第5話 Twilight forest(2)

 「魔術具?」

 「そうですわ。魔術具を使わなくても魔法は使えますけど、魔法力を具現化し続ければ当然体力や魔法力の消費が多くなってしまいすぐにバテてしまいます。だから魔術具にエレメントを注ぎこみ魔法力を宿すのです。

 エレメントを宿した魔術具はその能力により魔法の威力を大きくすることもできますし、具現化の形も多岐に渡るので応用がきくんです。」


 ここはTwilight forest(静かなる森)北西に位置する「夜凪の湖」。

 湖の水面はエメラルドグリーンが映え、澄み渡った水底にある古木や砂利を確認できるほど透明度は高い。薄く差し込む陽の光を反射して輝きを強くしている水面は、微風が吹くとその形を優しく変える。その様子は神秘的な雰囲気を漂わせながら、どこか厳かな空気をも含ませていた。


 セリカとシリアはこの湖で休憩をしていた。湖の周辺には座る場所はなかった為、お互い立ち姿勢のままの休憩だ。

 セリカはシリアの胸元にある動物の形をした付箋について聞いているところだった。


 「じゃあ、シリアの魔術具がこの付箋みたいなものなのか?」

 「ええ。これは付箋ではなくて式神です。うちの母の家系は先祖から巫女をしていたんです。この式神にエレメントを注ぎ込み神霊を使役しているんです。

 巫女は世界各地をまわり神降ろしの儀式を行いながら霊魔を封じていたと聞きました。」


 セリカは改めてシリアの付箋――式神を見た。特殊な加工がされている紙は様々な動物を模した形をしている。

 なぜ動物の形なのか聞こうとしたとき遠くからテオの声が聞こえた。


 「おーぉい!そろそろ進もうぜ。早くラピス結晶を回収しないと陽が落ちちまうぜー!?」


 森の奥に繋がる湖沿いの小道から手を振りこちらに叫んでいる。

 休憩に飽きた彼は「ちょっと探検してくるっ!」といって姿を消していたのだ。

 帰ってきたテオは偵察してきた先の状況を説明する。


 「しばらくは細い道が続きそうだ。歩ける場所があるだけマシってぐらい、茂みで鬱蒼としているがな。時間も分からないし早く抜けちまおうぜっ」


 時刻を示す物がない上、深い木立に囲まれたこの森では正確な太陽の位置も分からない。

 課題が始まって1時間30分ってところか――。セリカは時刻の予測をつけシリアと歩き出した。


 ジンからこの課題を聞いたセリカは1人で森へ向かう予定だった。教室ではいくつかのパーティーが出来上がっている様子だったが、ソロで何とかなると思ったのだ。


 しかし―――


 「セリカ一緒に行こうぜっ!!複数で行った方が効率が良さそうだ。それにセリカの実力も見たいしなっ!よし、チビっ子も一緒に連れていってやるよっ!!

 とりあえず、その複製コピーエレメントを持ったやつをぶっ飛ばして、ラピス結晶を手に入れればいいんだろっ!?簡単じゃねーか!」


 セリカの席に来たテオの顔は好奇心を抑えられないといわんばかりに破顔してい  た。

 それは課題の難易度の高さを悲観している教室の生徒たちと随分対照的だった。


 「いや、私は――」

 「ちょっとテオ!チビッ子って呼ばないでって言ってるでしょ!?」

 「いや、だから私は1人で――」

 「なぁ、シリアってその帽子で身長を誤魔化してねーか!?」

 「いや、ちょっと――」

 「誤魔化しているわけないでしょっ!?身長を測る時はちゃんと取ってるわよ っ!!」

 「いや、だから――」

 「まぁ、元が小さいから結局はチビッ子だけどな!」

 「・・・。」

 「またチビッ子って言ったわねっ!!?」

 「・・・・・・。」


 どうやら自分の意見は聞き入れてもらえないようだとセリカは諦めたのだ。


 初等部からこの学園に属している2人はTwilight forest(静かなる森)に入ったこともあるという。森の地理を知っている人が居た方が早く課題も済むだろうと思いパーティーの誘いを受けることにしたのだ。


 だがしかし


 「森に入った、といっても入り口から数百メートル先にしか進んだことはないですの。この森は1度入ったら生きて帰ってこられないという噂の場所でしたし・・・。 

 その当時ですら目印を付けて歩かないと帰りの道が分からなくなってしまいましたから。」


 というシリアの言葉からこの森の深さを窺い知ると同時に、ラピス結晶の地理的予測探索は期待できないと踏んだ。

 今のところ複製コピーエレメントを持つ傀儡かいらいと遭遇していない3人は、課題の標的がどのような形をしてどのような事をしてくるのか分からなかった。

 とりあえず歩いてはいたが、果たしてこの広い森で本当にラピス結晶を探せるのか些か不安になっていた。


 セリカはその辺から太い棒きれを探してきて、茂みや石をかき分けながら地面や崖の上を注視しながら歩く。

 その様子を見ていたシリアとテオはセリカに問いかけた。


「さっきから何か探しているのですか、セリカ。」


 セリカはかき分けた茂みから振り返る。


 「何ってラピス鉱石に決まっているだろう。今回の課題はラピス鉱石を見つけて持ってこいって言っていただろう?

