第73話 異形

 「なるほど。声の出せない少女か。」

 「えぇ、セリカにすっかり懐いてしまって、まるで本当の姉妹のようですわ。はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 「あの年齢だと自分のエレメントが分かる頃だよね。それなのに声を奪われるとか・・・残酷だよ。」

 「うん、セリカ君もクーランちゃんの様子をずっと気にかけていたよ。何か通ずる部分があるのかもしれないね。」


 4人は煙の上がる方角へ向かっていた。火蜥蜴ひとかげの粉によって軽減しているとはいえ、劫火渓谷デフェールキャニオンの熱さは容赦なく猛威をふるっている。

 しかし、目の前の異常事態を把握した4人の中で歩みを止める者はいなかった。


 「はぁ、はぁ、テオと、オルジは、壊滅した村を、2つ見たんですね・・・はぁ、はぁ・・・。」

 「あぁ。どの村も酷い状態だった。・・・って、大丈夫か、シリア。息が上がってるぞ。」

 「大丈夫ですわ、これしきのこと・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 「シリア君、無理しないで。君はキヨ美さんを発現し続けているのだから。」

 「ありがとう、ございます・・・」

 「この先にある村は1度訪れたんだね。その時、何か異常はなかった?」

 「はい。シリアたちと別れた後、最初に立ち寄った村です。村の人たちが、目が赤く光った狼のようなものを見たと。でもその時は特に被害はなかったそうです。」

 「そこで出会った婆ちゃんも確か、4本足で長い耳を持っていたって。鋭い目が不気味に光っていたとか言ってたな。」

 「4本足と長い耳・・・壊滅した村で聞いたという、【獣とスーツ】が関係しているのでしょうか・・・はぁ、はぁ・・・。」

 「喋るなって、シリア。体力を使うから。」


 テオがシリアを気遣う中、オルジは頭の中で村の位置関係を確認する。


 「壊滅した村と、この先の村は共に劫火渓谷デフェールキャニオン沿いにある。当たってほしくない予感だけど、関係はありそうだ。」


 走りながら訪れた村の様子を思い出す。

 みずみずしい野菜畑。村人の生活を支える古い井戸、渇きを潤してくれたお茶と小柄なお婆さん。


 「見えた!」


 テオの声がした。

 真正面から村を捉えた瞬間、2人は絶句する。


 そこは1度目に訪れた村とは一変していた。

 しっかりとした木材も、草木で編んで作られた屋根もそこには無い。果たしてそこに本当に村があったかどうかさえ疑問に思うほどの焼野原となっていたのだ。


 「はぁ、はぁ、はぁ・・・ひ、ひどい・・・。」

 「・・・。」


 隣で呼吸を整えるジェシドも思わず息を呑んだ。そして腕で鼻を押さえる。

 辺りは焦げ臭さと異臭が混じり、劫火渓谷デフェールキャニオン特有の暑さとは違うジリジリとした空気を漂わせていた。

 パキッと弾ける音は、炭になりかけた木材が靴の下で折れる音だった。

 村は既に火勢が衰えていた。

 現場のあちこちに煙が燻り、消えかける小さな炎が悲し気に揺れている。

 

 「あっ、テオ君!オルジ君!!」


 テオとオルジの2人が同時に駆け出していく。慌てて2人を追いかけようとしたときだった。


 「キャッァ!!」


 隣に居るシリアが小さく叫んだ。

 シリアの視線の先には、残虐に殺された亡骸がゆるゆると燃えている。


 「シリア君ッ!」


 思わずジェシドは手でシリアの目を隠した。シリアは小さく震えている。


 「ひどい状態だ。なぜ学園はこんな状態を無視しているんだ・・・。」


 応援要請を断られた事は2人から聞いていた。しかし、今自分が見ている光景は明らかに尋常でない事態だ。


 「きっと・・・きっと、今応援の準備をしていらっしゃるのですわ。」


 シリアは目を遮っていたジェシドの手をそっとはずずと、わずかにずれた帽子を被りなおした。


 「・・・大丈夫かい、シリア君。」

 「えぇ・・・。テオとオルジが前もって話してくれていたから多少の想定はしていました。それに・・・魔術師ウィザードを目指す者、このような現場も覚悟しなければなりません。」


