第16話 立ち上がる闘志

 「無事だったか!ロイと菲耶フェイは?」


 「シリアに任せたわ。大丈夫、3人とも無事よ。それより、そいつよ!ロイを襲った霊魔は!」


 「えっ!?」


 エリスの魔法が的中したにも関わらず、霊魔はダメージを負っているように見えない。長い尻尾をブンブンと振り回しグゥゥゥと唸った。


 「なんだよ、コイツ。」


 初めて霊魔と対峙したテオは、その姿に驚きを隠せない。エリスから聞いた通りの外見に、感じたことのない禍々しい気配。襲われる瞬間に感じた恐怖が蘇る。


 「おい、バケモンッ!そいつら全員ブチ殺せっ!!」


 セリカが霊魔に気を取られている瞬間に、少年は手に握った赤色のアイテムを口に放り込んだ。氷をかみ砕くように、ガリッガリッと音を響かせ勢いよく飲み込む。


 「なっ──!」


 不可解な行動に呆気に取られた瞬間、少年を取り巻く雰囲気が変化していった。


 「ははっ!!いいぞっ!来い来い来い来いっ!!力が湧いてくるっ!!」

 「お前、何をした!?」


 少年はゆっくりと立ち上がった。身体の内側から湧き上がる凶暴な力が脳まで浸透するようだ。

 テオの声に反応した少年はグルリと首を回した。


 「残念だったな。もうお前らはダメだよ。バッドエンドだ。ここで全員殺してやるよ!!

おい、バケモン!お前も手伝えっ!」


 しかし霊魔が動く様子はない。

 その様子にチッと舌打ちをした少年は、指をパチンと鳴らした。

 すると霊魔の額の刻印が鈍く光り、小さな衝撃が霊魔の体を襲ったのだ。ビクンと身体を揺らした霊魔は少年を睨み返した。

 その様子に少年は自分の指に魔法を発現させる。正しくは、指に嵌まっている指輪にだ。


「あのオンナ、コロスゾ。」


 霊魔はピクンと尻尾を揺らす。そして1番近くにいたテオに勢いよく襲い掛かった。


 「くっ! ALL Element!火精霊サラマンダーッ!!」


 テオのグローブに火精霊サラマンダーの紋章が浮かび上がる。そして、襲いかかってきた霊魔の大きな爪を拳で受け止めた。

 しかし、その巨体から振り下ろされた爪は思った以上に重い。


 「ぐぅっぐぐぐっ──!」

 「テオ!!ALL Element 水精霊ウンディーネ!」

 「させるかぁっ!!大気切断スライスッ!」


 魔法を阻止しようと、少年は風の斬撃をエリスに向かって放った。


 「エリス、よけろ!」


 少年の魔法に気付いたエリスは間一髪で斬撃を避ける。

 樹にぶつかった斬撃はその形を崩し突風を引き起こす。

 突風に気を取られたテオは、霊魔のしなやかに動く尻尾に気付かなかった。

 ムチのように弾かれた尻尾がテオの身体に直撃したのだ。


「ガハッ──!」


 目の奥にチカチカッと光が走る。痺れる痛みが胸部に広がり、テオはそのまま茂みに倒れこんだ。


 「テオォォッ!!」


 目の前で起こる惨劇に数時間前に見た光景が重なる。

 視界がぼやけ鼻の奥がツンとした。情けない。でも溢れる涙を抑えることができない。

 みんなやられてしまう。ロイも菲耶もテオも――。友達がみんな倒れてしまう!

 許せない!許せないっ──!!


 「くっ!!許せないっ!ALL Element! 水精霊ウンディーネッ!!」

 「エリス、落ち着け!」


 エリスの両手に、水精霊ウンディーネの紋章が浮かび上がる――。

 咄嗟に止めたセリカの声は興奮したエリスに届かなかった。


 「水琴射ウォーターアローッ!!」


 何発もの水の矢が霊魔に向かって飛び出していく。しかし、霊魔は器用に尻尾をしならせ水の矢を次々と弾き落とし、そのまま後方へ移動した。


 「青壁のウォーターウォールッ!!」


 移動した場所に目星を付けていたエリスは、霊魔の足元に紋章を発現させた。

 紋章から垂直に水の柱が出現し、霊魔に大きな水圧がかかる。

 怒りで我を忘れたエリスは、無我夢中で魔法を発現し続けた。


 「エリス止めろ!!」


 やっとセリカの声が届いたとき、エリスはその場に座り込んでしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・。そ、そんな──」


 水の柱が消えた先には、傷一つ受けていない霊魔が立っていた。

 身体の力が抜けたエリスの元にセリカは急いで駆け寄った。


 「無茶な戦い方をするな。体力を消耗するだけだぞ。」

 「大事な友達を傷つけられて、黙っていられるわけないでしょっ!」

 「────!」


 エリスは涙を拭うことをせずセリカを睨み返した。


 「あなたは、友達が傷つけられて悔しくないのっ!??」


 顔が紅潮し流れる涙は頬を伝い落ちていく。エリスは曇ったメガネの影で目を伏せ、ぐずりと鼻をすすった。


「怖いだろう?憎いだろう?圧倒的な力の前に、手も足も出ないのはどんな気持ちだ?」


 声を辿れば、愉快に笑う少年と目が合った。


 「知らないだろう?日常なんて簡単にぶっ壊れてしまうことを。知らないだろう?痛みより恐怖が勝る瞬間を!」 

 「──何を言っている。」

 「当たり前にあった明日が急に消えるんだ。消えたらそこに何が残ると思う?殺らなきゃ殺られる世界さ。生きていくことの方が辛い世界に放りこまれるんだ!」

 「・・・。」

 「手を伸ばせば何でも手に入る環境で育ったオマエたちには想像もつかないだろう。

 オマエたちは腐敗して泥状になった食べ物を喰ったことがあるか。オマエたちは今さっきまで生きていた動物の血をすすったことがあるか。飢えで気が狂いそうになれば盗みでも殺しでも躊躇なく繰り返す世界を想像したことがあるか?」


