第13話:男はいつも前のめり

「やばいよ! 核爆弾が投下されちまった!」


 アルンが見たその光景を、ミネルバも必死に羽ばたきながら見ていた。足には魔力変換装置と繋がれた送電線。この片端をアルンに持たせて電力から変換された魔力を直接注ぎ込む。かなり無茶苦茶なやり方だが、時間がないから仕方ない。

 

「もうヴリトラ周辺をバリアで覆うのは無理だね」


 アルンまで大急ぎで飛んでも爆発まで間に合わない。ならば一か八か、とミネルバは大声で叫んだ。

 

「アルン、爆弾の周りにバリアを張って時間を稼ぐんだ! シュタークが昔やった方法を思い出しな!」


 その声に誰よりも早く反応したのはアルンだった。

 突如として身体が緑色に発光する。天へかざした右手に展開される魔法陣。小さいながらも何重にも組み込まれる術式《コードが、これから発動する魔法の高度さを物語る。

 

「やれそう、アルン君?」


 アルンとミネルバに遅れることしばし、爆弾投下に気付いたミューはしゃがみ込むと、アルンと同じ高さに目線を合わせて問いかけた。

 

「んー、分かんない」

「分かんないか」

「とりあえずミネルバお姉ちゃんの言う通り、爆弾の周りにバリアを張ってみる」


 とりあえず、とアルンは何事もなく言った。が、それは相当に高度な魔法だ。

 魔法障壁バリアは本来、自分を中心に発動する。また、バリアを張っている間はあまり動くことが出来ない。動きに合わせてバリアもまた移動させるのは、発動と同じぐらい魔力を消耗するからだ。

 

 それを自分から遠く離れた、しかも空中を自然落下する爆弾に合わせてバリアを張り続けるのを「とりあえず」やってみるとは。何も知らなければ、こんな時にくだらない戯言をと笑う気にもなれなかっただろう。

 でもミューは知っている。

 ほっぺぷにぷにで、時々おもらしする、この小さな魔法使いの凄まじさを。

 自分の今の力では到底及ばない魔法の深淵を、この少年が見せてくれることを。

 

 だからだろう。

 もしかしたらもうすぐ死ぬかもしれないのに、ミューはとても落ち着いていた。

 

「うわああああ、マジで爆弾を落としやがった!」


 一方、銀狼傭兵団の混乱ぶりは頂点に達していた。

 黄金帝国から渡された瞬間移動装置はまったくのデタラメ。退路を失ったというのに、本当に爆弾が投下されてしまった。

 

「ヤバイっす! ヤバイっすよ、お頭!」

「俺たち、どこへ逃げれば!?」

「うるせぇよ、お前たち! こういう時はな、むしろ堂々とドンと構えてりゃいいんだ! むしろ下手に逃げようとする奴ほど命を落とすもんだぜ!」

「おおおおっ! さすがは親分、こんな時なのに仁王立ち!」

「真っ裸なのもなんのその! それでこそ俺たちの親分だぁ!」


 もはやヤケクソである。死ぬのは勝手だが、ちょっとは静かにしてほしいとミューは心の中で毒づいた。

 

「……うん! じゃあ、やるね、ミューお姉ちゃん!」


アルンが頷くと、魔法陣の発光が緑から白へと変わる。

 と、同時に空から落ちてくる核爆弾を中心にして、直径数百メートル規模のバリアが出現。しかも直径を急速に縮めながらも、外側にはまた新たなバリアが次々と出来てくる。


「複重にバリアを?」

「うん。これなら一枚バリアが破られても次のバリアが防ぐから時間を作れるんだって」

「……なるほど」


 確かに道理に適っている。これでなんとか爆発が広がるのを防ぎつつ、送電線を掴んで飛んでくるミネルバを待つわけだ。

 ミューはミネルバをちらりと見やる。おそらくここに到着するまで十秒ほど。それまでアルンの張った複数のバリアが持ちこたえれば、この危機を脱することが出来る!

