第20話 咎人

 「ALL Element!水精霊ウンディーネ!」


 シュリの手に水精霊ウンディーネの紋章が浮かび上がる。スカイブルーの光が細長く伸びてゆき、弓の形が形成されていった。

 そして弓を掬い上げるよう軽く挙げ、ゆっくりと右腕を引いていく。


 「セキ!」


 さらに鋭い鏃を持つ水の矢が形成されると、勢いそのままに弾き飛ばした。

 水精霊ウンディーネの濃縮された魔法力で作られた矢は、エリスの矢とは違い太く疾い。放ったと思った魔法は一瞬消えてしまったのではないかと思えた。


 「ウガァッ!」


 攻撃に身構えていた霊魔が声をあげる。予想以上に疾いシュリの攻撃は受け身を取る暇を与えず直撃したのだ。

 シュリは間髪入れずもう1度水の矢を形成した。


セキ!」


 またも疾い水の矢が霊魔に向かって放たれる。直撃を避けるべく空高くジャンプした霊魔にシュリは右手を掲げた。


 「サン!」


 タイミングに合わせ掲げた手をグッと握る。すると水の矢が3本に分裂し、平行に飛び出した水の矢は霊魔を追尾するように垂直に角度を変え、霊魔に直撃した。


 「ガァァァァァッ!!!」


 鋭い鏃は霊魔の体を貫通し、体勢を崩したまま地面に落ちていった。

 霊魔が痛みの元である矢を勢いよく引き抜くと、傷口から血が噴射する。

 さらに、動きを止めた霊魔の足場には火精霊サラマンダーの紋章が浮かび上がった。


 「火檻かおり!」


 紋章から5メートルを超える火柱が足元から突出すれば、その中に居た霊魔は身動きが取れぬまま燃え上がっていく。

 アイバンは火柱に向けて拳を作り力を込めた。

 火柱はさらに勢いを増し、炎を伴う旋風が空に舞い上がる。空間すべての水分を蒸発するのではないかと思わせる炎がその場を乱舞した。


 「ありゃ。」


 しかし、灼熱の旋風に巻き込まれないようにと移動したファルナに焦りの表情は見られなかった。高みの見物と言わんばかりに上から様子を眺めている。

 随分と長い間、火柱を発生させていたアイバンが短く息を吐き出すとゆっくり魔法が消えていった。

 地面には丸い焦げ跡がくっきりと残り、その中に炭のように焼け焦げた霊魔から靄のように煙がなびいて昇っていった。


 「す、すげー・・・。」


 同じ火のエレメントだから分かる。アイバンとテオの火の威力には雲泥の差があった。

 そして強力な魔法を使っているにも関わらず、シュリとアイバンは呼吸一つ乱れていない。


 (これが、生徒会プリンシパルメンバー!)


 「今度は木にでも括り付けておくか。」


 アイバンはもう1度縄を発現しようとした。


 「フヒ。まだまだ。」


 ファルナは再び指をパチンと鳴らした。すると額の刻印が鈍く光りはじめ、その光に呼応するように霊魔がゆっくりと立ち上がった。


 「マジかよ・・・!」


 霊魔の生命力にテオは唖然としてしまう。

 確実にダメージを与えている。実際、目の前にいる黒焦げになった霊魔の動きは鈍く、すぐに反撃する素振りは見られない。

 しかし何度も何度も立ち上がる霊魔の姿にそろそろ嫌気がさしてきた。


 「シュリ、あの咎人を先にやったほうが早くないか?」

 「そうね。でも霊魔が通させてくれるかしら。」


 2人はファルナの方に視線を向けた。視線に気づいたファルナはヒラヒラと手を振って嗤って見せた。


 「チッ!なめやがって!」

 「アイツが咎人なのか?」

 「うぉい、急に話しかけるなよ!」


 鼻息を荒くしたアイバンは、いつの間にか移動したセリカに話しかけられ、思わず飛び退いた。


 「嬢ちゃん、いつの間に──!?」

 「さっきからだ。あの髪の長い奴が咎人というものなのか?」

 「あぁ、そうだろうな。アイツの合図で霊魔の額の刻印が起動した。

 あの霊魔はアイツが負の感情で使役した精霊の成れの果ての姿だ。」

 「そうなのか。霊魔というのは、みんなあんなにタフなのか?」

 「使役する咎人の負の感情に左右されるわ。負の感情が色濃く深いものなら、それに比例して霊魔の力も強くなるそうよ。勿論、咎人の魔法力も上乗せされるわ。」

 「ふぅん。」

 「俺も1ついいッスか!?」


 テオが駆け寄りながら手を挙げる。


 「何よ。」

 「何で、セリカは敬語じゃなくてもいいんスか?!」

 「・・・何となくよ。」「・・・何となくだ。」

 「そこは合わせなくていいんスよ。じゃなくて!あのガキも霊魔の刻印を光らせてましたよ。手でパチンって。霊魔もビクンってなってたし。あのガキも咎人ってことッスか?」

 「それは本当か?」


 テオは力強く2、3度頷く。


 「1人の咎人に対して1つの霊魔を使役することが理とされているわ。でも、そんな常識云々と言ってはいられない程、訳わからないことが起きているけどね。」

 「報告しまくりだな。」


 アイバンは制服の袖をまくり再び霊魔へ視線を戻した。少しずつだが霊魔の動きが活発になってきたからだ。


 「う~~~ん、ちょっと分が悪いか。

 どうする、ゼロ?長引くといろいろ面倒じゃない?」


 相変わらずファルナの後ろにいるローブの男は微動だにしない。


 「ゼロ?起きてる?おーい、おーい!」

 「────。」

 「レイ・・・」

 「聞こえている。」


 ピシッと走る衝撃がファルナの顔の通り過ぎ、すぐ横にあった木に傷跡を付ける。数ミリずれていたらファルナの顔からは血が流れていただろう。


 「なら最初から反応しろよ。呼ばれたくない名前なんだろー?」


 ギロッとした鋭い眼光が注がれているにも関わらずファルナの声には揶揄いの含みが消えない。


 「とっとと捕まえて帰ろうぜ。俺たち限定クエストしなきゃなんだけど。」


 ゲームの話だろう。そんな俺たちに含まれるガロは未だにぐったりとしていた。その様子に、ローブの男が1歩足を踏み出した。


 「来るか!?」


 その姿に、生徒会プリンシパルの2人は臨戦態勢で身構える。

 ビリビリとした空気の中で、ローブの男は徐に左手を広げた。

 何をするのかと注視していれば耳に届く異変の音に気付く。

 森全体がざわめき、不気味な音をさせている。

 二人は風ではない音の正体を探ろうと、しきりに辺りを見回した。


 風にせせらぐ樹々たちはあんなに黒かったか、鬱蒼とした木立から覗く空はあんなに暗かったか。

 視覚的な違和感は広範囲へと広がり、さらに地面から伝わるフルフルとした小さな振動は自分が震えているのではないかと錯覚するほど明確な振動へと変化していった。


 数分も経たないうちに陽が落ち、森に夜が訪れたと思わせんばかりの暗闇が包み込む。しかし、瑞々しく濃い呼吸を放つ草木の匂いや、さりげなく聞こえる虫の羽音、目を凝らせば、どんどんとその輝きを強くする星空はそこにはない。

 気が付くとテオたちの周辺には殺伐とした殺気を放ちこちらを狙ういくつもの目が浮かび上がっていた。


 「なんだ?」

 「こ、これは──」


 テオとセリカには見覚えがあった。


 「傀・・・儡──?」

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