第21話 決戦へ

 ザワザワと揺れ動く影にはいくつもの光る点があった。

 赤や青や濁った黄色、無数に散らばる光の正体が傀儡の目だと思うと途端に気味が悪い。


 「何だあれっ!?」

 「傀儡だ。」

 「ナニそれっ!?」

 「アイバン、あなたジン先生の話を聞いていた?実戦バトルクラスの課題で使われる標的対象物でしょ?」

 「オレたちの課題は、あの傀儡に付着してあるラピス結晶を持ち帰ることなんス。」

 「なんでその傀儡がここに集結してるんだ?」

 「分からない。でもあのローブの男の合図で集まったように見えた。テオ、エリスを。」

 「おぉ!」


 座り込んで動けないエリスにテオが駆け寄る。


 「エリス、平気か?」

 「あ、テオ。えぇ、大丈夫よ。ごめんなさい──。」

 「気にすんな!いろいろ規模がでかすぎて、オレもついていくのがやっとだ。」

 「なんで傀儡が?あれは課題用に学園が用意した物よね?」

 「そのはずなんだけどな。よく分からなくなっちまった。」


 エリスに肩を貸したテオの表情は硬い。思考の中の疑惑が少しずつ膨れていく。

 こうしている間にも傀儡が森を侵食していくように増え続けていっていた。


 「いやー、壮観壮観♪」


 枝に腰掛けたファルナは足をブラブラとリズムよく動かした。

 上から見ると、黒く大きなドーナツの穴の中に人が閉じ込められているようだ。

 ジワリジワリと小さくなる穴を面白そうにファルナは眺めていた。

 しかしファルナの愉快な声音とは反対に、今にも消え入りそうな小さな声でガロが呟いた。


 「ごめんなさい、ゼロ。オレ・・・話聞いてなくて・・・。霊魔もボロボロにして──」


 ファルナが覗き込むと眉毛を八の字にしたガロが目から溢れ出る涙を流さまいと必死に我慢していた。

 いつもならその顔を笑い揶揄うファルナだったが、ガロに残る痛々しい傷を見て口を開くことを寸前で止めた。ゼロは反応しない。


 「簡単だと、思ったんだ・・・人を、探して連れてくる、だけだって。でも、全然で・・・。端末も使えなくて、霊魔も、言うこと聞かなくて・・・。オレ、強くなるから。もっと痛いのも我慢するから。だから、だから・・・ごめんな、さい・・・」


 鼻水をズズッと啜ったガロは、それでも涙をこぼさないようにと唇をきつく閉じた。

 それでも反応しないゼロにファルナはため息をつく。


 「何か言ってやれよー。ガロに名前つけたのはオマエだろ?ゼロとガロって兄弟みたいだなって、面倒見てたじゃん。ガロがローブを着ているのもオマエの影響だって知ってるくせにー。」


