第10話 出:見せたいもの
2人で並んで駅までの道を行く。手には向かいのカフェのコーヒーがある。私が化粧室に行っている間に宮野さんが買ってきてくれたのだ。いつもよりワンサイズ小さい、駅に着くまでに飲み干せるようにとの配慮だろう。何故こんなに気を回せるのか。人生3周目くらいなんだろう。
もう3月も半ばになろうとしていて、夜の寒さも和らいでいた。私たちの間の空気も、いつの間にか元通りになっていた。
「お酒、あんまり飲まれるイメージありませんでした。」
「本当?結構飲むよ、俺。あ、でも会社の皆にはオフィスで飲んでたの内緒で…」
あわあわする姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「言いませんよ。でもどうせ飲むなら、宮野さんにはお洒落なバーとかの方が似合う気がします。」
「…バーなんて、滅多に行かないな。そんな洒落た人間じゃないよ、俺は。」
少し顔が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。そうこうしていると駅に着いた。宮野さんは同じ路線で、私より2つ先の駅だった。車内は思いの外混み合っていて、必然的に宮野さんとの距離も近くなる。汗はかいていないだろうか、心臓の音が伝わりませんようにと願った。宮野さんが声を落として話し始めた。
「さっき俺、すごい失礼な態度だったと思う。ごめんなさい。偉そうにアドバイスしたけど、それが加賀さんをもっと苦しめていたらって考えだしたら止まらなくて。怖かったんだ…次に会った時、加賀さんが笑えていなかったらどうしようって。」
「考えすぎです。それを言うなら、急にあんな深刻な話をしだした私の方が悪いんです。それに結果的に、私は前よりずっと元気ですし。」
「それなら良いんだけど。ああ、こんなことならビビらず会いに来ればよかった。加賀さんと過ごせる時間ももう無いっていうのに。」
「その事なんですが、私引っ越すのやめました。会社は辞めますが、東京でやりたい事探してもう少し頑張ってみようと思います。まあ、東京に残るからって宮野さんとお会い出来る口実は、私には無いんですが…」
宮野さんはポカンとした顔をして暫くそのまま動かなかった。
「え… えっ!! うそ、そっか!! そっか… うん、うんうん!応援するよ! 口実なんてそんな… 愚痴聞きでも転職の相談でも… デートでもっ!俺はいつでも時間作りますから。」
あんまりにも幸せで、怖気付いてしまいそうだった。この甘い雰囲気が久しぶりで、どうして良いのか分からない。しかしタイミングよく、次は私が降りる駅だった。
「そう言って頂けると、嬉しいです…」
「…あのさ、加賀さん。退職って今月の25日だったよね?それ以降って何か予定入ってる?」
「いえ。25日に送別会を開いてもらう予定で、それ以降は特に何もありませんよ。」
「じゃあ翌日の26日、良かったら俺に時間くれませんか?話したい事と、見せたいものがあるんだ。」
「もちろん、喜んで。」
貴方の話したいことと、私の聞きたいことがどうか同じでありますように。
ところで…
見せたいものってなんだろう…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます