第11話:魔法の使い方

 古来より魔法使いとは強力な魔法を操る一方で、戦いの中では弱点が極めて多いクラスである。


 まず体力がない。さらに体力がないからまともな鎧も着ることができない。戦士なら軽い傷であっても、魔法使いなら致命傷ってことがざらにある。


 しかも動きまでトロく、魔法の連射も威力が弱いものならばともかく、それなりなものになるとまず不可能。

そんな魔法使いが一対一サシで他のクラスと戦うには奇襲による先手必勝、もしくは十分な距離と立ち回れる空間が必要である。

 

「まいりましたね、これは」


 でも今、ミューの奇襲は不発に終わった。

 さらにはガリィとはまさに一息の距離。周りは落とし穴だらけでまともに動けない。

 

「アルン君は危ないから私の後ろに隠れていてください」 

 

 そのうえアルンまで庇いながら戦うともなると、ミューの苦戦は必至である。

 

「これはどうしたものでしょう。ちなみにおばあ様ならどうなされます?」

「あたしなら風の拘束ウィンド・バインドなんてしょぼいのじゃなくて、いきなり噴き出す岩礁マグマ・ドロップを喰らわしてやったね」

「それでは相手が死んでしまいます。人類救済が私たちの目標だったんじゃないんですか?」

「いいんだよ、まだいっぱいいるんだから一人や二人ぐらい殺したって」

「……マジですか、おばあ様?」


 これにはさすがのミューも引いた。ドン引きである。

 

「ふん、なんだいその『マジかよ、こいつ』って目は? 冗談に決まってるだろ」

「ホントですか?」

「ああ。とにかくだ、ミューは時間を稼ぎな。何も目の前の奴を倒すことだけが勝利じゃない。今回はバーンが発電所を稼働させ、アルンの超強度バリアを補強出来るだけの電力を作ることが出来たら、あたしたちの勝ちなんだ。だから倒されなければそれでいい。分かったね?」


 そう言うとミネルバは羽ばたいて飛んで行ってしまった。ミューがここでガリィを押さえなきゃいけないように、ミネルバにだってやらなくてはいけない仕事がある。

バーンが起動させた発電所の電力を魔力に変える変換装置の操作を知っているのはミネルバだけだし、その魔力をアルンへと供給するのも彼女の役目だ。

 

「簡単に言ってくれちゃって。魔法使いひとりで足止めなんて無茶苦茶難易度高いじゃないですかっ!」


 杖の先に展開する魔法陣が赤く光る。飛び立つミネルバを無意識に目で追ったガリィのわずかな隙を狙い、ファイアーボールを放った。


「そんなもん喰らわねぇよ!」


 が、ガリィは見向きもせず短刀を一閃するだけでファイアーボールを弾き飛ばす。

 

「わりぃが仕事が先だ。あんたはその後でじっくりいたぶって――」


 律義にも一度ミューへ視線を戻してから、バーンの発電所起動を阻止すべく後を追おうとするガリィ。

 その目がぎょっと見開かれた。


 魔法陣から無数のファイアーボールが生み出され、ミューの周囲にふわふわ浮いているのが見えたのだ。

 

「行かせるわけないじゃないですか」


 ミューの一言でファイアーボールが次々とガリィに襲い掛かる。

 しかも一度に一気ではなく絶妙にタイミングをずらし、さらには襲い掛かる角度もひとつひとつ変え、まるで詰将棋のようにガリィの逃げ場を悉く潰しまくった。

 

「ああ、ちくしょう! 邪魔すんなッボケッ!」

「邪魔するのが私の役目なのでそれは無理です」

「冷静に答えてるんじゃねぇ!」

「すみません。とても余裕綽々なのでつい」


 ぶちっとガリィの中で何かが切れた。

 これは挑発だと分かってはいる。本来ならここは小生意気な魔法使いではなく、発電所を守るべきことも理解している。

 だが発電所へ向かう男を追いたくてもファイアーボールが邪魔して出来ないのだ。ならばまずそれを速攻で除外してしまうべきだろう。

 

「分かったよ! ブッ殺してやらァ!!」


 ガリィがファイアーボールの包囲の中で唯一残されていた前方へと跳んだ。

 自分より年下の思惑通りに動くのは癪だったが、その思い上がりを後悔させてやろうと間を詰めながら両手に短刀を握りこむ。

 

 ガシッ!