 とうとう溢れ出た涙を、せめて見られないようにとガロは腕で強く拭った。


 「────。」

 「ご、ごめんなさい・・・ごめ──。」

 「泣くな、ガロ。怒っていない。」


 ガロはゆっくりと顔をあげた。目は真っ赤で、鼻水も出っぱなしだ。

 ゼロのローブはフードの部分が深くて表情を見ることができない。しかし、ぶっきらぼうな言葉に響く優しい声音が、ガロの涙をまた溢れさせた。

 その様子にファルナも思わず笑みが漏れる。


 「それに、ガロ君。オマエはちゃんと人探しできてるから安心しなよ♪」

 「え?」


 ガロとファルナは再び下を見た。地上では黒い影が厚い層になって5人を取り囲んでいる。

 さらに5人の視界には、炎に焼かれ爛れた皮膚を露わにしたままこちらを睨む霊魔の姿があった。

 焼かれた体からは、焦げ臭い匂いと血液が蒸発した匂いが混ざり、強烈な異臭を放っている。


 「数が多いな、オイ。」

 「『戦いは回避しろ。身の危険を感じたらすぐに撤退するように。』ジン先生の指令は守れないわね。」

 「だな。厄介なのは霊魔だ。」

 「えぇ、一気にカタをつけるわよ、アイバン!」


 アイバンとシュリはそれぞれ左右に飛び出した。それをきっかけに傀儡たちが一気にセリカたちに襲いかかってくる。

 その様子に2人は大声で指示を下した。


 「挑め!」「逃げて!」

 「どっち!!?」


 またしても反対の指示にテオたちは混乱する。始まってしまった傀儡たちの攻撃をセリカは真正面から受け止めた。

 テオたちも残り少ない体力で応戦をはじめる。

 アイバンとシュリは左右から同じタイミングで魔法をぶつけるも、霊魔はその攻撃を容易く受けながしてしまった。

 霊魔を挟んで着地した2人は距離が離れている分、大声で話し始めた。


 「実戦バトルクラスの退避は最優先事項だって何回言えば分かるのよ!」

 「そんな事言ってられない事態だろうが!自分の身ぐらい自分で守れるだろ!?」

 「自分を守るために、この場から逃げろって言ってんの!」

 「逃げるために、まず戦えって言ってんの!」

 「私が挑んで、テオたちは逃げればいいのではないか?」


 傀儡が密集しているところに水の矢を放ち続けながら2人の会話に入ってきたのは、またしてもセリカだった。


 「セリカ、勝手なことを言うなよ!」

 「ここまで囲まれていたら逃げる道さえないわ!」


 四方から攻撃をされている3人は防衛するだけでギリギリの状態だ。


 「テオもエリスも既に体力が限界に近いだろう。だから私が突破口を作る。そこから抜け出すんだ。」

 「体力が残り少ないのはお互い様だろう。」

 「突破口を作ってくれたとしても、これだけの量よ?追尾されれば結局は同じよ。」


 話はまとまらない。止むことのない傀儡の攻撃が会話すらもままならない状態にしているからだろう。

 とりあえず3人は、目の前に現れる傀儡を倒していくことに専念する他ない。


 (やっぱり、ここからあの3人を連れ出すことは不可能か!)


 傀儡に圧されているセリカたちを横目で見たシュリはアイバンへ声をかけた。


 「アイバン、最速で行くわ。終わったらすぐにあっちの支援へ回るわよ!」

 「おぉ、分かった!」

 「ALL Element 水精霊ウンディーネ!」


 シュリは両手を地面に向けて、水精霊ウンディーネの紋章を発現させる。


 「氷湖アイスゾーン!」


 詠唱後、シュリを中心に氷が作られていく。   

 冷たい空気は地を這うように動き、ゆっくりとその範囲を上空へと広げていく。

 シュリの周りにある草木は完全に凍ってしまい、どんどんと空気をも凍えさせてく。

 音を無くした世界にパキパキと氷の割れる音が静かに響く中で、シュリはさらに魔法を強くしていった。


 「こっちだ、霊魔!」


 その間、アイバンが霊魔の攻撃を引き受ける。

 霊魔がムチのように撓る尻尾を打ち付ければ、アイバンはそれを両手で握り捕まえた。


 「おぉりゃぁ!!」


 その尾を力いっぱい手繰り寄せる。尾を引っ張られバランスを崩した霊魔は体を器用に回転させ、引っ張られる力を利用しながらアイバンに噛みつこうと大きく口を開けた。


 「ワニかよ!?」


 尻尾を掴んでいた手を離し、霊魔の上顎と下顎をガッシリ押さえる。

 目の前には白濁の尖った牙が涎の糸を滴らせている。

 この凶暴な牙で貫かれたら命は無いだろう。剥き出しになった凶器を前に怯む気持ちが芽生えてしまう。

 アイバンはそんな気持ちを払拭するように改めて力を入れ、霊魔を押さえにかかった。

 その時、近距離が故に両者の視線がしっかりと交わった。


 (え?)


