第22話 決着

 視線だけを動かせば、そこには傀儡の攻撃を受けながら霊魔に向けて魔法を放つセリカの姿があった。シュリの首に巻かれている尾を凍らしている。


 「何を考えているか知らないが、早く!」


 そうしている間にも、無抵抗のセリカは傀儡たちの格好の標的となっていた。


 「セリカ!?くっ、邪魔だ、どけっ!!」

 「ち、近づけない!」


 依然、周囲の傀儡に手こずるテオたちも成す術がない。


 粘土に呑まれ、うつ伏せのまま体を縛られれば、風の刃で服とその身は切り裂かれ、何発もの火玉に火傷が残る。切り傷に火玉がぶつかれば、小さな悲鳴をあげずにはいられない。

 体を固定され身動きは取れないが、かろうじて動かせる右手だけを霊魔に向け魔法を発現し続けた。

 小さな槍を持った魚人風の傀儡がセリカの体にその刃をどんどん突き刺していく。ズブッという音とその傷から、血が激しく流れ出た。


 「セリカァッ!!」

 「もうやめてぇ!!」


 テオとエリスの悲鳴にも似た声が森にこだまする。

 痛みで思考が停止しそうだ。でも、今倒れるわけにはいかない。彼女たちに攻撃のチャンスを――。

 セリカはさらに右手に力をこめた。


「くぅ、っ――ぁぁあぁぁぁぁ゛―!!!」


 その時、セリカの耳のカフスが何かに反応するように俄かに輝き始めたのだ。

 セリカの渾身の力は、氷漬けになっていた霊魔の尻尾ごと、一瞬で粉々に粉砕してしまった。


 「ゴホッ!ゲェホッ!!ハァ、ハァ・ハァ・・ハァ!!」

 「シュリィィィッ!!!」


 首にかかる圧力がゆるみ、むさぼるように呼吸をするシュリにアイバンからの合図が届く。

 コクンと頷いたシュリは発現し続けた紋章にさらに魔法力をこめた。そして声高らかに詠唱を唱える。


 「Element of Eternal!」


 シュリの詠唱にアイバンも続く。


 「Element of Eternal!」


 すると、2人の手の下にあった紋章が燦然と光を放ち輝きはじめる。その眩い光は遠くにいるテオ達すら目がくらむほどの強い光だった。

 紋章から巻き起こる強い光と風が2人のマントを激しく靡かせている。

 シュリを中心とした凍える空気と、アイバンを中心とした灼熱の空気はその範囲を中心へと移動させていった。

 下流していく冷気と上昇していく熱気は次第に混ざり合いながら急速に発達していき、2つの大気から巨大な積乱雲が発生した。

 

 「す、げ・・・」


 テオたちが呆然の見守る中、雲の中の粒がこすれ合い大量のプラズマが生じ始めた。

 その影響に気付いたのは、周囲に集まっていた傀儡たちの姿が、次第にかすれていき形が壊していったからだった。


 「傀儡たちが――」

 「消えていく?」


 パチパチッと小さな静電気が空気中に発生し、テオたちの周辺に居た大量の傀儡が次々と消滅していく。


 「あ、デジタルコピーだから――。」


 エリスは傀儡そのものの仕組みを思い出した。

 セリカを攻撃していた傀儡も次々と消えていく。

 痛みで意識が朦朧とするセリカはうっすらと目を開けた。

 目の前に発生した綿菓子のような積乱雲に、懐かしい情景が映し出される。


 ――真っ青な空に浮かぶ白く巨大な入道雲は、まるで空に鎮座する城のような圧倒的な存在感を示していた。

 遠い先にある入道雲を背景に乾いた土の上をサンダルで駆けていく。

 足裏にかいた汗に砂利が付着するのが不快で、川を見つけるたびにサンダルごと足をつけた。

 水の表面にキラキラと太陽の光が反射して、川の水の冷たさに小さな悲鳴と笑い声を立てた。

 うだるような暑さに、河原の泥臭さ、虫かごの中に捕まえたセミ。

  積乱雲だけで、脳は何年も前の記憶をここまで鮮やかに呼び起せるのか。


 「・・・・か・・・ちゃん・・・・ぶらないと・・・・・・・・・よ。」


 (誰?)


 「・・やく・・・・・・ら・・・・・こう。」


 手に残る小さな感触。汗で湿った手は温かくて、自然と安心を与えてくれた。


 「・・・く・・・ん」

 「・・・カ!セリカ!!!大丈夫か!?」


 脳が勝手に変換した情景は、テオの声でかき消されてしまった。

  セリカのカフスも既に輝きを失っていた。

 目の前には依然、森の中にそぐわない巨大な積乱雲がさらにその形を大きくしていっている。

 シュリとアイバンはそれぞれの紋章の中で手を合わせて魔法力を高め続けていた。


 「あの2人、何をする気だ・・・」

 「分からない。オレたちもあんな詠唱は聞いたことがない。それより喋るな、結構傷が深いぞ。」


 テオはセリカの背中に手を置いた。


 2人が発生させた積乱雲は、灰色と白色が混ざりあった色で質量を増し鉛直方向にその立体感を広げていく。

 雲の中で光る稲光と、腹に響く雷鳴はどんどんと回数を重ねていった。

 霊魔をスッポリと包み込む巨大な積乱雲は退路すら与えない。

 雲の中に発生した静電気は膨らみ溜まっていった。目前に迫る荒々しい自然現象に霊魔は後退を余儀なくされる。


 「「(今っ!)」」


  そこで2人は同時に両手を大きく広げ、声を張り上げる。


 「「ALL Element!!雷精霊トールッ」」


 2人の詠唱に雷精霊トールの紋章が大きく空へ描かれると、明るい黄色の光が周辺を照らし雲が大きく動いた。

 雲は後退した霊魔の上空に移動すると、大きな雷鳴を轟かせる。

 さらに2人は両手を前に出し思い切り魔法を放った。


 「「幻雷げんらいッ!」」


 強烈な稲光が走ったと同時にバリバリッと空が割れるような轟音が鳴り響く。

 溜まりに溜まった雲の中の静電気は、落雷となって霊魔に直撃した。


 「ガッ――!」


 大電流が体内に流れ霊魔の身体は大きく痙攣を引き起こした。しかし、霊魔をめがけた落雷は一発では終わらない。目がチカチカする眩しい光と、鼓膜を劈くような轟音はさらに続く。


 「キャッ!」


 エリスは目を閉じ両手で耳を塞いだまましゃがみこんだ。自身の震えと地響きに耐えられなかったからだ。

 やがて、凶暴な光と音の協奏曲は細やかに降る雨によって終演を迎える。

 辺りに充満していた焦げた匂いが薄くなり、空気の冷たさが鼻から感じ取れた。

 土や草木が濡れた時に発するささやかな呼吸に気付いたのは、視覚と聴覚を遮っていたことで鼻が敏感になっていたからだろう。

 エリスは光と音が止んだことを確認してそっと目を開けた。


 存在感のあった積乱雲は、今や薄い霧となってゆっくりと消えていっている。自分に触れる水滴が積乱雲からの雨粒なのか、本当の空から降る涙なのか見当もつかない。


 消えていく雲の中には霊魔が立っていた。見た目は先ほどと変わっていない。が、白目を剥き、大きく上に開いた口から細い煙が揺れながら昇っている。

 霧雨は霊魔の身体を静かに優しく濡らしていった。

 しばらくすると、力が抜けた体は膝から崩れ落ち前方に倒れ込んだ。

 ピクリとも動かないその姿を見て確信する。霊魔はようやく完全に沈黙したのだ。

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