第21話 突入、そして霊界へ

 翌4月12日。


 俺たちは陸攻で敵の機動部隊へと向かっている。敵機動部隊に接近中との報を受け、陸攻の床が開いた。強風が吹きつけてくるが、構わず桜花のコクピットに飛び乗る。風防を閉めシートベルトを締める。そして鉢巻きを締めゴーグルを装着した。

 陸攻は左に大きく旋回している。敵戦闘機の攻撃を回避しているのだろう。


「俺を切り離して身軽になれ」

「まだだ。まだ見えない」


 敵機より銃撃を受けている。機体に被弾する音が聞こえた。

 陸攻が水平飛行に移った。その際、電信音での合図があった。


「日熊少尉。行け!」


 機長の声と同時に懸架装置が爆砕し桜花は投下された。

 一気に300メートル降下する。陸攻は敵戦闘機の銃撃を受け火が出ていた。俺はロケット三基に点火し最高速を出す。急降下しながら吹かしたので速度は時速900キロメートル以上になった。ロケットは10秒ほどで燃料を使い果たし停止する。後は滑空して突入するだけだ。


 見えた。機動部隊。敵空母が真正面に横腹を見せていた。

 山中中尉は良い仕事をしてくれた。俺の周囲に弾幕が盛んに炸裂する。しかし、俺は止まらない。


 俺はそのまま敵空母に突っ込んだ。


(アイリーン)


 そうか。

 

 アイリーン。

 彼女はまだ待ってくれているのだろうか。


 俺は秋山辰彦。過去の日本で特攻隊員として戦死した。



 

 白い光に包まれている。眩しくはない。暖かい光だ。そう、次元跳躍航法の時に感じるそれと似ている。


 ここは何処なのだろうか。記憶が混濁している。

 俺は確か……そう、そうだった。太陽系外から迫る小惑星を破壊する為の特攻兵器に乗ってそれを破壊した。強力な核爆発の影響で霊体まで損傷したんだ。それから……桜花に乗ったのか。真っすぐに突っ込むだけの馬鹿野郎は今も昔も変わっていないようだ。


 アイリーン。


 彼女はどうしている。俺が帰っていないことでまさか……。


「彼女は大丈夫よ。貴方が帰ってくると信じているわ」


 声がした方を向く。そこには細身で背の高い女性がいた。彼女は純白のドレスを着ていた。一瞬アイリーンかと思ったのだが、彼女は褐色の肌をしていて、黒髪で長髪だった。クレオパトラがいればこんな容姿であっただろうかと、ふと思った。




「あら、あのクレオパトラと比較されるなんて、光栄ですわ」

「あ、考えただけで伝わってしまうのですか?」

「ええそうです。ここは霊界ですから、想いがそのまま伝わるのです」

「ここは霊界ですか。そうか。俺は死んだんだな」

「まだ、死んでいるわけではありませんよ。少し事情があって、こちらに来ていただいているのです。私はウルファ。守護天使をしております」

「え? あなたが俺の守護天使なのですか?」

「まさか。アイリーンの守護天使ですよ。ほら、雰囲気似てるでしょう?」


 確かに、褐色の肌以外はよく似ていた。長身ですらりとした体形と、ややきつめの目元もアイリーンそのままだった。


「本人と守護天使って似ているものなんですか?」

「ええそうです。貴方の守護天使なんて、本当にそっくりよ」

「俺にもいるんですか?」

「はい。すべての人に守護天使はついています。貴方にもね」


 驚いてしまった。俺にも守護天使がいるのか。心の奥から、暖かい何かが湧き出てくるのを感じる。そうか、俺にも見守ってくれている天使がいたのか。まさか、守護天使とは過去の自分自身なのか?


「よく気付かれましたね。その通りなのです。」

「では俺の守護天使とは……先ほどの日熊、日熊次郎ではないのか?」

「ご名答」


 飛行服と飛行帽を被り、その上から日の丸の鉢巻きを締めた俺そっくりの男、日熊次郎がそこにいた。


「いつの間に?」

「さっきから居たさ。君が気付かなかっただけだ」

「そうよ」


 ウルファも笑っている。


「霊界では、意識を向けていないものは見えないの。近くにいても、お互い触る事さえできないわ」

「そうなのか。それで、守護天使という事は、俺の人生をずっと見てきたんだな」

「ああ、見てきたよ」


 俺の無鉄砲な行動をずっと見られていたのかと思うと、急に恥ずかしくなった。


「恥ずかしがることはないさ。勇気のある立派な行動だよ」

「そうね。尊敬できるわ」

「ありがとう。ところでいつもその服を着ているのか?」

「いや、今日は特別さ。あの時の記憶を再現したからな」

「桜花の……」

「そうよ。唯一、特攻で正規空母を沈めた英雄として靖国に祭られているわ」

「ああ」

「やはりその時に命を失ったのか」

「当たり前だ。あれで生きてる奴なんていないだろう」

「陸攻のみんなは? 平田は?」

「全員戦死した。ぎりぎりまで桜花を抱いたまま飛んだからな。発射後に炎に包まれて爆散した」

「そうか。そうだったな」


 過去の自分の記憶。そうか、ゆっくりと落ち着いて思いだせば甦ってくる。少しずつだが思い出す。それは戦士の記憶だった。



※1945年のエピソードには創作が含まれており史実とは異なります。

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