第3話 出:失踪事件
宮野さんとの打ち合わせと称したお茶会は、正直とても楽しかった。仕事の合間に軽く会議の進捗を伝えてもらうだけの日もあれば、昼休憩に話がてらランチをご一緒する日もあった。初めのうちはお互い真面目に意見を出し合っていたが、回数を重ねるうちにネタが切れたのか、徐々に脱線が増えていった。
「え!加賀さんってS町に住んでるんだ!俺N町だから隣だね。」
話し方が大分フランクになったなあ。まあ歳は向こうが3つ上だし文句はない。敬語がデフォルトの男性って紳士的で好きだけれど、これはこれで距離が縮まった感じがして悪い気はしないな。毎度向かいのカフェのコーヒーを買ってきてくれるのもポイントが高い。あそこ人気で結構並ぶのに。
「あれ、宮野さんって埼玉にお住まいだって聞いた気がしたけど、勘違いでしたかね。」
「そうなんだけど、引っ越したの。もう4ヶ月くらいになるかな。」
隣町に4ヶ月…自然と失踪事件の事を思い浮かべた。事件は相変わらず解決していなかった。失踪者は先週また1人発覚し合計で4人、全員が女性だ。明確な失踪日はわからないが、おそらく毎月の月末頃に1人ずつ失踪している。そのうちの1人が友人に「バーで知り合った男がしつこくて困っている」と相談していたという。しかし失踪女性が性に対して奔放で、警察は男の特定に難航しているようだ。
「どうしたの?」
「へっ!?」
急に顔を覗き込むものだから飛び上がってしまった。別にここで事件の話題を出すのは変な流れではなかったが、楽しい雰囲気を壊したくなかったので飲み込むことにした。
「いえ、別に何も。話し合いの場でぼーっとしてしまって、すみません。」
「いえいえ!こっちこそ。疲れてるのかな?引越しの準備とかもあって大変だもんね。話も大分脱線しちゃったし、この辺にしておこうか。今日も有り難うございました。」
なんて事だ。場を暗くしないための誤魔化しが、かえってこの場をお開きにさせてしまった。まだ話したいと駄々をこねるのは可愛げがあるのか、みっともないのか。人によりけり…宮野さんにとって、今の私はどちらに分類されるのだろう。お近づきになりたいという言葉は本心なのだろうか。
「そうですね、宮野さんもお忙しいでしょうし。こちらこそ、お時間を作って頂いて有り難うございました。コーヒーも美味しかったです。」
帰宅して、テレビを点ける。勇気が出なかったのは本当だが、疲れているというのもまた本当だった。ここ最近食欲が湧かない。何か変なものを飲み食いした記憶はないし、働き過ぎということもない。今日もずっと胃がムカムカしていた。自分ももうアラサーだ。夜遅くまでのスマホ弄りで自律神経が乱れたのだろうか。酷くなるようなら病院へ行こう…
そういう訳で今夜はコンビニのおでんで済ませることにした。先程つけたテレビでは、ちょうどあの事件の事を取り上げていた。4人目の失踪女性の情報だ。
33歳OL独身。田舎の祖父母の介護を手伝う為にちょうど会社を辞めたタイミングだった。「引越しの進捗を尋ねても娘から返信がない」という母からの通報で判明した。何だか既視感のある状況だな…
「あ、私か。」
深くは考えないことにした。そうすれば迫りくる何かから逃げられる気がした。
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