第23話 代償

 「うっひょー!あいつら、雷精霊トールを使役しやがった!とんでもねーな!!」

 「すげぇ・・・・」

 「さすが、生徒会プリンシパルといったところか。まぁ、それなりの代償はあるだろうけどな。」


 ファルナたちがいる木にも霧雨が降りかかり、ゆっくりと木の肌を濡らしていた。視界は霧に包まれ、数メートル先さえも霞んで見える。

 ファルナが推測する通りアイバンとシュリは、せめて倒れないようにと満身創痍の体を精神力だけで必死に支えていた。


 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」


 連続で全力疾走を何本も走った後みたいに、呼吸がしづらく心臓がドクンドクンと脈打っている。さらに、至近距離の落雷の影響で目と耳はしばらく使い物にならないだろう。

 キーンとした音が脳に響き目を瞑れば、白い影が残像として瞬いている。

 自身を支えている手の平と膝には、小石がいくつも食い込んでいた。


 「水精霊ウンディーネ火精霊サラマンダーを使役した上で、雷精霊トールを呼び出したんだ。しばらくアレは動けねーよ。

 霊魔もやられちまったなぁ。まぁ、試作品としては上出来か――。今後の改良に期待ってとこだな、ゼロ!」


 最後はゼロに語り掛けるように首を回す。相変わらずフードの中は暗くて表情は見えない。


 「雷精霊トールって、使役できるのか?オレ初めて見た。」

 「人間のエレメントに雷は存在しねーよ。でも雷精霊トールは存在するから使役することは可能っちゃー可能だ。」


 眉間に皺を寄せたガロが上目でファルナを見る。


 「んー。難しいことは省くけど、今回はお互いのエレメントで新しいエレメントを作り出したってところだな。」

 「そんなことができるのか?」

 「基本はできねーな。雷精霊トールを生み出す環境が整ってないと無理だ。

 今さっきのは、同じ質量、同じ力量、同じタイミング、どれ1つ寸分の狂いもない魔法を発現し、ぶつけることで雷精霊トールを呼び出せた奇跡に近い使役だ。どっちかが多くても、少なくても成り立たない。

 エレメントについての知識と、訓練量は勿論必要だし、お互いの事を相当理解して信用していないとできない芸当だ。 大したもんだよ、あの2人は。」

 「ふーん。ファルナ、詳しいな。」

 「俺ってば天才だからネッ!!」


 両手で作ったピースサインを顔の前に出しおどけて見せると、ガロは冷ややかな視線だけをよこした。

 そんな視線を物ともせずファルナは少しずつ晴れていく視界に、雨に濡れる5人の姿を確認した。


 「さて、ゼロが利用した黒い影たちもほとんど消えちまったな。ゼロ、どーするー?」


 深いフードのせいで分かりにくい視線の先をファルナは追いかけた。

 そこにはうつぶせで倒れているセリカに声をかけているテオの姿がある。


 「ですよねー。ゼロ君ったら本当に一途なんだか――っておぃ、あっぶねーな!!」


 ゴスッと音を立てたのは木に突き刺さった炎のナイフだ。当てるつもりのない最初の攻撃は警告の意味を含めたものだったが、今度は本気で命を狙った攻撃だ。

 喉元を狙ったその一撃を、渾身の素早さでファルナは回避した。


 「ちょ、今のマジでヤバかったって!一瞬熱かったもん!ねぇ!!」


 ファルナの必死の訴えを最後まで聞くことなく、ゼロはふわっと木の枝から降りる。


 「チッ!アイツ、マジ童貞だぜ・・・」

 「マジで殺されろ。」


 フッフーと鼻息でため息をつくファルナに、またしてもガロは冷ややかに答えた。



 顔にかかる小雨が気持ちいい。熱を放出し続けたアイバンは、雨の冷たさを全身で受け止めていた。

 呼吸はまだ整わない。手足はだるいし、耳鳴りは止まらない。それでも、重たい体を何とか起こし、四つん這いになりながらアイバンは進んだ。

 そんなに離れていないはずなのに、重たい体を必死に動かしているはずなのに、進んでも進んでも、そこにはたどり着かない。

 濡れた土が制服や手足を汚すことも構わず、霞んだ視界の先にいるシュリの元へ必死に進み、その手をぎゅっと握った。

 シュリはほとんど突っ伏した体勢で呼吸を整えていた。アイバンは、シュリを仰向けに起こすと顔色を確認する。

 固く瞑った目じりから、一筋の水が流れ落ちた。それが雨なのか涙なのか、アイバンには分からなかった。

 濡れた髪の毛の襟足からは雫が首元へ流れた。その首元には、霊魔に締め上げられた時にできた痕がクッキリと赤く残っていた。

 その痛々しい痕に、激しい怒りと悲しみが同時に襲ってきたアイバンにかすかな笑い声が聞こえてくる。


 「ハァ、ハァ・・・なんて、顔してるのよ――。フフ、変な顔。」


 シュリの笑い顔に思わずホッと安心してしまう。


 「ごめん、シュリ。オレがもっと早く魔法力を高めていれば、もっと早く使役の用意ができれば、こんな痕・・・。ごめん!シュリの方が、準備も必要で大変なのに――。」


 情けない顔を見せたくなくてアイバンは顎を引いた。シュリはそんなアイバンの額の傷に手をあてる。

 雨に濡れた額にシュリの手は際立って温かく感じた。


 「ハァ・・・ハァ・・・そうよ、まったく、まだまだ練習が必要ね・・・わたしたち。」

 「――!」


 課題はあるものの、雷精霊トールの使役には手応えを感じた。精度を高めれば、十分強力な魔法となるだろう。


 『まだ強くなれる』


 自分が志す展望を、同様にシュリが思っていたことが嬉しかったアイバンは、「おぅ!!」と笑い、シュリの手をさらに強く握った。

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