第28話 足掻く

 新しく淹れなおしたお茶(といってもライオスが使った急須に、もう1度沸かしたお湯を注いだのもの)はとても熱かったので、無理やり白衣の袖を伸ばし、間接的に厚ぼったい湯呑みをすっぽりと手で包み込んだ。


 この部屋には窓がない。が、最新の空調と風のエレメントを利用したシーリングファンのおかげで息苦しさは微塵も感じない。

 細く息を吐いて湯呑みに波紋を作る。

 

 外が騒がしい。

 北校舎1階の閉鎖的な場所にあるこの部屋には結界が張られており、外の音や光などを一切遮断している。

 しかし薄いえんじ色の髪を揺らし、今度は声に出して呟いた。


 「うるさいのぉ。」


 窓がない為、視覚的情報は何も得られない。そもそも窓があったとして、外を見るかと言われたら断言はできないが――。


 貸し出したエレメントロガーはすべて壊れたようだ。原因は雷精霊トールの使役、及び落雷。

 機械が悉く使えないあのエリアで、さらにエレメントロガーが壊れたのは致命的だろう。今の状況は、学園側から見て非常事態だ。

 だから中途半端に伸びたボサボサ頭を輪ゴムで留め、だらしなく伸びた無精ひげを擦りながら、ヘラヘラと笑うバカモノは帰ってこない――。


 ぬるくなったお茶をゆっくりと口に運ぶ。

 視界には、妖精フェアリーと同期し、伝達された情報が映し出されていた。


 ライオスに説明した同じ型の妖精フェアリーを、森に放っていたことは誰にも伝えていない。青い髪をショートカットにした妖精フェアリー雷精霊トールにも落雷にも影響されず機能し続けていた。

 だから音や光が届かなくても、森の中の状況が手に取るように見えていた。そして、気配も――。


 長方形の箱から中身を引き抜き、等分に切られているカステラに手を伸ばす。今日は豆大福(中身はこしあん)の気分だが、無いものは仕方がない。

 冷蔵庫に入っていたカステラを持ってきて、はむっと口に入れる。

 窓は無いが見えてくる映像に集中している為、虚を見つめているように見える。


キィィィィィィィィィン─────


「――?」


 機械音に似た甲高い音が森の中に響き渡った。突如響いたその音が何を示すのか、レイアは毛を逆立てたネコのように注意深く気配を探っていった。そして、思い当たる気配にたどり着く。


 「ほぅほぅ。なるほどな。あれを使ったのか。それで、あやつらには――ほぉー・・・なるほど――。」


 ここに居ないバカモノが、此度の問題に対しどのような策を講じるのかは興味があった。そしてそれは、些か意外で、しかし合理的であったため素直に感服する。


 レイアは、部屋の隅っこにある花瓶に何本も刺さっている造花に目を向けた。

 さっきの音と花瓶にある造花に同一の気配を嗅ぎ取ったレイアは確信をする。


 「これはこれは。大がかりじゃのぅ。」


 再び長方形の箱に手を伸ばせば、カステラは残り1切れとなっていた。

 買ってきた本人の分を残しておくべきだろうか、という常識的思考を持ち合わせていないレイアは、何の躊躇もなく最後のカステラを口にいれる。

 底に敷き詰められているザラメが、中でも大好物なのだ。



 咎人達は、もうすでに視界から消えていた。逃げた相手を追えなかった悔しさと、生徒1人を守れなかった憤りが、シュリの心を押しつぶそうとしていた。その時、


キィィィィィィィィィィィン────


 突如鳴り響いた甲高い音に、思わず辺りを見回す。


 「な、なに――?」

 「何の音だ!?」


 アイバンもキョロキョロと辺りを見回した。森は明らかにさっきとは違う余所余所しさで、シュリたちを包み込んでいる。

 前方で泣きじゃくっている小さな女の子は別として、周りにいる実戦バトルクラスの生徒には特に異常は見られない。


 (じゃあ、さっきの音の正体は――?)


 五感を研ぎ澄ませ、シュリは森の異変を突き止めようとした。

 微かだが人の声がする。焦っているような、慌てているような騒がしい声だ。そして、その声の正体が分かった時、既にシュリは走り出していた。


 「お、おい!シュリッ!??」

 「アイバン、来てっ!まだアイツらが近くに居るわっ!」


 駆け出したシュリの後を追うように、アイバンも走り出す。その時、生徒会プリンシパルの2人の会話を聞いていたシリアは、涙を拭き2人の後を追いかけ走り出した。


 「あっ!おいっ!シリアッ!!戻ってこいっ!」


 テオが叫んだがシリアが止まる気配はない。2人を見失わないようにと、小さな歩幅で食らいつき走っていってしまった。


 「くそっ!!何もできねーじゃねーか!!」


 エリスに肩を借りているテオは、拳を自分の太ももに打ち付けた。


 「落ち着いてテオ。とりあえず私たちも向かいましょう。ロイ、菲耶フェイ、手を貸して――。」


 ローブの男に容赦なく蹴られた時、テオは数ヶ所骨折していた。誰かの支えが無いと歩けない状態に苛立ちを隠せない。

 そこに、ロイも自分の肩を貸しテオを支えた。


 「1番何もできてないのは、オレだよ。マジで情けない、オレ!!だから、そんなに自分を責めるなよ。」

 「ロイは霊魔にやられたんだ。命があっただけでもスゲーよ。」

 「出血がひどすぎて、これ以上は役に立てないけどねー。もう本当、今日はオレの黒歴史だよー。」

 「そうだ。霊魔は倒れたんだ。魔障痕は消えたのか?」

 「それがさ――。」

 「?」




 (いたっ――!!)


 シュリは前方の空から落ちてくる人影を確認した。間違いなく咎人たちだ。理由は分からないが、飛んで逃げることができなくなったらしい。

 おそらくさっきの音の仕業だろうと予想づけた。今なら、人質になった子を救えるかもしれない。

 雷精霊トールを使役した時の疲れはまだ残っている。だが、絶好のチャンスだ。

 シュリはアイバンが付いてきていることを確認する為後ろを振り返った。

 その時、アイバンの後ろにもう1人小さな影が付いてきていることに気が付く。


 「ちょっと、魔女っこちゃん!?あなたは付いてこなくていいのよ!」


 振り返りながら走るシュリを見て、アイバンも自分の後ろを振り返った。

 そこには、魔女の帽子を被った小さな女の子がヘロヘロになりながらも、でも必死に足を動かして2人を追ってきていた。


 「セ・・・セリカは・・・はぁ、はぁ、はぁ、私の・・・お友・・・だちだか・・・ら・・はぁ、はぁ、はぁ――!」


 追い返している余裕は無い。目的の咎人たちまでもう少しだ。シュリは決断する。


 「守れないわよっ!危なくなったら自分の身を守りなさいっ!」

 「はぁ、はぁ、はぁ。わ・・・わかり・・・ましたわ・・・はぁ、はぁ――」

 「ははっ!今年の実戦バトルクラスは、なかなかいい面子がそろってるな!」


 アイバンは、シリアを見て嬉しそうに笑った。

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