 ラピス鉱石はヨクジュウ草の花蜜を吸収し、上弦の月から小望月の7日間、十六夜から下弦の月までの7日間の月光に照らされ続けた二酸化ケイ素の塊だ。その条件を満たす場所が分かっていれば案内してもらおうと思っていたんだが・・・。

 こんなに木立が密生していると月の光も届かないだろうけど、たまにヨクジュウ草の蜜を集めるルクイ蜂が蜜の塊を落としてしまい、それが鉱石となることもあるから――――」


 「おいおい、ちょっとまて。そんな知識どこで学んだんだ?確かにラピス鉱石はレアアイテムで入手困難だと言われているが、そこまで詳しい内容は教本にも載ってないぞ!?」


 セリカの説明はテオの言葉で遮られた。シリアもセリカの説明に呆気に取られながらも同意を示すように頷いている。


 「ラピス鉱石が生成される条件なんて初めて知りましたわ。クラスで知っている者もいるかどうか・・・。だから他のクラスメートたちはラピス結晶を付けた傀儡たちを見つける方が早いと行動していると思います。

 セリカ、その生成条件はどちらでお知りになったんですか?」

 

 「どこでって、おっしょうが・・・待て!!何か気配がする!!!」



 セリカは僅かな空気の異変に気付く。それは自分たちに向けられている脅威の視線だ。

 セリカの急変した声音に緊迫した空気が漂う。そして誰もが気配の正体を掴もうと意識を集中させた。

 

 癒しに効果的であろう風に靡いた木の枝や葉が擦れ合う音が煩わしく感じた時だった。


「上だっ!!!!」


 誰よりも早く気配の居場所を感じ取ったセリカが視線を向けると、そこには数十羽の大きな鷹が一様にこちらを睨んでいた。

 真っ黒な色をしているそれらのせいでそこだけ森が黒く塗りつぶされたように見える。正確な数は分からないが50体以上はいるだろう。そしてその鷹たちは今にもセリカたちに襲いかかってきそうだ。


 (――っ!??)


 「あれが複製コピーエレメントを付けているっていう傀儡かいらいか!?いかにもって感じだなっ!!とりあえずアイツらを倒せばいいんだよなっ!?」


 テオがファイティングポーズを取りながら傀儡との間合いをはかろうとした時

 

 「テオ、ここは足場が悪いっ!!とりあえず2人とも走れっ!!」


 と、セリカは真っ先に走り出す。

 セリカの突然の行動に一瞬遅れをとったシリアとテオだったが、セリカの後を追うように走り出した。

 林道は細く所々ぬかるんで湿っている。足裏に柔らかい感触が伝わり足を取られてしまいそうだ。またほとんど整備されていない小道は木の根が剥き出しで突出し、起伏のある道には大きさの違う石が障害物として3人の行く手を阻んだ。

 鷹の形をした傀儡たちは3人が走り出した様子を見て一斉に飛びかかってきた。


 「きゃぁっ!!」


 その標的は最後尾で足取りがおぼつかないシリアに絞られたようだ。

 その内の1羽は的確に獲物を捕らえようと鋭く曲がったカギ爪を真っすぐに振りおろす。

 シリアは頭上から迫りくる危険を回避しようと咄嗟に体を縮めた。


 「シリアッ!!!」


 テオが後ろを振り返ると体を縮めた状態から動けないシリアがいた。先ほどの攻撃は間一髪で回避できたようだが、傀儡たちは攻撃の手を緩めることはない。動けないシリアに向かって次々に猛進しようと構えている。

