第10話:銀狼傭兵団

「うげっ!」

「なんじゃこりゃ!」


 つむじ風が襲い掛かった草むらから次々と男たちの悲鳴が聞こえてくる。

 さっきまで息をひそめてアルンたちをじっと見つめていたのがウソのようだ。

 

「アヴァーゼンも非道なことをされますね。お昼過ぎにはヴリトラに核爆弾が落ちるというのに、まだ待機させられていたなんて。この辺りも爆弾で吹っ飛ぶんですよ」


 怖いことをさらりと草むらの向こうへ投げかけるミュー。もっともその口ぶりはそんなことはさせないと強い確信に満ちている。どんな困難なことであろうともやるからには根性を据えて自信満々に挑んでみせるのが、ミネルバ譲りのヴリトラ魂だ。

 

「まぁ邪魔さえしなければ皆さんも助けてあげますので、大人しく見ていてくださいね」


 太陽はまだ天頂に達していない。残された時間はまだ余裕があるはずだ。それでもことがことだけに、ここは簡単に切り上げて、バーンにはさっさと作業に入ってもらいたい。


 ミューは杖の先を地面に向けた。魔法陣が地面に展開していく。軽く地面が揺れる。その揺れで偽装していた蓋が落ち、次々と目の前に落とし穴が顔を覗かせた。

 

「さぁ、行きましょう」


 落とし穴を避けつつ、ミューはアルンの手を引いて前へ進む。目指す発電所はもうすぐそこだ。

 

「おい、嬢ちゃん。ちょっと待ちな」


 そこへ草むらからもごもごと体をくねらせ、横たわりながら出てきた男が声をかけてきた。

 両腕を身体ごと、両足を足首あたりで、何かに縛られたようにぴったりと合わせている。いや、縛られたように、ではない。実際、何か透明なもので実際縛られているのだ。

 風の拘束ウィンド・バインド。それが草むらへ放った魔法の正体だった。

 

「あんた、何か勘違いしてるぜ」

「勘違い、ですか?」

「そう。俺たちはアヴァーゼンじゃない」

「ああ。そうだったんですね。じゃあ盗賊か何かですかね」


 まぁ、どちらにしろミューは関心がなかった。アヴァーゼンだろうが、物取りの盗賊だろうが、とにかく邪魔さえさせなければいいだけのこと。

 

「それでは先を急ぎますので」

「あ、おい、ちょっと待てって!」


 待たない。何故ならミューは早く核爆弾からの脅威から街を解放し、そのあと存分にアルンのほっぺをぷにぷにしたいからだ。

身体中の筋肉が悲鳴を上げるこの痛みから解放されるには、あの極上のぷにぷにしかないとミューは確信している。

 

「俺たちの正体は――」


 男が歩き行くミューの背中にむかって大声で話しかける。

 

「――銀狼傭兵団だ!」


 不意に真上から、先ほどまでとは違う声が聞こえた。

 

「くっ!」


 見上げて確認する暇なんてない。ミューは咄嗟に魔法障壁バリアを頭のすぐ上に張る。

 ほぼ同時にバリアがギギギギッと金属同士が削りあうような不快音をあげた。

 

「ははっ! 完全に不意を突かれながら魔法で防ぐとはなかなかやるじゃねーか!」


 バリアに不意打ちを阻止された襲撃者が、障壁を蹴り上げて軽やかに宙を舞う。

 その様にミューは言葉を忘れ、アルンはたまらず「ふわぁ」と感嘆の声をあげた。

 ようやく視界にとらえた襲撃者の銀色に光り輝く毛並み、それはまさしく狼のもの。まるで夜空を駈ける流れ星のように鮮やかな軌跡を描いて、狼はミューたちから数メートル離れた所へ音もなくふたつの足で着地してみせた。

 

「すごい! 二本足で立つ狼さんだよ、ミューお姉ちゃん!」


 思わぬ襲撃者にはしゃぐアルン。命を狙われているのは分かっている。が、それよりも相手が狼だという意外性の方が勝った。勝ってしまった。さすがはお子様。

 

「ミュー? そうか、あんたはミネルバの後継者って言われてるヴリトラのミューだな!」


 アルンの言葉を受けて、銀色の狼の毛皮にすっぽりと身を包んだ襲撃者がなるほどと頷く。

 

