第15話 戦いの狼煙

 「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっっっーーー!!!!!」


 少年は手のひらに納まる小さな紋章を右手に発現させ、風の斬撃を繰り返し放った。

 しかし、相手も水の斬撃を飛ばすことで魔法同士がぶつかり合いキィィンという耳障りな音と共にその場で消滅する。

 消滅する魔法は両者の間で何度も弾け飛んだ。

 飛散した水に気を取られれば複数の方向からさらに水の斬撃が襲ってくる。ギリギリで躱すと今度は容赦なく拳が飛んできた。

 体躯の差があるとはいえ、遠慮のない攻撃は少年の体力をみるみると削っていった。


 (埒が明かない!!)


 少年は両手に思い切り力を込め斬撃を放ち、相手を数十メートル後方へ追いやることに成功する。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・はぁ、クソがっ!!」


 呼吸が苦しい。口が乾き唾を飲み込むと、鉄臭い味が喉に広がる。それでも口から漏れる感情を止めることができない。

 少年は額から流れる汗をローブの袖で荒々しく拭った。

 怒りの感情に任せた魔法のせいで魔法力を大量に消費してしまった。器にはもうほんの少しの量しか残っていないだろう。

 それでも自分が発現した魔法の威力に満足感を覚える。


 (オレがあんな大きな魔法を使えるなんて!)


 自分の魔法が全てを壊し飲み込む様はとても壮観で絶景だった。

 虫けら共が逃げる様子を見下ろせば、自分が精霊神にでもなったかのような錯覚を起こし足元からゾクゾクと高揚するのが分かった。

 しかし刻風サイクロンで殺せそうだった男は急に現れた水の膜が包み込んでしまった。

 腹が立ち水の膜ごと刻んでやろうとさらに魔法を強くしたのが裏目に出てしまった。

 結局、水の膜は壊れなかったし疲労だけが残ってしまった。


 「はぁ、はぁ、はぁ──クソっ!!クソッ!!もう少しだったのに!!もう少しで3体連れて帰れるはずだったのにっ!!」


 水の膜が発生した時、一瞬かすめたのは赤色の何か。森に咲いていた花でも巻き込んだかと気にも留めていなかったが


 「お前だったのかぁっ!!!!!」


 少年は猛スピードで自分に迫る女の頭に付いた赤いリボンを視界に捉えた。先ほど取った間合いは既に無い。

 咄嗟に向かってくるセリカに対し手のひらをかざしたが、魔法を発現する前にセリカは足を後ろに反らし、少年の横腹を思い切り蹴り上げた。


「うぐっっぅ!!!!」


 受け身の体勢が取れなかった少年は抗えないスピードで数メートル吹き飛ばされる。ミシミシッとした音と強烈な痛みが腹部を襲い地面に叩きつけられた。

 少年はせり上がってくる反応を止めることができずその場で胃液を吐しゃした。自然と涙が流れ落ち地面を濡らしたが、それが涙なのか胃液なのか区別はつかない。

 日頃から邪魔な髪の毛は無造作に流れ、さらに地面のゴツゴツとした不快な感触が頬に伝わった。


 「ゲホッ!ゲェホっ!!ック、クッソォ・・・」

 「諦めろ。」


 目の前にダークブラウンの靴が現れたと思ったら頭上から声が降ってきた。力が入らず首をもたげることもできない。


 (この女、何者だ!?パワーもスピード魔法力もけた違いだ!すでに、上級魔術師ハイウィザードのレベルじゃねーか!

 何でこんな奴が学園の生徒をやってるんだよっ!)


 認めるのは癪だが対峙している相手のレベルが分からないほど落ちぶれてもいない。

 言霊すら口に出していない相手に圧倒されているのはひどく屈辱的だった。

 ゴリッとした痛みが腰に伝わってくる。ここに来る際にローブのポケットに入れておいた物が服越しに当たっているようだ。


(これを使うか。でも──)


 もしもの時に、と受け取ったアイテムは安全性が立証されていないアイテムだ。体が万全ではない今、自分の体がどんな状態になるか見当もつかない


 (クッソーッ!あのバケモノどこに行きやがったっ!今度会ったらブチ殺してやるっ──!)


