第19話 不穏

 2人は未だに炎の縄を引きちぎろうと暴れている霊魔を一瞥した。


 「報告通りだな。」

 「えぇ、間違いないわね。」


 (報告?)


 2人の会話に疑問を抱いたテオが口にしようとすると


 「連れて帰るか。」「応援を呼ぶわ。」


 と(多分)反対の意見が重なって聞こえる。

 一瞬、何を言ったのか理解できなかったテオは聞き返そうとした。


 「え、なんて・・・」

 「あんな巨体をどうやって連れて帰るのよ!応援を呼んだ方が安全よ!」

 「ここにいる全員で運べば何とかなるだろ!もう1回ここに来るなんて、面倒だ!」

 「あっちにはケガをしている生徒もいるの!まずは、全員の避難が優先でしょ!」

 「避難している間に、あの霊魔が逃げたらどうするんだよ!」


 アイバンとシュリは、お互いの額がくっつくほどの距離でいがみ合いを始めた。


 「え、えっとー・・・。」


 2人のあまりの気迫に口を挟めない。しかし、そんな空気はお構いなしとセリカが口を出した。


 「ここに誰か残って、ケガをしている人は退避したらいいのではないか?」


 「・・・・・」「・・・・・」

 「まぁ、それもそうね。」

 「た、確かにな。」


 どうやら、セリカの意見は採用されたようだ。


 「じゃあ、オレが残る。」「じゃあ、私が残る。」

 「・・・・・・。」


 見事に口を揃える2人の意見はなかなか一致しない。


 「シュリの方が、迷わず出口まで帰れるだろうが。俺が残る!」

 「アイバンこそ、体力が有り余っているでしょ。出口まで引率しなさいよ。」

 「そんなこと言って、ミトラにいいところ見せようと霊魔を調べるつもりだろ?」

 「なっ!!アイバンこそ、霊魔の縄をほどいて勝手なことをするつもりじゃないでしょうね?!」

 「何だとっ!!」

 「何よっ!!」


 2人の押し問答は終わる気配がない。


 「私が残るから2人はケガ人を連れて脱出してくれたらいい。」


 またしても、そんな空気などお構いなしとセリカが会話に入り込んだ。


 「ダメよ。」

 

 しかし今度はセリカの意見がピシャリと却下された。


 「実戦バトルクラスの退避は最優先事項よ。あなた達全員は、ここから出口へ向かってもらうわ。と、いうことで。アイバンよろしくね。」

 「だから、シュリが一緒に出口へ向かえって!」

 「アイバンでしょ!」

 「シュリだ!」


 状況は数分前へ逆戻りしたようで前に進む気配もない。

 その時だった。


 「俺たちが見ててやるから、全員脱出したらいいんじゃない?」


 その声は空から降ってきた。

 声のした方向へ上を向くと、そこには十数本のケヤキの木が群生しており、まるで誰が1番早く天へ近づけるか競争するかのように生き生きと枝を伸ばしていた。

 その枝に足をかけ、こちらを見下ろす影に目が止まる。


 「まぁ、脱出できればの話だがな。」


 そこには明るい色の髪を肩まで伸ばし、ヘラヘラと笑っている男がいる。 

 首にあるベルト式のチョーカーが印象的だ。


 「誰!?」

 「あっ!!アイツ!」


 テオはその男が、まるで荷物のように脇に抱えているボロボロの少年に気付いた。


 「ん、コイツ?人を探してこいって言ったのに全然帰ってこねーからさぁ。どこで道草食ってるのかと思ったら、くたばりかけてるんだもん。笑っちゃたよ!」


 あはははははは。とチョーカーの男は大きく笑った。


 (シュリ、気配に気づいたか・・・?)

 (いいえ、まったく・・・!)


 いがみ合いをしていたとはいえ気配を察知できなかった。しかも、2人してだ。

 その事実に二人の警戒心が増す。


 「おい、そいつを離せよ!早く手当をしないと!」

 「コイツ?大丈夫、大丈夫。死んでないから。」

 「そういう問題じゃないだろ!」

 「ったく、オマエもいつまで寝てんだよ。」


 脇に抱えた少年を乱暴に揺らしたと思ったら、突如現れた大量の水により少年の頭をたっぷりと濡らしてしまった。


 「えっ、何もないところから水が!?」

 「どういうことだ!?」

 「げぇっほ!げほっ・・・!!――ぁ・ぅ・・・」

 「ようやくお目覚めかぃ、ガロ。オマエ何してんの?」

 「フ・・・ファルナ・・・?」


 半ば強制的に起こされたガロはまだぼんやりとしている。

 視点の合わない目でゆっくりと辺りを見回した。


 「あ・・・オレ・・・」

 「試作品とはいえ、改良した霊魔を貸してやったのに何てザマだよ。使役権限も使いこなせてねーじゃん。 あ~ぁ、霊魔も傷だらけになっちゃって。」

 「う・・・うるせ・・・」

 「オマエ、人探しの内容を聞いてなかったろ?」

 「・・・・・。」

 「ゲームに夢中だったもんなぁ、お前!

