第18話 合流

 さっきまで頻繁に聞こえていた爆発音が消え、あたり一面に発生していた煙が少しずつ薄れてきたようだ。 

 その煙の影から現れた姿にエリスは安堵する。


 「テオ!!大丈夫!?」


 少年を横抱きにしたテオがゆっくりと歩いてきた。


 「あぁ、何とかな。確実に勝負をつけるために、結構消耗しちまった。」

 「この子は?」


 テオに運ばれた少年はグッタリとしている。


 「大丈夫、気絶しているだけだ。元々コイツも弱ってたし、火精霊サラマンダーを使おうとした時の動きが硬かったから何とかなった。でもコイツって確か風のエレメントだったよな?」

 「えぇ、戦いの途中で何かを口に入れたのがきっかけだって、あの子が言っていたけど。」

 「わけわかんねーな。とりあえず、コイツは先生たちに引き渡そう。」

 「そうね。」

 「あとは、あの霊魔だけか。」


 その霊魔は未だにセリカと対峙している。お互いの攻撃は決定打に欠け戦いは長期戦となっていた。

 さすがにセリカも疲弊しているのか、肩で息をしている様子が遠くから見る2人にも確認できた。

 爪と尾と牙を器用に使った霊魔の攻撃に、セリカは思わず膝をつく。


 「セリカッ!!」


 思わずテオは叫んでしまう。その声にいち早く反応したのは、何と霊魔だった。

 グリンと首を回しテオとエリスを視界に捉える。正確に言うと、テオの腕にいるグッタリとした少年にだ。

 セリカへの攻撃を止めた霊魔は、脇目も振らず2人のいる方へ飛び出していった。


 「──ま、待て!!」


 霊魔の急な行動に一瞬毒気を抜かれたセリカだったが急いでその背を追う。


 「えっ!こっちに来る!」

 「マジかよ!?エリス、下がってろ!!」


 とは言ったものの、少年を抱えているテオは両腕がふさがっている。急な展開に、頭と身体が追い付かない。

 少年を守るように背を向けたテオを、容赦なく霊魔の爪が襲った。


 「うわっ!」


 霊魔からの攻撃を避ける為、少年ともども横転してしまったテオの制服は切り裂かれ、さらに少年も投げ出されてしまった。


 「テオ!大丈夫!?」

 「あっぶねー!大丈夫、かすっただけだ。」

 「あっ!!」


 エリスの視線の先には、少年に馬乗りになった霊魔の姿があった。

 グゥゥゥと唸りながら少年を見下ろしている。


 「どーいうこと?!」

 「くそ、やらせるかよっ!!」


 今にも襲いかかりそうな霊魔に向かって、テオは捨て身の体当たりをした。思ったより柔らかい霊魔の身体は、しかし、びくともしない。逆にテオの方が跳ね返されて尻もちをついてしまった。