 

 ひたすらバリアを張り続けるアルン。

 そのアルン目がけて飛び続けるミネルバ。

 銀狼傭兵団の連中は、アルンの魔力に驚きながらも団長を見習い揃っての仁王立ち。

 そしてミューが再び視線を落ちてくる核爆弾に移し、祈るように見守る中。

 

 

 

 強烈な光が爆弾から放たれた!

 

 

 

 爆弾に最も近かったバリアの30枚ほどが一気に破壊された。

 さらにそれ以降も1枚1秒とかからず次々と破壊され、空に突如として現れた爆炎が次第に大きくなっていく。

 

「ふええ! 思ってたよりもずっとすっごいよぅ。どうしよう、ミューお姉ちゃん!」

「頑張ってアルン君! もう少しでおばあ様が来るから!」


 挫けそうになるアルンを励ましながら、ミューはミネルバの位置を確認する。

 到着まであと5秒。これまでの人生の中で最も長い5秒間だ。

 

「ひえええええ! お頭、やっぱり駄目ですぜ! こればっかりは根性でなんとか出来ねぇっス! 早く逃げましょう!」

「馬鹿野郎! 逃げようって一体どこに逃げようってんだ! しかもあんな子供を見殺しにしようってのか、お前ら!」

「で、でも」

「でももクソもねぇ。腹を括れ! あのガキを信じるんだ!」


 さっきは瞬間移動なんて出来るのはあの子だけと聞かされて「バカにしてやがるのか?」と思ったガリィだが、今ならその言葉が真実だったと分かる。核爆弾がどれほどの威力を持っているのかは知らないが、少なくとも本来なら今頃はとっくに自分たちは死んでいたことだろう。それをバリアでなんとか食い止めているのだから、見た目とは違って凄まじく強力な力を持った魔法使いだ。

 

 そしてそれほどの力の持ち主なら、瞬間移動で逃げることも出来たはずだ。

 にもかかわらず、あの子は逃げずに立ち向かった。自分も死ぬかもしれないのに、みんなを助ける為に留まった。

 それはとんでもなく男らしい行為だ。その姿を最後まで見ずして立ち去るなんて恥知らずなことは、ガリィには出来なかった。

 

「なんてものを作り出しやがったんだい、ジャックのクソガキめ!」


 この中で一番核爆弾に詳しいのは、言うまでもなくミネルバである。

 実際、学会でばったりジャック・バレンサーと出くわしてしまった時は、彼主導で開発したという核爆弾の威力を耳にタコが出来るほど聞かされた。

 

 それでもまさかこれほどまでとは思ってもいなかった。

 魔力不足とは言え、あのアルンの作り出したバリアをまるでガラスのように吹き飛ばしていく。このままでは自分たちは勿論、ヴリトラも次の瞬間にはこの世から消え去ることだろう。

 

 が、ギリギリ間に合った。

 アルンのバリアが全て破られる前に、送電線を送り届けることが出来る。そうすれば枯渇しつつあるアルンの魔力は再び充填され、アルン曰く「すっごいバリア」で核爆弾を封じられるはずだ。

 

「よく頑張ったね、アルン。さぁ、この送電線を――」


 最後まで全力で羽ばたいたミネルバがアルンの手に送電線ごと留まろうとしたその瞬間。

 何者かに引っ張られ、態勢を崩したミネルバはアルンの手で一度バウンドすると、お尻から地面にずっこけた。

 

「おばあ様!?」

「いてて。一体何が起きたんだい!?」


 羽でお尻をさすりながら後ろを振り向いたミネルバが「うげっ!」と驚きの声を上げる。

 送電線が、ここまで必死に運び、状況を大逆転へと導くはずの送電線の先っぽが、10メートルほど後方に落ちている。更にその向こうへ視線を移せば、送電線が道中の大木に絡まっているのが見えた。

 

「コ、コケーッ!」

「おばあ様、こんな時に鶏の鳴きまねはやめてください!」

「好きでやってんじゃないよ。それより早く送電線を取りに行きな、ミュー!」

「は、はい!」


 慌てて駆け出そうとするミュー。しかし、気ばかりが焦って、足は一向に前へ進まない。残念ながらミューの運動神経はそれほど良くないのだった。

 