 アイバンの瞳が揺れたその時、ガキィィンッと音が響き霊魔の上半身が不自然に揺れる。  

 足元を見ればシュリの魔法により霊魔の両足は氷漬けされており、自由を奪うことに成功していた。


 「アイバン、今よ!」

 「お、おぉ──!」


 アイバンはさっき見た光景を払うかのように頭を振り、両手を地面に向けた。


 「ALL Element 火精霊サラマンダー!」


 地面に火精霊サラマンダーの紋章が浮かび上がり朱色の光が輝きだす。


 「熱渦ねつうず!」


 詠唱後、アイバンが手をかざした地面からジワジワと熱い空気が発生し始める。

 次々と生まれる熱波が空気を乾燥させ、高温な気塊が上昇をはじめた。

 熱さで呼吸さえも苦しくなるような中、アイバンはさらに魔法を強くしていった。

 2人が放つ空気は、テオ達の周辺にいる傀儡たちをも慄かせていた。


 「何をする気なんだ、あの人たちは・・・?」


 テオたちから見れば2人とも地面に手をかざし魔法を発現させているようにしか見えない。


 「分からないわ。でもすごい魔法力よ。しかも当たり前に上級属性変化を操れるのね。」


 水精霊ウンディーネの属性変化は氷。火精霊サラマンダーの属性変化は熱だ。

 水と氷、火と熱を操れるだけで魔法の応用幅は格段に広がる。

 生徒会プリンシパルの2人はそれを完璧に使い分け、技に反映させていた。

 その中で霊魔は自分を縛る氷を爪で叩き割ろうとしている。遠慮のない攻撃は、厚く硬い氷に少しずつ小さなヒビを発生させはじめていた。


 「くっ、バカ力が・・・!アイバン、まだ!?」

 「もぅ、ちょい──!」


 霊魔を挟んだ2人は正反対の温度空間を作り出していく。時間が経てば経つほどその温度差は大きく広がっていった。

 しかし魔法に集中する2人をしりめに、霊魔は足元にある氷をどんどんと壊していく。


 「まずい、霊魔がっ──!!」


 ガラガラと氷が転げ落ちる音が響くと、霊魔は自分の足を凍らせていた氷を粉々に砕き、その身を自由にさせた。そしてゆっくりとシュリの方へ向かっていった。

 セリカは霊魔の進行を妨げようと駆け出したが、前方に迫る大量の傀儡がそれを許してくれなかった。


 「どけっ!!」


 氷の斬撃を傀儡に向けて放つも、傀儡の数は一向に減る様子がない。

 目の前に迫る霊魔を視界に捉えつつも、シュリは魔法の発現を止めることはない。

 シュリの周りの空気は氷点下まで下がり、霊魔の吐く息は白く空気に溶けていく。

 シュリは目前に迫った霊魔をきつく睨み上げた。

 動けないシュリの白く細い首に、霊魔はゆっくりと尾を巻いていく。

 4重に巻かれた尾をジワリジワリと締め上げていけばシュリは苦しそうな吐息を漏らした。


 「くそっ!」

 「やめてっ!!」


 なおも湧き出る傀儡たちに、テオたちは身動きが取れない。


 「シュリッ──!」


 ギリッと噛んだ唇から血が滲み出て鉄の味が口腔内に広がる。怒りが脳まで浸透し沸騰しそうだ。

 アイバンはそれでも魔法を発現し続けた。アイバンの怒りが伝わるかのように、地表はさらに熱を帯びはじめる。

 首への力が少しずつ強くなる。ほんの一握りで簡単に折れてしまうような細い首には、血管が何本も浮き上がり、シュリの口から涎が伝い流れた。


 (う──ぅっ、呼吸が・・・・)


 その時、首を締め上げる力が急に緩んだのだ。

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