第12話:銀狼傭兵団の切り札

 鳩の視力は人間よりも良く、一般的に昼なら40キロメートル先まで見渡せると言われている。

 であるから既に電力を魔力に変える変換装置をバーンに指示して作動させ、あとは必要な魔力が溜まるのを待つばかりとなって窓際によっこいせと羽を休ませたミネルバは、ミューたちよりも早く空の彼方から黄金帝国の軍用機が向かってくるのを見ることが出来た。

 

「はぁ? いくらなんでも早すぎじゃないかねっ!?」


 時刻はまだ正午にも達していない。確か爆弾投下は昼過ぎの見込みだとラジオのアナウンサーは言っていた。実際、黄金帝国からはどんなに急いでもそれぐらいの時間はかかるはずだ。

 

「さては他国の承認を得る前から勝手に進めてやがったね。やってくれるじゃないか、ジャックのクソガキが!」


 いくら稀代の大賢者と言えども、文句ひとつで軍用機を撃ち落とせるほどの力は持っていない。早く手を打たないと、このままでは爆弾投下までに間に合わない可能性もある。

 

「バーン、予備の送電線を探しな!」

「送電線? 魔力も電気みたいに送電線で送れるのかよ、婆ちゃん?」

「そんなのはやってみないと分からないよっ! でも今はそれに賭けるしかないのさ!」


 外を見ればまだミューはガリィ相手に苦戦中だった。が、魔力や性根などミューはミネルバの血を濃く受け継いでいる。きっと何とかしてみせるに違いない。問題はそのあとだ。

 ガリィを退けても、アルンへの魔力供給が間に合わなければ意味がない。となればアルンがやってくるのを待つだけでなく、こちらからもアルンを迎えにいくべきだろう。

 

「ほら、さっさと探すんだよ、バーン!」


 ここからは一分一秒が生死の分かれ目になる。ミネルバは羽ばたくと、自分も送電線を探すべく発電所の中を飛び回り始めた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「急ぎましょう、アルン君!」


 ミネルバたちが送電線を探し始めてから数分後。核爆弾を積んだ黄金帝国の軍用機を視認したミューは、自らに掛けた風魔法を解いてアルンと手を繋いだ。

 軍用機は次第にではあるものの、確実にその姿を大きくしている。残された時間は考えているよりもさらに短いのかもしれない。そう思うと自然と足も速くなるが――。

 

「待てよ、お前ら!」


 そんなふたりの前に立ち塞がる者がいた。

 ガリィである。

 ミューの竜巻に思う存分振り回された挙句放り出されたはずだが、さすがは傭兵団の団長だ。すでに三半規管は正常に戻り、しっかりと両足で地面を踏みしめている。

 

 全裸で。

 

「そこをどいてください、ガリィさん。もう決着はついたはずです!」

「何を言ってやがる! 俺はまだピンピンしてるぞ」

「でも真っ裸じゃないですか。てか、いくら女の子同士でもよくそんな堂々としてられますね。私なら恥ずかしくて死んじゃいます」

「うっせーよ! もとはと言えばてめぇがやったんだろうがっ! 許さねぇ! ぜってぇ許さねぇ! てめぇら生きて帰れると思うなよ!!」


 逆上したガリィが一息に距離を詰めて殴りかかってくる。

 歳の差はミューと5歳ぐらいしか変わらない。でも、それだけの年月では追いつけそうにない、年齢の割には豊かに実ったガリィの胸の膨らみが、拳を魔法障壁へ打ちつける度にたゆんと揺れた。

 拳がダメならとばかりに放つ蹴りも鋭い。が、これもミューは顔を顰めながら魔法障壁で防いでみせる。なんと言うか、さすがに丸見え過ぎて可哀そうになってきた。

 

「てか、アルン君は目をつむっていてください」

「え? なんで?」

「とにかく目をつむるんです」


 言われてアルンは素直に両手で目を塞いだ。いい子である。まぁ異性の身体に興味を持つにはまだ早すぎる年齢だからこそだろう。

 

「それからガリィさんもこれ以上恥の上塗りはやめましょうよ」

「うるせぇ! 幾ら恥をかこうと、ここでお前らを殺せば全部チャラだ!」

「うーん、それはどうでしょうか?」


 ミューはハァと小さくため息をつくと、杖をあらぬ方向へと向けた。それをフェイントと見たのか、しばらくガリィはじっとミューを睨み返していたものの、「いいから見てくださいよ」とミューが呆れた表情をしたので、しぶしぶと視線をそちらに向けると……。

 