「大賢者の後継者が魔王の手下かよ! いいねぇ、面白いじゃねぇか。当代きっての魔法使い、しかも魔王のダークパワーによって強化されたあんたなら相手に不足はねぇ!」

「なんですか、魔王のダークパワーって? そんなの初耳なんですけど」

「俺は銀狼傭兵団の団長・ガリィ様だ。魔王軍四天王のひとり・美少女のミュー、いざ尋常に勝負しやがれ!」

「誰が魔王軍四天王ですか! それに奇襲をかけておきながら尋常に勝負しろっておかしくありません?」


 両手にナイフを握って構える襲撃者ガリィに、ミューはツッコミを入れながらも杖を両手に持ち直して応える。

 なお、美少女呼ばわりされた事には突っ込まない。だってそれはミューの中で真実だから。


「てか、そもそも銀狼傭兵団ってシンシュタクを本拠地にしてますよね。それがどうしてこんなところにいるんですか?」

「はっ、別に俺たちはシンシュタクの正規団ってわけじゃねぇ。依頼があれば世界中どこにだって行くぜ」

「なるほど。アヴァーゼンに雇われたわけですか。でも本隊は既に撤退していますよ?」

「ああ。確かに水力発電所を落とすようアヴァーゼンから依頼を受けたさ。が、今は別のクライアントから違うミッションを受けてるんだよ」

「別の依頼主?」

「そう、黄金帝国からあんたたちから水力発電所を守れってな」


 本当なら銀狼傭兵団も今頃は撤退しているはずだった。アヴァーゼンからはヴリトラを落とした後も契約を続けたいとの事だったので水力発電所に留まっていたが、それも失敗した今、残らなきゃいけない理由などない。


 が、朝早くに訪れてきた黄金帝国の諜報員が全てを変えた。

 依頼主は黄金帝国代表ジャック・バレンサー大統領本人。核爆弾の投下を既に決めていた大統領は、魔王軍が水力発電所の復旧にやってくるはずだから阻止してほしいと依頼してきたのだ。

 

「ったく、ジャックのクソガキめ、相変わらずいい勘をしてやがるよ」

「おばあ様、黄金帝国の大統領を知っておられるんですか?」

「ああ、あいつとは犬猿の仲でねぇ。物理学信仰者のあいつは何かとあたしゃの魔法科学をバカにしやがるのさ」


 そのくせヴリトラが魔王科学でバリアを張るのを危惧して備えるあたり、実に厄介な相手だ。

 

「おいおい、鳩のくせして人間の言葉を話すとはさすが魔王軍だなァ」

「ふん、あんただって狼のくせに言葉を話すじゃないか」

「はっ。俺をお前たちみたいなバケモノと一緒にするんじゃねぇよ。俺は立派な――」


 ガリィが言いかけようとして、結局口を閉ざした。

 ワクワクした目で見つめるアルンの視線に気づいたのだ。

 いくら情け無用な傭兵であっても、子供の無邪気な期待を裏切ることはできない。

 

「立派な何なんだい? はっきり言いな、狼男!」

「うっせぇ、狼男言うな! 俺は銀狼傭兵団団長ガリィ様だ! それ以外の何者でもねぇ!」

「開き直りましたね。さすがはへっぽこ傭兵団の団長様です」

「へっぽこだと! ふざけんな、謝罪して訂正しろ!」

「事実を言ったまでですが。ほら、そうこうしてるうちにバーンさんが発電所に入っていきますよ?」


 何ィと振り返るガリィの視線の遥か向こうで、バーンがぴょーんぴょーんと軽快に落とし穴をジャンプして発電所へと突き進んでいた。

 

「くそっ! 部下たちは何をやってやがるんだ!?」

「他の方々なら私の魔法で拘束済ですが?」

「ああ、そうだった!」

「……なるほど、よく分かりました。あなた、アホなんですね」


 どうしてこんなアホにウィンド・バインドを見切られてしまったのだろう。疑問に思いながら、ミューは背中を向けたままの標的へ再度魔法を発動させる。

 念のため、相手を拘束する為のつむじ風を先ほどの倍にして。

 

「ったく、仕方ねぇなぁ。こんな――」


 ガリィがゆっくりと振りむいた。

 

「しょぼい魔法にやられるなんてよォ」


 ガリィの両腕、その先が一瞬消えた。

 それだけでガリィに四方八方から襲い掛かったつむじ風があっさりと霧散する。

 

「……あなた、見た目と違って意外と魔法の心得があるんですね」


 ウィンド・バインドの便利なところは、魔法に馴染みのない者には見えないことである。一般人の動きを止めるにはこれほど便利な魔法はない。

 しかし、その一方で同業者にはほとんど効かない魔法でもある。軌道が見えれば避けることはそう難しくないからだ。

 

 ガリィはどう見ても魔法使いではない。それでも風の拘束から抜け出せたのは、おそらく尋常ならざる回避能力があるからだとミューは睨んだ。

 だからより多くのつむじ風で逃げ場がないようにしたつもりだが、目論みは外れてしまった。

 

「ふん、魔法なんか知らなくてもあんなつむじ風を切り裂くぐらいわけねぇよ」


 回避能力じゃない。魔法抵抗力――魔力を感知し、魔法を突き破る力がずば抜けているのだ。

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