命と別れる予約をする

ママ友の愛犬が今朝、亡くなったとのことだった。


そのわんちゃんには面識があって、とても穏やかな顔つきをした15歳の女の子だった。

下に妹がいるその子は、もともと心臓病があったみたいなのだけれど……今回の引き金となったのは、肺水腫だそう。


明け方に空咳をする。

それが前兆のようで、乾燥するこの時期は人間でも空咳をするくらいだ。なかなかに気づきにくい。



そんな話を聞いていて、わたしは我が家の愛犬、リーのことを思っていた。


家の中ではほぼ定位置に留まり、動かないリー。ごはんとおやつ、おさんぽのときなんかは喜んで駆け回るけれど、基本的には無駄な動きはしない。


クッションやソファーを引っ掻き回したり、ティッシュを引き抜き散らかしたり。トイレシートをびりびりにしたりと言ったいたずらも、成犬になるころにはぴたりと止んだ。


リーは、構われたくないときはそっと距離を取る。逆に撫でて欲しいなど構われたいときは擦り寄ってきて。


なんとも、猫みたいだなあって思う。犬って、従順で飛びついてくる子ばかりを見てきたから。リーははじめてのタイプの犬だったから驚いた。今はもう、慣れたけれど。


今年で9歳になるリー。

まだまだ若いといえばそうだけれど、少しずつ足音を忍ばせて近づいてくる別れのとき。


そんなものを、ママ友のところの愛犬の死から気づかされた。


そして、寿命を全うし天に召されることが当たり前でないことも。



卒対の仕事をしながら、合間合間にそのママ友はあちこちの火葬場へと連絡をしていた。明日、幼稚園を休ませて家族みんなでお別れをしに行くそうだ。


「もしもし、犬の火葬をお願いしたいんですけど……」


そう言って電話越しに話すママ友の声を聞いていたら、不思議な気持ちだった。


まるで美容室の予約をするように。火葬場の予約をするのだ。


魂が身体から離れ、ゆっくりと、でも確実に朽ちていくからだを抱きしめ、苦しみ泣いたそのすぐあとで。



せめてもう少しその別れを惜しむ時間があればいいのに。そして、その別れの火葬という儀式も、もう少し……その家族に寄り添うような優しさがあればいいのに(上手く言えないのですが、システム上でのことです)と思いました。



死ぬこと。それは愛犬に限らず人間だってゆくゆくはたどる道。


大切な家族が亡くなったとして。

そして残された者はその悲しみに打ちひしがれる間もなく、心の整理もできぬままーー亡き者と別れなくてはならない。


それって、どれほど酷なことだろう。……わたしにできるだろうか。


できるか?じゃないのか。しなくてはならないのか。


ママ友の目はとても腫れぼったくて、顔もぱんぱんで。それを恥ずかしそうに隠していたけれど、わたしは胸を張って堂々としてほしいとーーそう思いました。


愛しい大切な家族を思ったその証を、隠さないで欲しいと。そう思って。



いつも前向きで、肝が据わっていて、エネルギーに満ち溢れているそのママ友がーーわたしにはずっと眩しくて、遠い存在に見えてた。

わたしにはないものをたくさん持っている、そんな人だったからーーちょっとの嫉妬もあったかもしれない。


けれど今日。

わたしは彼女を近くに感じられて、不謹慎だけれど、嬉しかった。

不幸に苦しんでる姿に、ではもちろんない。断じて。



ただ、亡くなった愛犬を想う。共に過ごしてきた家族を想う。時間を思う。


その姿が見れて、嬉しかったんです。


わたしが出会ってきた多くのひとたちは、そう言った姿も心も隠してしまうから。



我慢しなくていいのに。

堪えなくていいのに。


つらいときは、つらいって言ってよ。

言ってくれなきゃ、わからないよーー。



そう、どこかで思っていたわたしがいたから。


だから、人間らしいそのママ友の姿に、嬉しくなったんだと思います。




命と別れるための予約。

それは明日の昼過ぎと言っていた。


それまではゆっくり、家族みんなで同じ空間に身を置くのだろう。




安らぎに満ちた眠り顔で、その身体から離れた魂が幸福に満ちていることを願っているし、ママ友とその子供たちの心も癒えることを願う。


そしてわたしはわたしで、リーとの残りの時間を大切に過ごしたいと思う。



命と別れる予約なんて、したくない。

けれどそれは、避けて通れない。


どうやっても、人間の寿命と犬の寿命は、等しくはならないのだからーー。



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