 自分の後を渋々と付いてきていた筈のバケモノはいつの間にか姿を消していた。さらさら探す気もなかったので放置していたが、いざという時すら役に立たない存在に苛立ちを隠せなかった。


 (そもそもオレはいらないと言ったんだ!なのに、試作品の成果を試したいってゼロが言うから。

 全然言う事を聞かねーし、役にも立ちやしない!!あのバケモノ、とんだ駄作じゃねーかっ!!クソッ!クソッッ!!クソッ・・・)


 「クソ・・・クソッ・・・」


 無意識に口癖が漏れていく。口が口癖の形を覚え、勝手に動いているようだ。

 思考はクリアなのに体が重くて持ち上げることができない。

 少年は相手の顔が見えるように顔の角度を変える。既に視界がぼやけていた。


 (せっかく貰ったのに。チカラを貰ったのに。生き抜くチカラを貰ったのに!)


 ダランと力が抜けた少年を前にセリカは躊躇なく魔法を右手に発現させる。右手を包むスカイブルーの光はどんどん研ぎ澄まされ、鋭利な短刀へと形を変えていった。

 セリカが少年の首を見据え、右手を大きく振りかぶった時だった。2人の頭上に魔法が発現されたのだ。

 バスケットボールぐらいの大きさをした炎の魔法がセリカを目掛けて降り落ちてくる。

 魔法に気付いたセリカは後方へ飛び避け、地面にはボール状の焦げ跡が地面を彩った。

 セリカは魔法を放ったであろう人物がいる方へ首を傾けた。


 「どういうつもりだ、テオ。」

 「それはこっちのセリフだ!そのガキはもう動けないだろう!」


 テオの魔法による砂煙が立っている影で少年の指がピクンと動く。


 「動けないから好都合だ。手元が狂わない。」

 「いい加減にしろよ!そんな簡単に命を奪っていいわけないだろっ!」

 「この少年は菲耶フェイを傷つけたんだ。傷つける側には、傷つけられる覚悟も必要だ。」

 「それも、そうだけど。でも、かわいそうだろ!もうボロボロだし!」


 否応なく聞こえる会話に憎しみの感情が湧き上がるのを感じる。同時にある気配を感じた少年は口角を上げた。


 「拘束して学園に引き渡すべきだ!」


 (そうだよな──)


 「この少年は危険だ。今すぐに排除すべきだ。」


 (覚悟が、必要だよな・・・!)


 少年の今後について2人は一歩も引こうとはしない。

 その聞こえた会話を自分都合で解釈し、少年はローブのポケットにあるアイテムを握りしめる。

 口角をあげた口から空気が漏れ、それは笑い声となりテオとセリカの耳にも届いた。


 「なんだ?笑ってる?」

 「まだ意識があったか!」


 セリカは再び魔法を発現し少年の元へ駆け寄ろうとした。

 ここで初めて感知する。少年の不気味な笑いに気を取られ反応が遅れたのだ。

勢いよくテオの方へ振り返る。


 「テオッ!後ろっ!」

 「殺せーーーっ!バケモンっ!!!!」


 セリカが振り返った時には見たことのない生き物が鋭い爪を振りかざしながらテオに襲い掛かるところだった。

 完全に背後を取られたテオは咄嗟に腕をクロスにし防御の体勢を取る。

 セリカは生き物に向かって魔法を飛ばそうとした。


 (くそ、間に合わないっ!)


 「水琴射ウォーターアローッ!!」


 水の矢がテオに襲い掛かる生き物に連射される。

 数発の矢が的中した生き物は、低い唸り声を上げたじろいだ。

 その隙に距離を取ったテオは自分を救ってくれた魔法を辿った。


 「エリスッ!!?」


 そこには的を狙うように姿勢を低くしたエリスの姿があった。

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