 テオは動けなくなっているシリアの元まで戻り彼女を肩に担いだ。


 「ひゃぁっ!」

 「何してるんだよ、チビッ子!動けなくなってる場合かよっ!!」

 「チビッ子って言わないでよ!自分で走れ、きゃぁっ!!」


 シリアが話しているのもお構いなくテオは走り出した。

 体が小さなシリアを担ぎ走るのはテオにとっては造作もないことなのだろう。


 「担いで走ったほうが早ぇーよ!それよりジタバタするな、走りにくい!!」


 テオは起伏を繰り返す走りにくい道をものともせず全速力で走る。

 テオと傀儡たちの距離は一気に離れたように見えた。しかし水平飛行に切り替えた傀儡たちはスピードをさらに上げていく。

 テオの肩に担がれたシリアは、後ろから猛追する傀儡たちの姿を見て意を決し声を張った。


 「テオッ!そのままのスピードを保っててっ!」

 「あぁ!?言われなくてもそのつもり――」

 「ALL Element!!土精霊ノームッ!!」


 肩に担がれたまま両手を前に出したシリアは詠唱を唱える。シリアの両手から土精霊ノームを呼ぶ紋章がオレンジ色の光を放ち現れた。


 「おぉいっ!!こんなところで魔法を発現するなよっ!!」


 慌てるテオに見向きもせず、シリアは自分の胸元にある熊の形をした式神を2枚取り出した。


 「荒ぶるグランデオルソっ!!!」


 紋章の中を通り抜けた式神はその薄っぺらい紙の形からムクムクと姿を変えていく。そしてそれは、体長3メートル程の巨大な熊へと変化し傀儡たちの前に立ちはだかった。

 「グゥァアァーーーッ!!」と雄叫びをあげる2体の熊は、突っ込んでくる傀儡たちをその大きな爪を振り下ろし殴りかかった。さらに、殴り飛ばされ動けなくなった傀儡たちをその鋭い牙で止めをさしていく。


 「いいわよ、クマ太郎、クマ次郎!!!」

 「いや、名前と実物のギャップ!!」


 シリアは得意げに手を挙げて喜んでいる。

 後ろで繰り広げられている光景と肩に乗せている式神主との温度差が大きくて拍子抜けしてしまうが、相手は数十体いる飛行タイプだ。

 式神の攻撃を器用に掻い潜った傀儡たちは標的であるテオたちに照準を合わし、さらに突っ込んでこようとした。


(躱せないかっ!)


 その気配を察知したテオは急に足を止め後ろを振り返る。猛追してくる傀儡たちに向き合う格好だ。


「ちょっと、テオっ!何で止まるのっ!?」


 テオは両手の拳を合わせ再びファイティングポーズをとる。


「しっかり捕まってろよ、シリア!!! All Element!火精霊サラマンダー!!」


 テオの身に付けているグローブに朱色の光を放ちながら火精霊サラマンダーを呼ぶ紋様が描かれた紋章が浮かび上がった。


 「烈火陣れっかじんっ!!」


 グローブが猛々しく炎を纏わせる。

 テオはグッと手を引き傀儡との間合いを詰め思い切り拳を振るった。テオの直撃を受けた傀儡は一瞬で灰と化す。

 全身を器用に使い、無駄のない動きで立ち回りながら凄まじいスピードと的確な反射で傀儡たちの数をどんどん減らしていく。

 しかし、足場が悪くさらに肩にシリアを担いでいるテオは思った以上に苦戦を強いられてしまう。

 シリアも激しく動くテオに振り落とされないよう必死にしがみついていた。


 (――っ!思うように動けねーし、数が多すぎて捌ききれねーっ!!)


とりあえず自分たちに向かって襲ってくる傀儡を倒し続けてはいるが、余裕が無い。傀儡の数も一気に増えた気がする。

後方を見ると、シリアが出した式神は複数の傀儡がまとわりついて動けない状態だった。


 (クマ太郎とクマ次郎も限界ですわっ!!)


 シリアはもう1度式神を用意するも、激しい動きのせいで思うように魔法が発現できない。

 巧まずしてだが、テオの顔の近くにいるシリアはテオの呼吸が大きく乱れてきたことにも焦りを感じはじめた。


 「テオッ!シリアッ!!もう少しだ、走れっ!!」


 その時、セリカの声が2人に届いた。

 テオは前方にいるセリカの姿を確認する。セリカが立つ後方には、開けた草原が広がっている。どうやらセリカは狭い小道の終点地に立っているらしい。


 セリカはテオたちを正面に見据えた位置で右手のひらをこちらに向け突き出していた。左手は右手の二の腕を支えるように添えている。紋章が現れていないところを見ると、魔法発現はテオたちが小道を抜けるタイミングを待っているのだろう。

 地理的不利な状況を鑑みたテオは小道を抜けることに集中し足を速めた。そして小道を抜けそのままの勢いでセリカをも追い越す。

 追い越す際、数の多さに気を付けろとセリカに伝えようとした瞬間だった。

 セリカの右手から無数の水の矢がテオたちが居た小道に向かって勢いよく飛び出していく。


(なっ!!!?)


 鋭利な鏃を持つ矢は目で追えないスピードで傀儡たちを瞬時に貫いていく。

 シリアとテオの魔法で多数の傀儡は倒したとはいえ、残った傀儡の数は少なく見積もっても15体ほど。しかも飛行タイプだ。

 すぐに参戦の構えを取ったテオだったが、そこには水の矢が突き刺さり地面に横たわる幾つもの傀儡の姿があった。

 追ってくる傀儡はもう居ない。テオは静かにシリアを降ろすとセリカの魔法により再起不能になった傀儡たちが塵となっていく様子を凝視し、さらにセリカを見た。


(あれだけの数を一瞬で的確に仕留めてやがる。それにコイツ――!!詠唱せずに魔法を発現しやがったっ!!?)

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