第17話 反撃

 「待って!あの霊魔には、私たちの水精霊ウンディーネは効かないわ!」


 エリスはセリカの背に向かって叫んだ。

 自分の攻撃が悉く躱されたことをセリカも間近で見ていたはずだ。何も策がないまま立ち向かうなんて無謀すぎる。


 「あぁ、分かっている。」


 そう言うと、セリカは体勢を低くしながら腰と左腕をひねるように引いた。そして、何かを握るように作った右手を前方から回してくる。


 (あれは、抜刀の構え?)


 セリカの体勢はまるで剣を引き抜く剣士のようだ。さらに腰を低くしながらゆっくりと右手を引いていく。

 右手から引かれたその先には、スカイブルーの色をした光の集合体がパキパキッと音を立てながら細長い形に姿を変えていった。

 セリカは一気にそれを引き抜いた。キィィンという音とともに出現したのは、水色に輝くつるぎだった。


 「氷の剣?」


 セリカが手にしたのは、切っ先が鋭く緩やかなカーブをした刀身だった。光を反射しながら輝きを放ち、氷煙を纏っている。


 「氷!!水精霊ウンディーネの上級属性変化!!?」


 (え?!魔術具も使わず何もない場所から剣を?!というか、言霊も詠唱も無し!!?

 詠唱無しの属性変化なんて聞いたことがない!!)


 セリカは霊魔に向かって駆け出していき、霊魔との距離を一気に詰め剣を振りかざした。


 「ハアァッッ!!!」


 大きく振り下ろした剣を霊魔は軽々と避けてしまう。セリカは振り下ろした剣先を水平に持ち替え、そのまま右に薙ぎ払った。


 「ぐぁぁぁぁっ──!」


 霊魔の腹部に数十センチの切り傷が広がり、そこから溢れ出た鮮血は刀身を色鮮やかに染める。

 さらに剣を両手に持ち直し、思い切り突き出した。


 「ハァァッ!!」


 セリカの渾身の突きは、黒く硬い爪で受け止められる。突き出した剣に体重を乗せ、さらに力を込めると切っ先からは冷気が流れ、それを受け止める爪はどんどんと凍っていった。

 爪の異変に一瞬怯んだ隙をセリカは見逃さない。

 そのまま思い切り斜めに薙ぎ払えば、氷と一緒に粉砕された爪が空を舞う。


 「もう片方!!!」


 強い衝撃に思わず距離を取った霊魔は、もう片方の爪を狙うセリカの突きを回避し、撓る尾をセリカに打ちつけた。


 (早い!あんな巨大な身体なのに──!)


 ムチのように撓る尾を剣で受け止めれば、尻尾をぶん回した霊魔によってその身を吹き飛ばされてしまう。

 空中で体勢を整え地面に剣を差すと、スピードを意図的に緩めることに成功した。

 空中で動きが取れなくなったセリカを見て、今度は霊魔がもう片方の大きな爪をふりかざしながら迫っていく。

 寸前で剣を抜いたセリカは、凶暴な爪を両手で握る剣で受け止めた。


 「くっ──!!」


 お互いの拮抗した力は、遠目から見るエリスにも伝わってくる。しかし、上から押さえられているセリカの足元には、後退していく靴跡がゆっくりと伸びていった。


 (無理よ、テオでも力では敵わなかった!)


 そして、テオに攻撃した時と同じように尻尾を打ち付けようとした瞬間、セリカは口元だけ笑って見せた。

 氷の剣を瞬時に水へと融解すると、素早く上空へ跳びだす。

 バシャンと溶けた水に反射で目を瞑れば、ぶつかり合っていた力が途端に消え、霊魔はガクンと前のめりに体勢を崩した。


 「はぁっ!!!」


 霊魔の背の上に移動したセリカは、瞬く間に氷の剣を生成し、そして後ろから一気に霊魔を貫いた。


 「ガァァァッッ!!!」


 胸と腹の間を貫かれた霊魔は苦痛の悲鳴をあげ、切っ先からは滴り落ちる血が光る。

 セリカは霊魔に剣を突き刺したまま静かに着地した。


 「私に同じ手は通じないぞ。」

 「グゥゥウウ──。ウガァッ!!!」


 背に突き刺さった剣を無理やり引き抜けば、周辺に血が飛び散った。霊魔の呼吸は浅く早く繰り返されている。


 (す、すごい──。上級属性変化だけでもすごいのに、水精霊ウンディーネの魔法力を圧縮した氷の剣をいとも簡単に生成できるなんて!

 しかも、そんな剣を具現化し続けている。なんなの、あの子!!?)


