第29話 不器用な口づけ

 「ちょちょっちょーー!!落ちてる、これ落ちてるって!!」

 「どういうことだよっ!!?」


 順調に風の魔法で森から脱出しようとしていたファルナたちは、ゆっくりとその高度を失いつつあった。


 「ちょっと、ゼロ!!どうなってんだよ!?オレたちの魔法まで相殺しなくていいんだって!!」


 ファルナの焦りとは裏腹に、ゼロは取り乱すことなく自分の手を見つめている。


 「ゼロく~ん!?確かにゆっくりだけど、確実に落ちてるからね、これ!!」

 「オレの魔法じゃない――」

 「は? ・・・とりあえず、ガロ!もう1回、足元に魔法を使ってくれ!」

 「やってる!」

 「はっ!?」

 「さっきから、発現しようとしているんだって!でも、全然魔法が使えないんだ!何でだよっ!?」


 ガロは苛立ちを隠すことなく、自分の足元に何度も手のひらを向けていた。ガロの手からは、エレメントの気配を感じない。


 「ゼロじゃない?と、いうことは――!」

 「長居しすぎたようだ。」

 「みたいだな!!とりあえず、無事に着地できる場所を探すしかないか!」


 緩やかだった落下スピードが明らかに速くなっている。原因は分からないが、ゆっくりと魔法の効果が失われようとしているのだろう。


 「あっ!あそこの高い木に乗り移るぞ!」


 ファルナが見据えた先には、シラカンバが十数本密生していた。その中でも1番背の高い木に目を付ける。

 しかし、その木を見据えたのはファルナたちだけではなかった。

 地上では、シュリたちもその木に注目していた。


 「あそこの木に降りるわ。多分、最後のチャンスになるわよ!」

 「嬢ちゃんはどうする?!迂闊に手を出せば、巻き込まれるぞ!あのケガの様子だと、些細な衝撃が命取りになる!」


 アイバンの指摘にシュリは唇を噛んだ。


 「はぁ、はぁ、はぁ・・・シュリさん、アイバンさん!セ、セリカの事は・・・はぁ、はぁ、私に任せてください!はぁ、はぁ――」


 息も切れ切れに、シリアは大きな声を張り上げた。


 「どうする気なの?何か策でもあるの?」


 目標の木を視界に捉えたシュリは、シリアの説明を聞くため立ち止まった。

 それに合わせシリアも立ち止まる。膝に手をついて、必死に呼吸を整えている。 


 「おいおい、大丈夫か、魔女っ子ちゃん――?」

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・私は、おチビじゃ・・・はぁ、はぁ・・・ありません。」

 「いや、もう正常に聞き取れてないし!本当に大丈夫か?」

 「は、はい。もう1度・・・はぁ、はぁ、魔法を試して、みます――!」


 シリアの提案はシュリを驚かせた。


 「試すって!また魔法が消えてしまうかもしれないのに、そんな賭けに乗れないわっ!」

 「いえっ!」


 頬は紅潮し、瞳が揺れている。それでもシリアの強い意志は、確かにシュリとアイバンに伝わってきた。


 ───────


 「――分かったわ。あなたに任せる。それに、実戦バトルクラスの生徒の保護は最優先事項だものね。」

 「そうだな!生徒会プリンシパルがこのまま引き下がれないしなっ!」

 「ありがとうございますっ!セリカは私が必ず何とかしますっ!」


 そう言うと、大きく伸びたシラカンバに目をやった。

 地上に居るシュリたちに気付いたファルナたちも、こちらの様子を伺っている。


 「どうするんだ?魔法が使えないぞ。」

 「多分、エレメントを無効化されているんだ。原因はさっきの音で、学園の誰かの仕業だろうよ。

 ったく、エレメントの無効化なんて、とんでもねーことしやがるな。」

 「にしては、落ち着いているなファルナ。」

 「まぁな。

 無効化範囲はおそらくこの森全体だ。ということは、あいつらもエレメントが無効化されているはず。魔法を使えないのはお互い様だ。

 さっきの小さいガキの魔法を消したことで、アイツらは魔法が使えないと思い込んでいるだろう。だから、この森の無効化に気付いてない可能性が高い。」

 「あぁ、確かに。」

 「あっちの人数は多いが、ほとんどケガをして使えない奴ら――。注意するのは生徒会プリンシパルの2人ぐらいだ。こっちが十分優勢だよ。

 それに、いざとなったらこのエレメントストーンを使えばいい。」


 そう言ってポケットから数個のキューブ型の石を取り出す。それは、ガロが戦いの際に口に放り込み、噛み砕いた物だった。それぞれ赤と青と緑と黄色の色をした石は、艶やかに輝いている。


 「エレメントストーンは魔法力の器に干渉をさせない、物理的な魔法発現を可能にする代物だ。効果は、オマエもよく分かっているだろ?無効化されたって関係ねーよ。なぁ、これを開発したゼロ君♪」


 ゼロはファルナが持っているエレメントストーン興味が無さそうに一瞥した。


 「しかし・・・あまり長引かせると、そろそろコイツがくたばりそうだなぁ。」


 ファルナはグイッとセリカの腕を引いた。既にセリカの意識はない。


 「まさか、もう死んでいるってことはないよな?」


 ガロがセリカの様子を見ようとしたとき、キュポとした音が聞こえる。何かと視線を上げると、ゼロが小さな小瓶に入った回復薬ポーションを口に含んでいるところだった。

 そして、ファルナから荒っぽくセリカを奪い取ると、無理やり開けた口へ回復薬ポーションを流し込んだ。


 「おわっ!」


 急な口づけにガロがおかしな声を出す。

 セリカの口元から、漏れた回復薬ポーションが伝う。救助する為とはいえ、ガロには目の前の光景がひどく艶っぽく見えた。

 セリカの喉元が小さく震えたことを確認したゼロは、手で自分の口を拭う。

 そして、セリカの口元から零れる滴も拭うと、今度はもう1度優しくセリカに口づけをした。


 「――ぅう・・・ん。」


 流れ出ていた血が止まり、セリカの顔に血色が戻っていく。

 一部始終を見ていたファルナが、深いため息をついたことにガロは気付かなかった。


 「もう片付けるぞ。マジでクエストの時間が終わっちまうよ。ガロは火のエレメントストーンを持っとけ。」

 「おぉ、分かった!」


 セリカをゼロに預け、ファルナとガロはシラカンバから勢いよく飛び降りる。


 「行くわよ、アイバン!」

 「おぉ!!」


 飛び降りた咎人たちを確認したシュリたちも、迎え撃つ体勢に入った。

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