第2話 出:くしゃっとした笑顔

 「宮野さん、お疲れ様です。そうなんです、3月いっぱいで。今まで大変お世話になりました。」


 平均年齢の高めな職場でいきなりのイケメンはドキリとしてしまう。普段は挨拶を交わすだけで話すことなどほとんど無い。色白で、スポーツを何かしらやっていたのだろうなと思わせるスーツ姿が様になる体つき。襟足は刈り上げで前髪は男性にしては少し長めだけれど清潔感のある黒髪。今日はボルドーのネクタイがよく似合っている。ドット柄かと思ったがよく見るとネコの形をしている。狙ってやっているのだろうか。


 「残念だなあ。ちょうど新しい部署の立ち上げの関係でこっちに顔を出すことが多くなるのに。これを機に加賀さんとお近づきになろうって企んでたんだけど。」


 新しい部署の話は聞いていた。何でも時代に乗り遅れてはならぬと、SNSに特化した部署をうちに作るのだそうだ。それはそうと、この人は今何と言った?


 「またまたぁ。私もこれから宮野さんと沢山お会いできるって知っていたら辞めなかったんですけどね。」

 

 平静を装ったつもりだが、声が上ずってはいなかったか。セクハラだと糾弾するつもりは毛頭ないが、かと言って間に受けたとも思われたくないお年頃だ。


 「かわされちゃったか。けど、加賀さんとお話ししたいのは本当です。」


 彼が言うには、新部署の立ち上げに関する意見を募っているのだそうだ。


 「立ち上げるのは良いけど、ほら、うちの社長少し考え方が古いじゃないですか。新部署のメンバーも古風な方々ばかりで、スタート前からヒヤヒヤしてるんですよ。」


 企業の公式SNSアカウントが問題発言をしてしまうというのは今の時代ならではの失態だろう。その拡散力たるや。そこで若い目線から予め「アウトなライン」というのを提示しておきたいということらしい。


 「お力になりたいのは山々ですが、私は去っていく人間ですし…」


 「そこは問題ないです!むしろ気兼ねなく問題点を指摘できるんじゃないかと。でも今は引き継ぎとかもあって大変ですよね。だから、ちゃんとした会議の場に参加してほしいってわけじゃなくて、お互いの時間が合う時に軽くお話し聞けたら良いなあ、なんて。」


 引継ぎは順調に進みすぎて最早ほぼ完了していると言ってもいい。そして、私から引き継いだ仕事に慣れるのに他の若い世代はてんやわんやの真っ最中だ。つまり、若者の中で唯一暇なのがこの私なのだ。おじさん方との会議も、書類の作成も必要ない、ただ時たま現れるイケメンと話をすればいい。…断る理由がなかった。


 「私で良ければ…」


 「加賀さんが良いんです!恩に着ます!」


 あ、笑うと顔がくしゃっとなるタイプの人だ。好きだなあ。いやいや、好みの話であって、彼個人の話ではない。もうすぐ会わなくなる人だし。そんな脳内一人ツッコミを繰り広げていたのを覚えている。


 この時に断っていればよかったんだ。

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