwilight forest(静かなる森)で見た霊魔の姿が思い出された。
「前衛は僕とテオが立つ。2人は援護を――」
「いえ、オルジ!!前衛は私が立ちます。」
オルジが言い終わる前に、シリアは前に乗り出した。
「シリア!でも、君の魔法力は――」
「大丈夫です。それに、私は
「
「オルジとジェシドさんは周囲の警戒と援護をお願いしますわっ!」
そこにイカゲが鎖を器用に撓らせる。
「お前たちに用はない。私の邪魔をするなっ!!」
「おわっ!!!」
テオの足が地面から離れ、倒れたまま引っ張られていく。すかさずシリアは詠唱を唱えた。
「All Element
そして、胸元から式神を1枚取り出すと紋章に向かって投げ飛ばした。
「
オレンジの光から現れたのは、体長5メートルを超える巨大なワニだ。
「正道さん、お願いしますっ!!」
シリアの声に正道さんが突進していく。そして、テオを引っ張る鎖を、その強靭な顎で噛み砕いた。
「ワ、ワニ・・・!!正道さん・・・?」
「シリアの式神の中でもパワーとスピードを兼ね備える正道さんです。正しい道と書くそうです。」
「すごい、シリア君!そんな式神も呼び出せるなんて・・・!」
ジェシドは興奮しているが、オルジの顔は冴えない。
(確かに正道さんのパワーはシリアの式神の中でも群を抜いている。でもその分――!!)
「助かった、正道さん!」
テオはすぐさま起き上がると、攻撃へ転じる為に力を溜める。
「帰りたかったら、次々と村を襲った理由を話してもらおうか!
イカゲの目の前に躍り出たテオは、拳を振りかぶるフリをしてわざと攻撃を外した。その分、イカゲの鎖を完全に見切り視界を狭める。
テオの攻撃に気を取られたイカゲに、猛突進する正道さんの太く撓る尾が見事に直撃する。
「ぐっ・・・!!!」
さらに追いかける正道さんのスピードの速さにイカゲは思わず後ずさった。
「ナイス、正道さんっ!!」
「いいですわ、正道さんっ!!」
拳を強く握ったテオと汗を拭いながら意識を集中させるシリアの後ろ姿が、オルジにとって眩しく誇らしく映った。
それはジェシドも同じだったのだろう。
「かっこいいね、2人とも。」
「・・・。」
「テオ君の戦闘のポテンシャル、シリア君の機転の早さとバリエーション豊かな魔法は、さすが
「・・・はい。」
2人は自慢の友人だ。彼らの活躍はオルジにとって自分のことのように嬉しい。そしてとても、寂しい。
「決めるぜっ!!」
そこに己を鼓舞するかのように、テオの声がこだまする。
テオはググッと足に力を入れ呼吸を合わせる。足を肩幅に広げ腰辺りで正拳を組むと、力強く両腕を引いた。
「ALL Element
そして声高らかに詠唱を唱える。
テオの体がゆっくりと炎に包まれると、主に炎が四肢に密集するように移動していく。両拳と両足首に猛々しい炎を纏わせたテオは腰を低くし、対象であるイカゲに向かって突っ切った。
「
(速いっ!!!)
まるで疾風のごとく駆け抜けるテオとその拳は、遮る暇もなくイカゲの仮面に直撃する。さらに体を器用に捻り、重い蹴りを腹部にぶつけた
「ぐぅぅぅっっ・・・!!」
(これはなかなか強烈――!!)
「まだだぜ。」
逃げる隙は与えない。テオは、無駄のない動きでひたすら連打を重ねてゆく。躱すことも防ぐこともできないテオの攻撃にイカゲは為す術が無かった。
「くっぅぅぅ・・・・!」
(シトリー様 早く これで 情報 早く 会いたい もうすぐ 早く!!)