 シリアの震えは止まっていた。目の前の惨たる光景を目の当たりにして、自らを奮い立たせる姿にジェシドは目をみはる。


 「ジェシドさん、生存者を探しながら2人を追いましょう。きっとあの2人は同じ場所へ向かっています。きっと確認したいことがあるのでしょう。」

 「・・・うん、分かった。」


返事をしたものの、ジェシドは自分の胸元から端末を取り出す。そして少し操作したところでその場に置いた。


「ジェシドさん?」

「あぁ、ごめん。さぁ、行こう。」


シリアとジェシドは再び歩き出した。




 一方、ゆっくりと歩を進める2人とは対照的に、テオとオルジは迷いなく村を突き走った。

 視界には目を覆いたくなる程の酷い現状。そこには、緑豊かに実る野菜も、のどかに流れていた村の気配も見る影が無かった。


 「壊滅していた村と同じ状態だ。きっと犯人は同じに違いねぇ!」


 オルジは無言の肯定を示す。

 2人は見覚えるのある道をひたすら走り進むと、ある場所で思わず立ち止まってしまった。


 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。」

 「・・・。」


 そこには調味料になるコジャの実や、長期保存が可能なイグシ草は灰となり、狭いが座り心地の良い縁側はただの木材と化していた。


 「そんな・・・。」


 燻った煙と焦げた土・・・そこで2人はある物に目を止める。


 それは小さな炭の塊だった。

 塊の中には木炭みたいな白い枝のようなものが幾つか見える。それは細かく砕け、焦げた土と灰に混じり軽やかに散っていく。

 それが人間に骨だと気付くのに、そう時間はかからなかった。


 「あ・・・」


 フラフラと歩くテオが何かを拾い上げた。

 テオの手の中には不自然に曲がった金属があった。一部が業火によって変色しているが、それは椿の形が施された簪だった。


 「はっ・・・・はっ・・・・」


 オルジは一気に脱力した。視界がぼやけ、心臓がバクバクする。


 「あ、あぁ・・・あぁあああ・・・」


 『えぇ~よ。え~よ。私の自慢の畑なんじゃよ~。』


 「あぁぁ・・・・うあぁ・・・っ・・・」


 『暑いじゃろうてぇ。あまり冷えてないけど飲みなぁ。』

 『嬉しくてんなぁ。私の宝物なんじゃぁよぉ。』


 「うっ・・・うぅ・・・っ・・・」


 『気を付けていってこんしゃいねぇ。』


 にこにこと笑いながら、しわくちゃの手で優しい味のお茶を淹れてくれたお婆さんの姿がよみがえる。


 「うっ・・・うぅ・・・・ぐっ・・・」


 視界がぼやけたまま、うずくまるテオへ寄り添った。そして、テオが片手に握っていた簪を両手で包み込んだ。

 お婆さんの面影を抱きしめるように、2人は強く簪を握りしめた。


 ゴスッ!と鈍い音がする。それは、テオが怒りのままに拳を地面に叩きつけた音だった。


 「・・・さねぇ・・・っぜったいに許さねぇぞぉっっ!!!!!」


 その叫びは、村全体に響き渡るほど大きな叫びだった。

 オルジは怒りが収まらないテオの手からそっと簪を預かる。そして大きな瓦礫の裏にそっと優しく置いた。