 あ、あそこのマップのボスもう倒しちゃったよーん!」

 「はぁっ?!」

 「帰ってくるのが遅すぎだよ、ざまぁみろ!」

 「・・・くっ!」

 「そんなんじゃぁ、オマエの大好きなゼロにも呆れられるぜー?なぁ、ゼ・ロ?」


 ファルナはニヤッと笑い首を後ろにひねった。

 すると、後方にあるもう1本のケヤキの枝から全身黒色のローブを着込んだ人物がスッと姿を現した。

 その姿を視界に捉えた瞬間、ゾクッと身体が反応する。


 「ぐっ!?」

 「・・・!」


 4人は急に重い空気が上から覆いかぶさるような感覚に陥った。

 四方八方からとんでもない圧力をかけられているような息苦しさを感じたテオは、『立ち続ける』ということに意識を集中した。気を抜くと、簡単に地に突っ伏してしまいそうだったからだ。

 ビリビリとした空気に周りを見れば、セリカと生徒会プリンシパルメンバー2人は何とか立ってはいる。が、エリスは自分の体を両腕で抱きしめるようにしてペタンと座り込んでしまっていた。


 「く・・・何者だ、あのローブの男・・・!」


 目を逸らしたい。ただ、目を逸らした瞬間に殺される。そんな事があるはずがないのに、本能が危険だと警告を鳴らしている。

 首元にナイフを突き付けられている錯覚から動くことができない。それは純粋な恐怖という感情だった。

 隙を見せたらそのまま喉を切り裂かれてしまう。怖い、恐ろしい、痛い、怖い、痛い、恐ろしい・・・


 「テオ、アイツだ!初めて傀儡を相手にした時に感じた視線。アイツに間違いない!」


 セリカの声にハッとすれば、先ほど変わらない光景が広がっている。勿論、ローブの男は1ミリも動いた様子は無い。

 どうやら、あの男から発される空気に一瞬で体を支配されたようだ。

 

 (くっ!情けない・・・・!)


 テオは頭を2、3度振った。


 「大丈夫、それが至って普通の反応だ。

 まぁ、でもさすがだね、と言っておこうか。」


 相変わらずニヤニヤしたファルナの視線の先には生徒会プリンシパルの2人がいる。 

 空気に取り込まれかけた2人は、すぐに意識を戻したのだろう。ゆっくりと立ち上がりファルナたちを見据えた。

 しかし、2人の顔に余裕は感じられない。


 「シュリ・・・あいつらは・・・」

 「えぇ、報告にはない。でも・・・」

 「危険よ。」「危険だな。」


 珍しく2人の意見は一致し、魔法力を高めるため集中し始めた。


 「お、やる気だねー。じゃあコイツも参戦させなきゃな!ガロ、よく見とけよー。」


 ファルナが指をパチンと鳴らす。

 すると、霊魔を縛っていた縄が弾け飛ぶと同時に、霊魔の額にある刻印が鈍く光りはじめた。


 「オレの魔法を簡単に・・・!」

 「アイツが咎人ね!一体、何をするつもり!?」


 刻印の光が霊魔全身を駆け巡ると、セリカの攻撃による傷がみるみる回復していく。

 皮膚から盛り上がる筋肉と浮き上がる血管でより屈強さを増した霊魔は、拳をググッと握り漲る力を見せつけるかのように長い尻尾を勢いよく何度も撓らせた。


「爪までは再生できないか・・・。まぁいいや。強制させるだけが刻印の役目じゃないぜ、ガロ君♪」

「チッ!くそ・・・」


 ファルナはガロに向かってウィンクをして見せた。しかし、愛情表現であるはずのウィンクもここではただの嫌がらせにすぎない。


 「ちっ!仕切り直しかよっ!あのガキだけでも手一杯だったのに!」


 ファイティングポーズを取ったテオの独り言にアイバンが反応した。


 「あんなガキに実戦バトルクラスが余裕無くなしてどうする!?」

 「いやいや!あのガキ、魔法力がスゲーでかかったんスよ!

 んで、最初は風精霊シルフを使役してたのに途中から火精霊サラマンダーを使役して2つのエレメントを使ってたんスよ!?」

 「2つのElementですって!?それは本当!?」


 普段敬語を使わないテオの精一杯の言葉にシュリが違う意味で反応を示したのだ。


 「うぇっ!?は、はいっ!!」


 一瞬、言葉遣いを指摘されるのかと思ったテオは言い淀んでしまう。


 「シュリ!」

 「えぇ!あの子は必ず連れて帰るわ!」

 「おぉ!!まずは、あの霊魔をぶっ潰す!」


 2人の視線は霊魔へと注がれる。

 グゥゥゥと唸る霊魔は、目の奥を鋭く光らせた。

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