 霊魔はテオの体当たりなどまるでなかったかのように少年を、正確には少年の指を注視している。

 そして、ゆっくりと爪を立てようした。


 「やめろぉ!!」


 テオは思い切り手を伸ばした。

 その時だ。


 「氷像アイスイメージ


 パキッ、パキ、キィィィン──。


 詠唱が空から降り、同時に霊魔とその一帯が一瞬にして氷漬けにされてしまったのだ。


 「え──?」


 突然の出来事に、テオは目を疑う。そして、口から吸いこむ空気の冷たさに驚いた。

 埃っぽかった空気は冷気を含み、草木と風は動きを止め、辺りはまるで真冬のようにシンと静かになった。


 「危なかったわね。」


 重力を感じさせないような軽さで舞い降りたのは、ショートボブの女性だった。制服に被せているマントがヒラリと揺れる。


 「あっ!」


 その声を出したのはエリスだ。テオ同様、一瞬にして変わった景色に驚いていたが、それ以上に登場した女子生徒を見て思わず声が漏れる。


 「シュリさん!?」

 「なんだ、知り合いか?」


 背後に気配を感じると同時に声がする。霊魔を追ってきていたセリカだ。


 「えっと、確か生徒会プリンシパルのメンバーの人だよな。って、寒っ!!」


 質問を引き継いだのはテオだ。汚れた制服の土を払いながら腕をさすってみせる。


 「生徒会プリンシパル?」


 当然、セリカは聞いたことがないワードだ。


 「生徒会プリンシパルっていうのは、この学園の生徒で構成される自治組織よ。学園の組織運営の一端を担っているの。 

 本当に優秀な生徒の中から選ばれるメンバーは、学園の憧れの的でもあるのよ。入学式でご挨拶された会長は覚えているでしょ?」


 セリカは、金糸の髪をしたキレイな顔立ちを思い出す。


 「でも、何で生徒会プリンシパルのメンバー、シュリさんがここに?」

 「今回の課題の指揮監督でもあるジン先生から、実戦バトルクラスの人たちに伝言よ。今回の課題は中止。実戦バトルクラスの生徒は速やかに森から脱出しろってね。」

 「え?」

 「向こうにいた人たちは、あなたたちの仲間かしら。」

 「シリアたちのことですか!!?」

 「名前は知らないわ。帽子を被った小さな子と、ケガをしている男子生徒と女子生徒よ。」


 間違いなさそうだ。


 「アイツら、無事だったのか!?」

 「無事だったのですか。でしょ?」

 「あ、無事だったのですか?」


 あのテオが、シュリの気迫に圧されている。  

 勿論、生徒会プリンシパルのメンバーというだけで普通の生徒は委縮してしまうだろう。しかし、目の前のシュリはそれ以上に、相手に物言わせない雰囲気を纏っていた。

 小さなキリっとした顔立ちに、少しだけ吊り上がった眉毛がそう思わせるのかもしれない。軽く動きのあるショートカットから見える耳には、小さな花をモチーフとしたゴールドのピアスが光っている。 

 身体は細いが、バランスの良い筋肉が日頃の鍛錬を物語っていた。


 「彼女たちは無事よ。ケガをしている2人も応急処置はしておいたわ。意識も回復しているけど、もう少し休息が必要ね。」


 シリアたちの無事を聞けてテオたちはホッとする。


 「課題の中止理由は・・・言わなくても分かるわね。」


 シュリは霊魔に視線を向けた。その視線を辿ったテオはある事に気付いた。


 「あ!!アイツがいねぇ!!!」


 急な大声に思わずビクッとしてしまう。テオは驚きのあまり声の大きさが調整できなかったのだ。

 そこには、馬乗りになった状態のままで凍結されている霊魔だけがいる。霊魔の下に居たはずだった少年の姿が確認できない。


 「どこに行った!?動けるはずはないのに!」


 意識が戻ったとしても、あの様子では遠くまで行けるはずがない。そう思い、辺りを見渡しても少年の姿は確認できなかった。

 この時、シュリとセリカは少年を探すことを早々に諦める。氷が弾ける小さな音に気づいたからだ。


 「タフね。」

 「しつこいな。」


 テオとエリスが霊魔に視線を戻した時、シュリの魔法は小さくひび割れ、氷の欠片となって細やかに落ちていくところだった。

 剥がれ落ちる氷の面積が少しずつ増え、霊魔の肌の色がどんどんと色濃く見えてくる。


 「ガァァァッ!!!」


 霊魔は内側から一気に力をこめ、自分の動きを止めていた氷を粉々に砕いてしまった。


 「ウソでしょ?あれだけの攻撃と魔法を受けて、まだ動けるの?」


 霊魔の吐き出す息の白さに、まだまだ漲る生命力を感じたエリスは思わず後ずさりをしてしまう。


 「離れて。」

 「?」


 今にも霊魔に向かって飛び出しそうなセリカを片手で制したのはシュリだった。


 「太陽輪サンリング


 詠唱が響いた後、霊魔の胴体に巨大な縄が現れる。それは炎を宿し高速回転をしながら輪の大きさを少しずつ小さくしていった。

 接着した炎の縄で胴と腕を拘束された霊魔は、縄を引きちぎろうと腕に力をこめ上半身を何度も大きくひねった。 

しかし、もがけばもがくほど縄が体に食い込んでしまい身動きがとれなくなってしまった。


 「詰めがあめぇーよ、シュリ。」


 シュリの登場とは違い、存在感を隠そうともせずドンッと地上に降り立ったのは大柄の男子生徒だった。


 「遅かったわね、アイバン。」

 「あぁん?手分けした方が早いって言ったのはシュリだろう!」

 「で?」

 「ふん。向こうにいた2人には退避指示を伝えたぞ。残り6だ。」

 「じゃぁ、これで全員ね。」

 「3人しかいねーぞ。」

 「あっちに3人いるわ。」


 フンと鼻息を荒くしたアイバンはセリカたちを無遠慮に見つめた。


 身長がテオよりも高く、体格もガッシリとしている。黒色の短髪からのぞく額には傷跡があり、近寄りがたいイメージがあるのは一重の鋭い目つきのせいだろう。大きな体を包む制服に被せてある、シュリと同じマントが小さく見える。

 マントを着用していることで、セリカはすぐに気付いたようだ。


 「彼も?」

 「ええ。そうよ。えっと、アイバンさん、ですよね?」


 更なる生徒会プリンシパルメンバーの登場に、エリスはおずおずと話しかけた。


 「おぉ!生徒会プリンシパルメンバーのアイバンだ!」


 しかし、マントを自慢するように力強く翻したアイバンは、子供のような笑顔を見せた。


 「第一印象で損をするタイプだな。」


 セリカがボソッと呟くと、テオがうんうん、と頷いた。

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