「あうう。もう無理だよぅ」


 そこへアルンの情けない声が追い打ちをかける。

 見れば核爆弾をなんとか押さえ込んでいるバリアも残りはわずか数枚。アルンの魔力ももうほとんど残っていない。

 

「アルン君!」

「なんてこったい! みんな、伏せな!」

「そんな! ウソでしょう!?」


 絶望がいつも強気なミネルバの気力をねじ伏せ、ミューの足を止めた。

 どんどん大きくなっていく火の玉を見上げ、アルンはただ泣きべそをかいて立ち尽くすのみ……。

 

「伏せろだぁ!? ふざけんじゃねぇ! 男は死ぬ時も前のめりだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ただ、その中にあってただひとり、心がまだ折れていない者がいた。


「親分!?」


 ガリィだ。

 ガリィが一気にダッシュしてアルンに近づくと、脇に抱え上げる。

 

「うわぁ!」

「ガキンチョ、しっかり掴まってろよ!」


 ガリィは再び地面を力強く蹴り上げると、一息でミューの脇を抜けた。

 目の前に大きな口を開ける落とし穴を、スピードに乗ったままジャンプ。

 その着地点に送電線が落ちているのが見えた。

 

「おい、あれをどうしたらいいんだ!?」

「え? ぼく、知らない……」

「アルン、そいつを握るんだ!」


 ミネルバの声にガリィともども滑り込むような形で着地したアルンは、必死に手を伸ばして送電線を握りこんだ。

 残ったバリアはたった一枚。それも今、無残にも砕かれようとヒビが入り始め、そして――。

 

「すごい、バリアの周りに魔法陣が……」


 その光景にミューが絶句した。

 壊れかけのバリアの周りを、一瞬にして無数の大小の魔法陣が取り囲んでいた。

 四方八方、上下左右、全てを取り囲むその様は、あたかも魔法陣のおしくら饅頭といったところか。それらがバリアが破られるのを、核爆弾が広がるの押し留めている。

 

「やれやれ。なんとか間に合ったようだね」


 ミネルバが強かに打ちつけた腰を両羽でさすりつつ、呆然と空を見上げるミューへと歩み寄った。

 

「見てな。科学なんかじゃまだまだ魔法に勝てないところを見せてやるよ」


 言うがいなや、魔法陣の一つが白く発光したかと思うと、核爆弾の生み出した火の玉が何かに押しつぶされるように一回り小さくなった。 

 

「バリアで爆発を押しつぶしている?」

「そうさ。本当ならヴリトラの周辺をバリアで囲むつもりだった。そうすればうちらは無傷で済むばかりか、散らばった放射能が少なからず中央諸国に被害を与えて、黄金帝国は非難轟轟。しばらく核は使えないようになっただろうからね。でもま、結果としてはこっちの方が正解だったよ。なんせ誰にも被害が出ないうえに」


 そう言っている間にも魔法陣が光る度に、空に浮かぶ火の玉はどんどん小さくなっていく。

 

「核爆弾なんて効かない、その最高のデモンストレーションが出来たからね」


 とうとう最後の魔法陣が発光すると同時に、空はいつも通りの青空へと戻った。

 まるで先ほどまでの脅威がウソのような雲ひとつない快晴に、銀狼傭兵団の連中が挙げた歓声が響き渡る。耳をすませば、ヴリトラからも同じような歓喜の声が聞こえてきそうだ。

 

「あとはまぁヴリトラ周辺を随時バリアを張っておけば、どこも簡単には手出しができんだろ」

「そうですね」

「色々あったけれど、めでたしめでたしってわけなんだが……ところでミュー、ひとつ気になることがあるんだがね」

「なんでしょう?」

「さっきすっぽんぽんで『男は死ぬ時も前のめり』とか言ってたの、アレ、女なんじゃないのかい?」

「ですね」


 頷きながら、ミューは呆れたような笑みを浮かべた。

 その視線の向こうで、疲れ切ったアルンにおっぱいへ顔を埋めて眠られるガリィが「やめろ! 俺はお前のお母さんじゃねぇ!」と騒いでいた。


エピソード2 完

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