「よしっ!決めろ、テオッ!!」
「これで終わり――・・・」
誰もが勝利を確信したとき、攻撃は不自然に止まる。
「あ、れ・・・・」
急にテオが足元から崩れ落ちたのだ。
「テオ君・・・!??」
「テオッ・・・!?」
シリアとジェシドは何が起こったか分からない。しかしオルジだけはテオの異変にいち早く気付いた。
(
テオは浅い呼吸を繰り返しながら動けなくなっている。イカゲはその隙を見逃さななかった。炎を纏わせた鎖を手に持ち、照準をテオにあわせる。
「シトリー様 今すぐ 会いに行きます・・・」
「
オルジは渾身の力を込めて術を発現させると、力の抜けたテオを思いきり舞い上がらせた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ジェシドさんっ!!」
「任せてっ!All Elemet
ジェシドは落ち行くテオに両手を向ける。
「
足元にあった土がみるみると形を変えてゆく。練り込まれた土は一瞬にして大人一人を包み込む強大なクッションとなり、落下するテオを受け止めた。
バフンッ!!と落ちたテオの顔は真っ赤だ。
「テオ、大丈夫か!?」
「視、界が・・・白・・・口も、しびれ・・・」
「
「テオ君、これをっ!これをゆっくりと飲むんだ!」
ジェシドはすぐに水に
「まずい・・・、しばらくテオは動けないっ・・・!そうだ、シリアッ!!」
慌てて前線に目を向ければ、テオの穴を埋めようとシリアは正道さんと必死に戦っている。
しかし、シリアの疲労の色は、離れたオルジたちにもしっかり見てとれた。
その間に、正道さんは大口を開けてその鋭い歯をイカゲに向ける。
獰猛な歯を退けても巨大な体躯を使った体当たりと、素早く動く尾にイカゲは樹の影に追いやられた。
「ちぃっっ!!!!」
正道さんの攻撃に苛立ちを隠せないイカゲは再び姿を眩ませる。
「なっ!また消えたっ!?」
「ジェシドさんっ、警戒をっ!」
「わ、分かったっ!!」
オルジとジェシドは周囲に意識を集中させる。
村の火はすでに鎮火しかけ、辺りの煙が視界を悪くさせていた。
しかしイカゲは一向に現れる様子が無い。オルジは違和感を覚えた。
(おかしい・・・。さっきはすぐに僕たちの背後を狙ってきていたのに・・・。)
「あ!シリア君っ――!?」
突然ジェシドが立ち上がり、わき目もふらず走り出す。その先には、その場にヘタリと座り込むシリアの姿があった。
「どうしたシリア君っ!大丈夫かっ!?」
「はぁ、はぁ、はぁ、三郎が・・・」
「え?」
「はぁ、はぁ、クマ三郎がやられましたわ・・・!」
「何だって・・・!?」
その音は風に乗って聞こえてきた。甲高い雄たけび、そして勢いよく地面を蹴る音。燻った空気の中、疾風のように駆けてきたのは赤い目をした狼の霊魔だった。
「霊魔がもう1匹・・・!?」
「オルジ・・・婆ちゃんたちが見た霊魔っていうのはアイツだ・・・!」
「はぁっ!?何でもう1匹霊魔がいることを言わないんだっ!」
「すまん、それどころじゃなかった・・・シリアのクマ三郎が相手をしていたんだが――。」
「そんな・・・」
(まずい、僕の魔法力は今さっきの術でほとんど残っていない!そして多分――)
オルジが予想した通り正道さんは既に姿を消していた。手をつくシリアの魔法力の器も枯渇寸前だろう。
狼の霊魔は周囲を駆けながらガバリと大きな口を開き、そこから数発の炎の弾を放出する。
「シリア君っ!!」
ジェシドはシリアを抱きかかえるように大きく後退した。
放出された炎の弾は建造物に被弾し、鎮火しかけた村に再び火が舞い上がらせる。
燃え盛る赤い炎は、倒れた豹の霊魔さえも飲み込むように焼き尽くしていった。それはまるでその魂を引き継いだかのように、周辺を煌々と明るく照らし出した。
「アイツ、仲間の霊魔なんてお構いなしか・・・。」
空気が動く。
「やはり低俗。」
「!!」
気付いた時には既に遅し。テオとオルジは放たれた鎖に、真正面から打ち付けられた。
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