第11話 出:コーヒー
あっという間に残りの半月も過ぎて、ついに退職の日がやってきた。宮野さんはその後もオフィスにはやって来なかったが、それは単純に年度末で本社の仕事が忙しかったのだろう。
東京に残ることにしたと言ったら、後輩は飛び上がって喜んだ後「え、なら余計に辞めないでくださいよ〜!」と、やっぱり悲しむことにしたようだ。
安藤さんに個別でお煎餅を渡すと「ほら、そうやって気を遣い過ぎるところ!」と怒られたが「気を遣ったんじゃないです、単純に安藤さんに貰って欲しかったから。」と反論すると「なら、まあ良いけど…」と、何故だかちょっと得意げな顔をしていた。
私がいてもいなくても良いこの環境… だけれどそれは、私がいなかったという事にはならないんだ。私は、確かにここで生きていた。
別れは寂しかったけれど、旅立ちの不安はなかった。
そんな私であるが、相変わらず体調は優れなかった。宮野さんと最後に会ったあの夜も、帰宅後に吐いてしまったのだ。そこで、ふと思った。宮野さんと会った日は吐くことが多いなと。もしかしたらコーヒーが体に合っていないのかもしれない。ここ最近は宮野さんが差し入れてくれる時しかコーヒーは飲まないから。
結論を出してしまうのはまだ早い、コーヒーが原因と決まったわけではないんだから。明日宮野さんと会ったら、暫く予定はない。明後日病院に行けば良い話だ…
会えない分、宮野さんとは他愛もない連絡を送り合うようになった。道端にたんぽぽが咲いていただとか、駅前のケーキが半額セールなのでご褒美に買っただとか、そんなことだ。どうでも良い内容なのに、世界中のどんなことよりも知りたい話で溢れていた。
そして、今私の心をかき乱していることがある。それは、宮野さんが指定した場所がなんと彼の自宅だという事だ。
「見せたいものの関係で… けど本当に無理強いはしないから!変なことも一切しません!誓います!でも嫌なら遠慮せず言って…ください。」
あり得ないと思いつつ、頭の片隅にあった「指輪のプレゼント」という選択肢を即行で削除した。他人にはあまり見せたくない物ということだろうか?正直最初のデートにしてはハードルは高いが、私にだけ見せたい何かがあるのなら、むしろ気になる。そんな訳でお家デートを承諾した。
髪は巻くべきか纏めるべきか… 少しお高めのパックを着け、明日の服をどうするべきか等々を逡巡していると、あっという間に時間が過ぎた。
この日が最後だった。
幸せな眠りにつけたのは。
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