第29話 秘密は事前にわからない
「私の見立てが甘かったと反省しております。申し訳ありません」
由紀子さんはそう言って頭を下げた。
今、オレと玲香は秋山の病室に来ている。あの戦闘の翌々日だ。
「それは仕方ない。未知のトリプルDが出現した。しかも予想の二倍近い出力だったからな」
「昇竜とかいう名前だったな。くっそー。次は負けない」
「お前は黙ってろ。戦術と対策は本部に任せる」
「そんな。ボクにやらせてよ」
「駄目だ。危険な目には合わせられない」
「ケチんぼ」
玲香は不貞腐れた顔でオレを睨んでくる。あの敗戦が、相当腹に据えかねているようだ。そこに由紀子さんが口を挟む。
「玲香さん。複数で囲んで対処しないと倒せませんよ」
「そうかな?」
「そう。恐らく、玲香さんの行動を先読みされていたのでは?」
「そうなんだよね。ボク、こんな経験は初めて。殆ど全部、先手を取られたんだもん」
そうだ。
玲香は勘が鋭い。先読みして圧倒するタイプだった。
その玲香が手玉に取られたのだ。
「多分ですが、トリプルDそのものを義体化していたのではないでしょうか。DDシステムの拡張を行っている。さらに、五感も四次元化することで、少しですが時間の先読みができるようにしているのではないかと思います」
「そんな事が可能なの? ボク、信じられないよ」
「理論上は可能だと思いますよ。実際、義体化して実現できるかどうかはわかりませんが、そう推測するのが合理的だと思います」
玲香は、由紀子さんの指摘にも納得がいかないようでムスっとしたままだ。
「元々ネルソンがそういう能力を持っていたと考える方が自然なのではないかな。オレも何度か義体に精神移植をしたが、先が見えることはなかった」
「そうなんですね、斉藤大尉。では、ワープしている時はどうですか? お兄さま」
突然話を振られた秋山は首を傾げている。
「そうか次元昇華させればあるいは……四次元化しているから先は見通せるかもしれない。しかし、そんな感覚は経験してないな……」
首を振りながらぼそりと話す秋山も、その先読みに関しては未経験らしい。
「ここで議論しても結論は出ない。今の話も含めて全部報告しておく。後は司令部に任せるしかない。ところで秋山、お前、復帰するのか」
「ランスには乗りませんが、復帰しますよ。トリプルDに乗せてもらえるよう申請するつもりです」
「じゃあ、ボクの部隊においでよ。ビシバシしごいてあげる」
ゴツン。
また玲香の頭に拳骨を食らわせる。何でこいつはこうも馬鹿なんだろうか。
「ランス搭乗員はトリプルDとの相性がいい。お前は不要だ」
「いてて。そんな~」
「まあまあ。軍に入った時、基礎訓練でトリプルDを操縦したんですが、その時の成績はA+でした。教官が良い人でしたからね」
「その教官って?」
「三笠少尉でしたね」
「三笠って誰?」
ゴツン。
この馬鹿娘は何回鉄拳を喰らえば気が済むのだろうか。
「痛いよ。また殴るんだから」
「お前な。三笠はオレの旧姓だ。ウチの隊に入った時に話してるだろ」
「そうだっけ?」
「そうだ。上官の基本情報だぞ。覚えておけ」
「はーい」
玲香は頭をさすりながら、恨めしそうにオレを睨む。
「まあまあ斉藤大尉。その位にしてあげて下さい。玲香さんは天真爛漫ですわね」
「えへへ~。美少女に褒められちゃった。にゃはは」
「褒めてはいませんよ」
「え。やっぱり?」
「ええ。でも玲香さんのそういうところが可愛らしくて素敵ですわ」
「今度は褒めてくれたの?」
由紀子さんが頷くと彼女の手を取り頬ずりする玲香だった。
「ありがとう。美少女は性格も美少女だね」
「褒めていただいても何も出ませんよ」
「ボク、こうして手を握ってるだけで幸せなんだぁ~」
「そろそろ行くぞ。秋山、邪魔したな」
「お気をつけて」
まだ由紀子さんの手を握りしめている玲香を引っぺがし、病室から出ていく。ドアの外には制服の警官が二名いた。秋山の警備だろう。
ロビー周りは銃撃の跡が生々しく残っていた。割れたガラスは片付けてあったが、ガラスの有った部分はブルーシートで覆ってある。外には軍の地上部隊が展開していた。
パワードスーツ部隊同士の銃撃戦があり、病院にも何発か流れ弾が当たったという事だ。非戦闘員にけが人は出なかった事は幸いだった。秋山の警備は地上軍と警察の管轄となり、WFAへの対処は地上軍特殊部隊の担当となった。
オレ達は急いで報告書をまとめなくてはいけない。WFAの情報と未知のトリプルD〝昇竜〟の情報をなるべく詳細にだ。
駐車場へ歩いて向かう途中で玲香がぼやく。
「報告書作るのめんどいな」
「それも仕事だ。サボるなよ」
「分かってるよ。ちゃんとやるから」
「ならいい」
「ねえねえ。イケメン様と美少女様の事、書き綴っていいかな? あの二人に対するボクの純粋な愛を語りたいんだ」
「書きたければどこかの小説投稿サイトにでもアップしとけ。個人情報と部隊情報が含まれなければかまわん」
「じゃあ。一生懸命ボクの愛を綴るよ。ウフッ。ワクワクしてきた」
「ただし、報告書が終わってからだ」
「先に書いちゃダメかな」
「ダメだ」
「ぶぶぶー」
露骨にむくれる玲香だったが、これも彼女の平常運転だ。
基地に戻ったオレ達を待っていたのは新しい護衛任務だった。衛星軌道上で、新型の小惑星破砕兵器を建造中だという。報告書は今日中に仕上げなくてはいけない。休暇を取る間もなく、オレは玲香を連れて衛星軌道上に向かう事となった。
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