「あ、いや、これは違うんでさ、親分」


 いまだミューの風の拘束ウィンド・バインドに手足を縛られ、地面にもぞもぞと動きながらも、じっとガリィとミューの戦いを見つめていた銀狼傭兵団の団員たちがいた。


「お、お前ら……」


 ガリィの身体が俄かにプルプルと震えだす。


「いえ、誤解ですって! あっしらはただ脱出の用意をしていただけで」

「そうッス。そうっス。それに勿論、親分頑張れと純粋に応援していたッス!」

「本当か?」

「本当ッスよ。もちろん!」

「ええ、あの可愛らしかったお頭がいつのまにかそんな女らしい体になってたのかと感動してたなんてありやせん」

「ホント。あのぺったんこな胸がまさかここまで豊かに成長していたなんて」

「それにあのケツ。見事なもんッス」

「わしらもついつい見惚れて……」


 そこまで言って団員たちが「あ」と思っても時すでに遅し。ガリィは顔を真っ赤に染めると、さすがに両腕で胸と股間を隠してその場に蹲ってしまった。

 

「く、くそう……裸をみんなに見られるなんて」

「ああ、泣かないで親分! と、とにかく早く脱出しましょう。もうすぐここに爆弾が落ちやす」

「そうッスよ。そろそろもう時間がねぇ!」

「ううっ。ちくしょう。覚えてろよ。この屈辱は必ず倍にして返してやるからなッ!」

「ええ、絶対倍返ししてやりやしょう。ただし、奴らが生きていたらですが」


 無頼者の集まりと見せかけて、実は団長との強い絆で結ばれている銀狼傭兵団。文字通りアットホームな職場である。

 

「と言うかですね、この状況で脱出ってどうするつもりなんですか? 帝国の核爆弾はヴリトラは勿論のこと、この辺りも吹き飛ばすそうですよ?」


 もっともミューにとっては銀狼傭兵団の隠れた魅力なんてどうでもいい。上を見れば帝国の軍用機がますますその形を大きくしている。急がねばならない。ただそれでもさっきから会話にチラチラと姿を出す『脱出』って言葉が気になった。

 

「ふん。俺たちが何の脱出策もなく黄金帝国の依頼を受けたと思うか?」

「そうさ。俺たちがここでお前たちを足止め出来た理由はただひとつ!」


 いや、結局足止め出来なかったじゃないですかとミューが突っ込む前に、ガリィが団員の胸元から一本の筒のようなものを取り出した。

 

「わーはっはっは。こいつを見よ。これこそが黄金帝国の諜報員から依頼と共に譲り受けたスーパーテクノロジー! なんと瞬間移動装置だ!!」


 そう言って高々と筒を構え上げるガリィ。両手が今何をするべきなのかを完全に忘れている。やはりアホだ。

 

「はぁ。瞬間移動装置、ですか」

「どうだ、驚いただろう!?」

「えー、まぁ色々と」

「だろうなァ! ふふん、悪いが俺たちは一足先に脱出させてもらうぜ! お前たちはここで死ねばいい!」

「でもそれだとあなたが私たちを殺すことは出来なくなりますが?」

「……あ!」


 ガリィが固まった。どうやら本当に気付いていなかったらしい。

 

「親分、とにかく早く脱出を! もうマジで時間がねぇ!」


 団員のひとりが叫んだ。軍用機はもはや機体に描かれた黄金帝国のマークまで認識出来るほどになっている。

 

「ええい、くそったれ! じゃあな! 俺に殺されるために頑張って生き伸びろよ、おまえら!」

「どういう別れの言葉ですか……」


 ミューが呆れる中、ガリィが筒のスイッチを入れた。

 

「わーはっはっは!」

「…………」

「はっはっは!」

「…………」

「ははは……!」

「…………」

「はは……は……おい、なんで起動しないんだ!?」


 戸惑うガリィに、他の団員たちもそんなこと言われてもとお互いに顔を見合わせる。

 

「あーあ。すっかり騙されたようですね、黄金帝国に」

「騙された、だと?」

「はい。瞬間移動なんてそんなの今の科学力じゃ無理に決まってますよ」

「なん……だと!?」

「てか、私やおばあ様――大賢者ミネルバだって無理です」

「…………」

「そんなのが出来るのは勇者シュターク、そして――」


 ミューは足元のアルンの頭を撫でる。癖毛ながら子供らしい柔らかい毛質が心地よい。

 

「うちのアルン君ぐらいなものですよ」


 言われてアルンはいまだミューのいい付けを守って目を隠していた手を開く。


 その目が黄金帝国の軍用機から何かが投下されたのを捕らえた。

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