 少年は笑っている。その異常な笑みはエリスの背筋を凍らせた。


 「何度も踏みつけられたから、何度も殺されそうになったから。今度はオレが踏みつけ殺すんだ!その為の力を貰った。もうオレは隅っこで怯え泣くだけの子供じゃないっ──!」


 少年の気迫は二人にビリビリと伝わってくる。


 「オレをかわいそうと言ったな?ハハハハッ!

 かわいそうっていうのはな、1度でも愛を貰った奴が言われる言葉だっ!可愛がられた記憶なんてないっ!だからオレは、一生かわいそうではないっ!!」


 少年はゆっくりと両手を構えた。


 「生まれた時に「生きていい」と言われ育ってきたおまえたちとは違うんだよ。」

 「お前、貧困街出身か?」

 「そんなことはどーでもいい。本当はこの学園で人を探してこいと言われたけど。それもどーでもよくなっちまった。」


 そして少年は深く息を吐きだした。


 「All Element 火精霊サラマンダーッ!」


 少年の手のひらに火精霊サラマンダーを呼び出す紋章がゆっくりと描かれていく。


 「火精霊サラマンダー!!?アイツは風のエレメントのはずでしょ!??」


 少年が呼び出す紋章は朱色の光を放ちセリカたちの前に現れる。それは紛れもない火精霊サラマンダーの紋章だ。


 「くくっ!これが火精霊サラマンダー。やっぱり風精霊シルフとは全然違うな!」


 メガネを掛けなおしたエリスは、目の前で起こる信じがたい現象に息を飲む。と、同時に少年の呼び出した紋章の異変に気付いた。


 「あの紋章・・・歪んでる?紋様もビリビリしていて、何だか安定していないみたい。」

 「テオも言っていたな。少年は何かを口に入れ食べていた。それがトリガーになったのは間違いないだろう。

 エリス、2つの精霊を使役することは不可能なのか?」

 「不可能もなにも。自分のエレメントとは違う精霊を使役なんてしたら、2つの属性が反発し合って魔法力の器が壊れちゃうわよ。」

 「そうなのか。」


 その時2人に向かって、炎のボールが射出される。ゴォォォッと音を立てたボールに気付いたエリスは咄嗟に防御魔法を繰り出した。


 「水簾すいれんっ!」


 エリスとセリカの前に数メートルの水が地面から突出する。そして、迫りくるボールから2人を守る盾のように立ちはだかった。

 しかし、炎のボールはコントロールを失ったかのように軌道を外し空高く飛んで行ってしまった。


 「ちっ!!やっぱりまだ馴染んでねーなぁ。魔法のコントロールが全然できねー。もう少し時間がかかるか。」


 少年は飛んで行った炎のボールを追うように空を見上げた。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・。」


 先ほどから魔法を連発した影響で、エリスの体力と魔法力は枯渇寸前の状態だった。せめて倒れこまないようにと、膝と手をついて身体を支えている。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・もう、魔法力の器に魔法力が──はぁ、はぁ・・・」

 「チッ、おいバケモン!お前、とっととその2人を殺しちまえっ!1人はもう虫の息だっ!」


 自分の手を握ったり開いたりしながら少年は霊魔に命令をした。ビクンと尻尾を揺らした霊魔は首を動かし、セリカとエリスを視界に収める。

 その様子にエリスはビクッと身体を揺らし、唇を噛んだ。


 「私たちが倒れたら、あっちにいるシリアたちが危ないのに!テオだって早く回復しないと!」


 その時フッと鼻息が漏れる音がした。そのかすかな音にエリスが振り向くと、そこには感嘆のため息をもらすセリカがいた。


 「すごいな、エリスは。」

 「え?」

 「自分が倒れそうなのに、人の心配ばかりしている。」

 「当たり前じゃない!友達がケガをして動けないのよ?!」

 「あぁ、そうだな。そんな優しいエリスだから精霊も力を貸してくれるんだろうな。」

 「何を言って──」

 「シリアはこの学園のことを教えてくれた。テオは不器用な気遣いを見せてくれた。」

「・・・。」

 「菲耶フェイは攻撃から身を挺してかばってくれた。エリスはそんなみんなを守ろうとしている。まだ話したことは無いが、私はロイとも話してみたい。

 エリス。私は友達が傷つけられたからといって、無茶なことはしない。友達が倒れたからと言って回復魔法をかけてやれない。例えみんなが動けなくても、ラピス鉱石を見つけにいこうとも思ってる。」

 「だから、今はそんな状況じゃあ──!」

 「だからね、エリス。私は課題を合格するなら、みんなとがいい。」


 セリカを纏う空気が急激に変わっていく。


 「なっ──!」

 「エリスはここで休んでいろ。」


 そう言うとセリカはスクッと立ち、霊魔と正面から向き合った。

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