第19話 最後の出撃
精神移植は終わった。いつものような不快感を味わう。全身に、砂が混ざっているようなザラザラとした不快感。何度体験しても消えないこの気持ち悪さに慣れる事はないだろう。
しかし、俺はこの義体に入った時の不快感は必然だと考えている。
必然、いや違う。神の摂理とでもいうべきであろうか。
人が人として生きる事、それは、肉体の中に精神が宿る事。これが本来の姿なのだ。機械の体で生き続けることなど、永遠の不快であり永遠の苦痛なのだ。これは人が生きる事、すなわち、魂の解放とその喜びとは正反対に位置するんだと思う。
軍医の診察を終え、個室に戻る。そこにはアイリーンが待っていた。
「時計は?」
「ああ、しっかりとねじ回して、俺の左手に着けてあるよ」
「回し過ぎると壊れるって聞いた」
「分かってる。20回しか巻いてない」
「そう」
「もし、俺が帰ってこなかったら、毎日20回ずつ巻いてくれ。その音を頼りに必ず帰って来る」
「そんなこと言わないで。考えたくもないわ。でも、きっとそうする。毎日ねじを巻くわ」
「ああ」
俺はアイリーンをきつく抱きしめた。
「キスして」
「ああ」
義体でキスしても、俺はほとんど感じることはない。しかし、彼女はこんな体でも慈しんでくれた。
24時間後、俺は核搭載型ランスの操縦席に座っていた。
「発射1分前」
AIのヴァンティアンがカウントダウンを始める。
ヴァンティアンとはフランス語で21。今回の出撃が21回目なのでそう名付けた。
「59……58……57……」
「ヴァンティアン。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
こいつは律儀にカウントダウンを省略して俺に挨拶をして来た。
カウントダウンが再開される。
「49……48……47……」
「秋山中尉、頼むぞ」
「分かっています。お任せください」
「健闘を祈る」
「了解」
山崎艦長の表情も硬い。今回の新装備がどう影響するのか不透明なのだろう。公式発表では、成功率は75パーセントとされている。
「40……39……38……」
「秋山。今回だけは逃げても文句は言わんぞ」
いつもの減らず口は相棒の宮地大尉だ。
今回、バックアップの機体は無いので暇なのだろう。
「35……34……33……」
「秋山中尉。落ち着いて。必ず帰ってきて」
アイリーンは緊張した声で話しかけてくる。
「大丈夫だ。緊張はしてない。お前の方こそ緊張しているんじゃないのか?」
「そんなことない……」
そういうアイリーンの背中を艦長が小突いている。
「22……21……20……19……」
「目標まで進路クリアです。何も障害はありません」
この電探の報告は何時も頓珍漢だと思う。クリアでなければ発進許可は下りないのだが、まあ、報告義務があるので仕方がないのだろう。
今日はいつもより落ち着いている。
「5……4……3……2……1……0」
「ランス発射」
強烈なGがかかり、シートに体が押し付けられる。いつもの様に視界が真っ暗になる。
「プラズマロケット点火しました。速度110……120……130……140……」
AIのカウントを聞きながらアイリーンの顔を思い出す。これで最後にする。今まで思ってもみなかった引退という言葉が頭をよぎる。
「核融合ブースト起動しました。加速Gにご注意ください」
加速度アラームが鳴り響く。この仕様は心構えをするだけのものだ。他に意味はない。
「速度300……350……400……450……500……ブースト第二弾起動しました。速度……550……600……」
まさにキチガイの加速だ。ここから先の経験はない。
アラームの音は鳴り響き、頭痛もして来た。
「750……800……850……900……ブースト終了しました」
視界が回復していく。いつもより加速時間は長かったが、特に問題はないようだ。
「秋山、加速終了。これより次元跳躍に入ります」
今回は通信報告の義務がある。より多くの情報を記録する為だ。
「次元跳躍航法準備開始します。現在座標確認。目標確認。跳躍最適化確認。最終コース確認しました。承諾どうぞ」
AIのセリフはいつもと同じだ。免責事項の文面が表示されるのだが、いつも通りに全く文面を読まず承諾をタッチする。
「次元跳躍航法、開始30秒前……29……28……」
「秋山、次元跳躍航法準備入りました。跳躍開始まで25秒」
報告義務というのも面倒なものだ。しかし、やる必要は十分にある。俺自身の精神データを必要としているのだから。地球を守るために、万一俺が失敗しても次に必ず成功させるために。
「15……14……13……12……11……10……9……8……7……6……5……4……」
「次元跳躍航法に入ります」
「次元跳躍航法開始します」
俺の報告の後にAIが報告する。高次元の美しい光。虹色に輝く光。先ほどまで感じていた義体の違和感は消し飛ぶ。しばし、暖かい幸福感に包まれる。
「三次元空間へ回帰しました。目標まであと25秒……24……23……22……21……20……」
「秋山、通常空間に回帰」
感覚が元に戻る。相変わらず砂の中にいるかのような不快感は消えない。
光学カメラがほぼ球形の小惑星を捉えた。
「小惑星の重心の再計算終了しました。修正の必要はありません」
「了解」
今回は予想と一致した。これで俺の仕事は無くなった。
「秋山、突入します」
「目標まで10秒……9……8……7……6……5……4……3……2……1……着弾しました」
この瞬間、霊体イジェクトが作動した。俺の眼前でランスが地面に食い込んでいく。まるでスローモーションを見ているようだ。直後、核が起爆する。強大な閃光に全身が焼かれるような感覚があった。俺の両手両足は無くなっていた。霊体が破壊されたのは間違いなかった。
小惑星が数個の破片に砕かれたのが見えた。
もういいだろう。これで最後にしよう。
こんな状態で元の体に戻れるのだろうか。そんな不安を感じながら、俺はこの作戦を最後にランス搭乗員を引退する決意を固めた。
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