 

 ミューの喉元を狙った剣先がバリアにピンポイントで阻まれる。

 

 ゲシッ!

 

 間を置かず横腹を狙って薙いだ剣筋もガードされた。

 

「はっ! ファイアーボールの連発から即座にバリアを展開出来るたぁ、さすがはヴリトラのミューだなァ!」


 言葉ではミューの非凡さを褒めるも、ガリィの頭の中では予想していた展開通りだった。

 相手が接近戦へ誘う以上、魔法障壁の準備は当然である。一発で仕留められるとは思っていない。

 

「でも、こいつはどうよ!」


 ガリィが右へ跳ぶ。釣られてミューもまたそちらの方へ視線を送るも、既にそこにはガリィの姿はない。


「動きについていけないのは致命的だぜェ!」


 素早い動きでミューの死角へ入ったガリィが短剣を突き立ててくる。

 

 ガツンッ!

 

 が、それもまたバリアで阻まれた。

 ただし今度は攻撃した部分をピンポイントでガードするバリアではない。身体全体をぐるりとカバーするフルバリアだ。

 

「あんた、あの大賢者ミネルバの後継者だけあって魔力は相当なもんだナァ。でもよ、それでもフルバリアは結構魔力を喰らうみてぇじゃねぇか、ええ!?」


 魔法のことはほとんど知らないガリィであるが、生まれもっての魔法抵抗力のおかげで、使われる魔法がどれだけの威力を持っているのかが感覚的に分かる。

そして威力が大きければ大きいほど、消費する魔力も大きいだろうことはおバカなガリィにも容易に想像出来た。

 

「とっとと魔力切れにさせてもらうぜッ!」


 死角へ移動し攻撃するガリィ。

 それを必死のフルバリアで食い止めるミュー。

 ガリィの体力とミューの魔力、どちらかが先に尽きるかの戦いだが、図らずしもふたりの考えは一致していた。

 

「……これは本格的にまずいですね。これほどまでのスピード馬鹿だとは思ってもいませんでした」


 身のこなしからガリィがスピードに自信を持っているのは分かっていたが、それでも魔力で目を補強した状態でも動きに追いつけないのはミューにとって想定外だった。


 とりあえずファイアーボールでガリィをこちらに引きつけ、あとはひたすら防御に徹して発電所の復帰を待つのがミューの立てたプランだ。

その為に必要な魔力には自信があった。


 だけどフルバリアの連発は完全に計算外。たまに動きについて行けずやむえず発動は考えていたものの、ここまで翻弄されるとは全くもって不愉快極まりない。

 

「むぅ。仕方ありませんね。おばあ様のアイデアは使いたくなかったのですが」


 あと残りわずかしか発動できないフルバリアを使ったところで、ミューは覚悟を決めた。

魔法抵抗力の高いガリィのことだ。きっと戦闘不能にはなっても死は免れるだろう……多分。

それを期待しつつ、ミューは密かに魔法陣を描き始めた。

 

「ねぇ、ミューお姉ちゃん」


 そのミューの服をくいくいくと引っ張る存在がいた。

 アルンだ。すっかり忘れていたが戦闘中、ずっとミューのいい付けを守って彼女のショートパンツから伸びる生足にぴったりと引っ付いていた。

 