 テオの怒りが周辺の空気に同調する。未だに震えるテオの背中に手を置くと、呼吸を整えた。


 「テオ。」

 「・・・あぁ。」


 それは不意な攻撃だった。

 俯く2人の後ろから凶暴な牙を振り下ろし突進する1匹の影が駆けていく。

 ガラ空きである2人の背中に咬みつこうとした瞬間、テオとオルジは同時に左右に飛びのいた。


 「ALL Element 火精霊サラマンダーッ!」


 テオの身に付けているグローブに朱色の光を放ちながら火精霊サラマンダーを呼ぶ紋章が浮かび上がる。


 「ALL Element 風精霊シルフ!」


 オルジがかざした手の平に、浅葱色の光を放ちながら風精霊シルフを呼ぶ紋章が浮かび上がる。


 「猛火球もうかきゅうっ!!」

 「風弾ブラストッ!」


 サッカーボール程の大きさの火球と、鋭く尖った風の弾が容赦なくその影に何発も被弾する。被弾した魔法は土埃と煙に姿を変え、視界を不明瞭にしていった。


 「・・・。」

 「・・・。」


 2人は臨戦態勢のまま動かない。左右に避けた瞬間、その眼で大きな獣の姿を確認したからだ。

 自分たちに襲い掛かってきたこともあるが、この獣が今までの村を襲った犯人の可能性が高いと瞬時に判断したのだ。

 それならば、お婆さんや村の人を傷つけた復仇には全くと言っていいほど足りない。


 少しずつ靄がはれ、視界が戻っていく。

 そこに姿を現したのは、体長4~6メートル程の黒い豹のような獣だった。

 黒豹は獰猛な顔つきと鋭利な牙を持っていて、威嚇しているのか鼻先には皺がいくつも寄っていた。


 「豹・・・?婆ちゃんが言っていた長い耳じゃないな。」

 「うん。でも、あれを見て。足のところ・・・。」

 「刻印・・・!やっぱり霊魔か・・・!」


 豹の太ももには、霊魔の刻印がしっかりと刻まれている。

 ボキボキッと指を鳴らしたテオは豹を睨み上げた。


 「今ので終わりじゃねーぞ。お前が傷つけた人の分、しっかり返してやるよ。」


 低く唸る豹が体を震わせる。そして鋭い眼光を向けてきた。


 「赤い目だ・・・。目撃情報と一致するよ。」

 「あぁ・・・。しかし、カウンターを狙ったとはいえ、全くダメージが通ってないな。」

 「テオは火力を一点に密集しているのに、狙いが定まってないんだよ。もったいない。」

 「んだとっ!?」

 「コントロールを磨くべきだ。」

 「はぁっ!?それをフォローするのがお前の役目だろ!」

 「僕はテオをフォローする為にここに居るわけじゃないっ!」

 「!!」

 「いつまでも僕に甘えられると思ったら大間違いだぞ。」

 「オルジ・・・?」

 「・・・。」

 「お話中、失礼します。」


 背筋がゾクリとする。2人は咄嗟に後ろを向いた。しかしそこには誰も居ない。


 「こちらです。」


 2人は再び体を向き直す。しかし、そこには低い体勢のままの黒豹しか居なかった。


 「・・・どこだ。」

 「・・・。」


 周囲の惨状と相まって、ヒリヒリとした緊張感が2人を包み込む。

 存在の位置を確認しようと2人は意識を集中させた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 「ここです。」