 初めて見るセリカの戦闘に、驚きを隠せないエリスは意識を持っていかれていた。


 「チッ!!やっぱりあの女が厄介か。──ん?」


 霊魔の劣勢に苛立ちを隠せない少年は、戦いに気を取られているエリスに目をつけたのだ。


 (人質か盾ぐらいにはなるか。)


 右手の拳をギュッと握った少年は、フッと力を抜きエリスに向かって手のひらを向けた。

 が、魔法を使おうと集中したとき、こめかみを絞られているような頭痛が少年を襲ったのだ。


 「うっ──!」


 カメラのフラッシュのような強い光が連続して視野に広がり、目を開けていられない。反射的に目を抑えてみるが、頭が痛むのか、眼球が痛むのかさえ分からない。

 それでも少年は、光に侵された視界の先に見据えたエリスに向かって魔法を発現しようとする。


「──ALL Element 火精霊サラマンダー──」


 歪な紋章がゆっくりと現れると同時に、少年を襲う痛みも強くなっていく。その痛みが取れるはずがないと分かっていても、疼く部分を握りしめるかのように強く手で押さえた。

 瞬間に感知した気配に再び怒りの感情が芽生える。その苛立ちをぶつけるように、力を込めた手のひらから魔法を発現した。


「死ねやぁっ──!」


 痛みのせいで集中に欠けた攻撃は、一発の火の玉となってエリスに向かっていく。

 霊魔とセリカに集中していたエリスが火の熱を感じた瞬間と、その魔法が弾き飛ばされたのはほぼ同時だった。


 「え──?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかったエリスは、目の前に立ちはだかった人物を見てハッとする。


 「テオ!!」

 「よーエリス。危なかったなぁ。」

 「いつの間に!?傷は大丈夫なの!!?」

 「痛みで気を失っていたみたいだ。万全ではないけどそんなこと言ってられないしな。なにより、守ってばっかりはちょっとかっこ悪すぎるぜ!」

 「そんな、守ってもらったのは私の方よ。」


 向こうを見れば、霊魔とセリカが激しい攻防を繰り返している。


 「相変わらず、すごいなアイツは。」


 テオの視線を追ったエリスは素直に同意した。


 「えぇ。彼女はいったい何者なの?言霊も詠唱も無いのに魔法が使えている。それに、あの実力は既に魔術師ウィザードレベルよ。」

 「分からね。本人も話そうとしないしな。でも、悪い奴じゃない。」


 エリスは、霊魔に立ち向かう前にセリカが発した言葉を思い出した──。


 『私は課題を合格するなら、みんなとがいい。』


 付き合いは短いが、初めて彼女の感情に触れた気がする。


 「セリカが踏ん張ってるんだ。こっちも踏ん張らないとな!!」


 テオは少年を見据えた。


 「テオ、気を付けて。あの子、気配が異常よ。」

 「あぁ。」


 頭を押さえた少年は、テオの視線を真正面から受け止めた。


 「よぉ。随分と具合が悪そうじゃねーか?大丈夫か?」

 「ムカツク気配がしたと思ったらやっぱりお前か。死にぞこないがっ!!」

 「お前、風のエレメントだったよな。何で火精霊サラマンダーを使役してるんだよ?」

 「ハッ!話すと思うかバーカッ!」

 「だよなぁ・・・。」


 テオはフゥーと息を吐きだした。


 「ALL Element 火精霊サラマンダー


 グローブに火精霊サラマンダーの紋章が浮かび上がり、右の手のひらに意識を集中させ、力を籠める。

 朱色の光が手のひらに集まり大きな塊となって現れた――。


 「猛火球もうかきゅうっ!!」


 テオはサッカーボールほどの大きさになった火の球をフワっと浮かせる。ゆっくりと落ちていく火の球の動きを見極め、軽く跳ねると少年に向かって勢いよく蹴り飛ばした。

 少年も手のひらに火精霊サラマンダーの紋章を発現させ応戦しようとした。しかし、火精霊サラマンダーを使役しようとすると、やはり視界に光のフラッシュが現れ激しい痛みを伴わせる。


 「グッ──!」


 疼く痛みを怒りに変え、凄まじいスピードで向かってくる火の玉に自分の魔法をぶつける。

 魔法の威力は、圧倒的にテオが優勢だ。

 ぶつかりあった魔法は両者の間(威力が競り負けている分、少年の近く)で、激しく爆発し、飛散した火の粉と煙が視界を悪くさせた。


 「ゴホッ!ゴッホッ!!クッソッ!!何も見えねー!!」


 まとわりつく煙を振り払いながら感覚を研ぎ澄ます。すると、熱が音を伴いながら迫ってくるのが分かった。しかし、視界が悪いため距離が測れない。

 少年は勘で魔法の軌道から遠ざかった。予想は当たり、火の玉が前方を通り過ぎて爆発する音がする。さらに煙が充満していく中で、新たな熱と音が迫ってくる。

 少年は耳と勘を頼りに次々と避けていった。繰り返される爆発の音で耳なりがしてきたが、熱の気配を辿れば直撃することはない。


 「ゲッホッ!!アイツ何発打つんだよ!でも、威力はすごくても当たらなければ意味がねーよ!」


 要領を得た少年は、次々と迫る魔法を躱していった。


 (このまま魔法力が枯渇してしまえっ!)


 更に迫る魔法を軽々と避け、ニヤリと笑った時だった。


 「グッゥ──!!!」


 熱ではない塊が少年のみぞおちに入る。テオの拳だ。


「なっ──!」


 急に現れたテオに驚きを隠せない少年は、咄嗟に自分のみぞおちにある腕を押し返そうとした。しかし、全く力が入らない。自然と出てくる涙で視界は滲んでいる。


 「目と耳がイカれてるだろ。魔法を囮にして、オレの正確な位置も気配も分からないようにしたからな。」


 テオは、煙に紛れ少しずつ少年の間合いに入り、隙を狙っていたのだ。


 「く・・・くっそ──」

 「火精霊サラマンダーはこう使うんだよ。」


 フッと力が抜けた少年は、そのままテオの方へ倒れこんだ。

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