「ミューお姉ちゃんって風の魔法が得意なんだよね?」

「え?」

「だってファイアーボールと比べたらウィンド・バインドの方がずっと上手いもん」


 言われてミューは驚いた。

 確かにミューは風属性の魔法の扱いには自信がある。比べて火属性はやや威力のコントロールに難があることを自覚していた。

 でもそれはミネルバにも話していない、ミューだけの秘密だ。

 

「だからね、ぼく、ここは火の魔法より風の魔法の方がいいと思う」


 アルンがそう言うやいなや、ミューが描いていた魔法陣の術式コードがあっという間に描き替えられる。

 その術式を見て、ミューはさらに驚いた。

 

「え、なにこれ? これだと魔法が私に?」

「そう、まずはこれを使うんだー」


 慌てるミューをよそに、アルンが勝手に魔法を発動させてしまった。

 本来は標的に向かう風が、組み込んだ術式の命令に従ってミュー自身へと逆巻く。竜巻で相手を吹き飛ばす魔法だ。しかし、その標的が術者本人となった場合、当然吹き飛ばされるのはミュー自身ってことで……。

 ミューはぎゅっと体を強張らせ、目を閉じると衝撃に備えた。しかし。

 

「ぎゃあああああ!! なんだこれェェェ!?」


 悲鳴を上げたのはミューではなく、ガリィの方だった。

 恐る恐るミューが目を開くと、そこには自分を中心に風が吹き荒れている。その風の発生を知らずに死角から飛び込んだガリィが、まるで竜巻に飲み込まれた案山子のようにぐるぐると、ミューの周りを振り回されていた。

 

「……すごい。こんな使い方があったんだ……」

「うん。これならバリア代わりにもなるから便利でしょー?」


 にっこりと笑うアルンを、ミューは何とも複雑な表情で見下ろした。

 見た目とは違って物凄い魔力を秘めた魔法使いなのは、先の巨大魔法陣で思い知らされた。だけど実はそれだけではなく、魔法そのものにもここまで熟達した知識を持っているとは……。

 

「おねしょぷにぷに星人、恐るべし」

「え、ミューお姉ちゃん、何か言った?」

「ううん。なんにも。それよりこれでなんとかなりましたね」


 目の前でぐるぐると竜巻に翻弄され続けるガリィを見て、ほっと一息つくミュー。

 危ないところだった。あのままでは死ぬかもしれなかったし、死なせてしまっていたかもしれない。どちらに転んでもあまり嬉しくない結果だったのは確かだ。


 それをこうして回避できたのは本当に良かった。

 まぁ、ひたすらぐるんぐるん振り回され続けるガリィは気の毒ではあるけれど。

 

「ううっ。ぎもぢわりぃ……って、わ、ちょっと! ちょっと待てそれはぁぁぁ!」


 そのガリィが突然大声を出して慌て始めた。

 見ると全身を覆っていた銀狼の毛皮が風に煽られて今にも脱げそうになっている。

 

「あれ、狼さんって本当は人間なの?」

「気付いてなかったんですか、アルン君?」

「うん、全然。しかも女の人だったんだぁ!」

「え?」


 言われてミューが視線をアルンからガリィへと戻すと、すっかり上半身の毛皮がめくれ、中から何故かおっぱい丸出しの十代半ばと思われる女の人が……。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ! お前ら、見るな! 見るんじゃねぇ!」

「ウソ。私よりちょっと年上の女の子じゃないですか!」

「ぐああああああああ! お前ら絶対殺す! あとで絶対殺すからなぁぁぁぁぁぁ!」


 絶叫と共に毛皮が全て脱げてしまい、その反動からかガリィが竜巻からすっぽんぽーんと外へ吹き飛ばされてしまった。

 呆気に取られて見守るミュー。空高く吹き飛ばされたガリィ。その背後の空にキラリと光るものが見えた。

 

「え?」


 ミューがごしごしと両目を手のひらでこする。そしてもう一度目を凝らして空の向こうを見つめる。

 飛行機が一機、西の空から飛んで来るのが見えた。

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