 「クソッッ!!!」


 テオは咄嗟にオルジの体を掴み引き寄せると、後方へ飛びのいた。

 2人の居た頭上から、粘度を帯びた猛炎の岩漿が大量に降ってきたのだ。

 落ちた岩漿は地面を焦がし、シュゥーッと煙を上げて消えていく。


 目の前で起こった現象に唖然としたオルジは短い息を吐く。咄嗟に掴まれた衝撃で呼吸が止まっていたからだ。


 「っ・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・びっくりした・・・ありがとう、テオ。」

 「はぁ、はぁ、はぁ・・・それより、気付いたか・・・?」

 「・・・・・まったく・・・。」

 「だよな・・・。全く気配を、感じなかったぞ・・・!」


 上を見上げた2人からは、相手の靴底とそこから伸びる影が見える。

 2人は思わず笑みをもらす。しかしそれは、あまりにも不甲斐ない自分たちへの冷笑だった。

 それまでに、2人の頭上にいる存在の雰囲気は禍々しさと異質を含んでいたのだ。


 「お前、何者だっ!!!?」


 テオが声を張り上げた。テオの声掛けにピクリとも動かない存在の正体を確かめようと、オルジは数歩下がった。


 「テオ、あの姿・・・執事が着る服みたいだ。確かモーニングっていう使用人が着る服だよ。」

 「なるほど・・・。分類的にはスーツってことだな。【スーツと獣】の謎が解けたぜ。」


 その時、豹が2人に向かって凄まじい勢いで走ってくる。


 「くっ・・・・!!テオッ、まずはアイツからだ!」

 「おぉ!! 烈火陣れっかじんっ!!」


 テオは猛々しく炎を纏わせたグローブを、向かってくる豹に思いきり振り下ろす。しかし、豹は避けるどころかテオの拳に思いきり咬みついてきた。


 「なっ!!?」


 テオは無意識に拳に力を入れた。強靭な顎から突出した鋭利な牙は、グローブの炎ごと引きちぎろうとした。


 「っ、辻風つじかぜ!!!」


 オルジは、複数の小さな竜巻を咄嗟に放つ。それはグローブに意識を持っていかれていた霊魔にすべて着弾した。


 ヒャィンッッ!と言いながら、豹は口からグローブを離すと、ドタンとその場に倒れこんだ。


 「大丈夫か、テオッ!?」

 「牙が引っ掛かったけど大丈夫だ。でも・・・」


 そこには切り裂かれたグローブと、痛々しい傷から血が流れている。


 「右拳のグローブが・・・」

 「魔術具が壊れたぐらいで何情けない顔してるのさ!ほら、止血しろ。」


 オルジはカバンから包帯を取り出しテオに放り投げた。

 そして、倒れている豹に向かって止めを刺そうと手の平に意識を集中させる。


 「まずはコイツからだ。」


 空気がフワリと動く。その微かな空気に気付いた2人が頭上を見上げた時には、執事姿の男はすでにそこには居なかった。


 「困りますよ。」


 声がしたのはすぐ近くだ。

 慌てて2人が視線を戻せば、そこには、豹の隣に立つ執事姿の男があった。


 「い、いつのまに・・・!?」


 目を丸くする2人の前で、男は霊魔の刻印に手をかざしている。


 「何をする気だっ・・・!?」

 「あ・・・見て、テオッ!!」


 手をかざした刻印が淡く光っている。

 しばらくすると、オルジの攻撃を受けた豹が立ち上がり、身体を思いきり震わせる。


 「か、回復させた・・・のか?」


 男がゆっくりと身体を向ける。

 その時、2人は初めて執事姿の男と正面で対面し、そして息を呑んだ。

 執事姿の男は背が高く、手足も長い・・・が顔には真っ黒の牛の面を被っていたのだ。 

 つり目に切り取られた目の部分はぽっかりと白く、光を宿していない。


 「な、なんだ、コイツ・・・。」

 「人間?・・・じゃないのか?」


 人間の体躯をしていながら、手や指は無い。執事姿の男は、皮膚という部分が一切見られない異様な姿をしている。


 「お、お前、咎人か!?その豹はお前の霊魔なのかっ!?」

 「困ります。これらは一応借り物なので。」

 「・・・は?」

 「私には必要ないものなんですが。」

 「いや、さっきから何を――」

 「情報が貰えなくなったら困りますし。」

 「っ・・・何だ、コイツ・・・!」


 会話が成り立たない状況にテオはイライラを隠せない。しかし、男から発される異様な空気を察知したオルジがテオに耳打ちするように近づいた。


 「テオ、早くケリをつけた方がいい。アイツ、何かおかし――」

 「おや、お分かりですか?」


 それは一瞬の出来事だった。今さっきまで隣に居たはずのオルジが近くの岩壁に弾き飛ばされたのだ。


 「・・・がぁっ!!」

 「なっ!??」


 岩壁に激しく打ち付けられたオルジは、その場に倒れ動かなくなってしまった。


 「オルジィッッ!!!!」


 再び空気が動く。さっきまで目の前に居たはずの気配はすぐ後ろにある。


 「同じ手が通用するかよっ!!」


 テオはフッと息を吐く。そして右腕を思いきり振りかぶった。

 衣服に触れる感触があったが、手応えがない。眉をひそめたテオは、そのままの勢いでオルジのもとへ移動した。


 「オルジ、大丈夫かっ!!」

 「うっ・・・・げほっ・・・ごほっ・・・な、何とか・・・。」


 鉄の味がする。オルジは切れた口元を服で拭った。


 「ごほっ・・・アイツ、気配を消したまま、瞬時に僕たちの後ろに移動した・・・一体何の魔法だ・・・。」

 「・・・いや、魔法じゃねーよ。」

 「え・・・?」

 「あいつ、咎人でもなければ人間でもない。」

 「まさか・・・。」

 「あぁ・・・。あいつも霊魔だ。」

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