第18話 時計の鼓動は魂の道標
翌日の午後、俺はシキシマに着任していた。
艦長に挨拶をし、割り当てられた個室へと向かう。部屋へ入るとそこでアイリーンが待っていた。手に持っていた何かを体の後ろへ隠す。
「どうしたんだい。アイリーン」
「今回も出撃するんでしょ」
「ああそうだ」
彼女は頬を赤く染め俯いている。
「どうした。具合でも悪いのか?」
「悪いかも。今、すごく緊張してる」
「熱はないか?」
俺が額に手を当てようとすると、その手を払われた。
「病気じゃない。でも病気かもしれない」
「意味が分からないよ。どうしたんだい」
「これ」
そう言って、体の後ろに隠していた小さい箱を差し出してきた。
「プレゼント?」
「うん。開けてみて」
丁寧に包装してリボンがかけてあるその小箱を受け取る。リボンを解き包装紙を剥がして中身を確認する。そこには300年前の機械式腕時計が入っていた。
「こ、これ、スピードマスターじゃないか。え。マジ。本物? 嘘だろ」
「マジ。本物よ」
「え。いいいいのか。いいのか。貰ってもいいのか。高かっただろ。これ、すごい値段だぞ」
「辰彦、落ち着いて」
アイリーンは俺の左頬にキスをした。
「あなたがそんなだから、私、緊張が解けちゃった」
それで緊張してたわけか……自分の手が震えている。これは緊張なのか、興奮なのか、訳の分からない高揚感に包まれる。
「由紀子さんから聞いたの。辰彦が欲しがっているのはそれだって」
「ああ、そうだった。そうだったんだ。最近は任務の事で頭が一杯になってて、すっかり忘れていたんだ」
自分の好きなものを忘れていたなんてどうかしている。このキチガイじみた任務にどっぷりと漬かっているせいかもしれない。
「それをいつも身に着けていて欲しいの。出撃の時は何時も」
「え? ランスに搭乗する時は身に着ける事は出来ないぞ」
「馬鹿ね。生きている体の方に着けていて欲しいの」
「あ、そうか、気が動転しているな。出撃っていうから勘違いした」
「そう、こんな大事なもの持って行ってどうするの」
「すまない。いや、動転している、ははは」
「それはきっと、あなたが帰還するときの
俺はスピードマスターを手に取り、リュウズを回す。数回回すと秒針が動き出した。耳に当てるとチクチクチクとかすかな音が聞こえる。小さくて儚い音。しかし、精密で変わる事のない永遠のリズムが時を刻む。
「あなたの魂がこれを求めているなら、きっと帰って来ることができるわ」
俺は更にリュウズを数回巻き、それを腕に着けてみる。ベルトの長さは調整してあり、俺の腕に合わせてあった。そのままスピードマスターを見つめる。
戦艦の操舵士とは言っても高給取りではない。彼女の年収の半分、いや、それ以上の価格だったに違いない。俺はアイリーンを抱きしめた。
「アイリーン。ありがとう」
彼女は俺の胸に顔を埋めながら呟く。
「貴方が帰ってくるなら何でもするわ」
その健気さが俺の心を打つ。胸が熱くなってきた。
「ありがとう」
そう言いながら俺の胸にはある言葉がよぎる。
『二十一回目に事故る』
これは、ランス搭乗員の間で囁かれているジンクスだ。必ず二十一回目に事故ると決まっているわけではない。何人も生還している。しかし、帰って来れなかった奴が三人いる。たった三人。されど三人。この三人が未帰還率を上げている。
統計的な数字ではない。偶然だ。俺はそう思っている。
しかし、アイリーンは違った。心の底から心配しているのだろう。だから彼女のできる精一杯の事をしてくれた。
もう一度、その時計を耳に当てる。
チクチクチクと心地よい音が響く。
この音を聞くためにまた戻って来る。
きっとそうなる。
そう信じて、再びアイリーンを抱きしめた。
その後、艦内の会議室に於いて、俺はもう一度レクチャ―を受けた。
大型小惑星破砕用核装備型ランス。
全長は1・5倍、180メートルになった。質量は2・5倍で、全重量は37500トン。あのキチガイじみた核融合ブースターを二段にして秒速900キロメートルを出す。キチガイの向こう側は何と言うのだろうか。
さらに、このキチガイに拍車をかたのが、このランスには劣化ウラン弾芯が仕込まれているのだという。概ね350トンの巨大なウラン弾芯と、それに
キチガイを通り越して何週も回っているかのような不可解さを感じるのだが、これこそがあの、巨大な小惑星を最短で破壊する策なのだ。
とにかく俺が突っ込む。上手くいけば数個の破片に砕くことができる。その破片の多くは地球との衝突コースから外れるという。失敗すれば、例の穴掘り作戦を実施する。地球まで約一か月の距離。穴掘り作戦は約三週間かかる。その期間を考えればなるべく遠い距離で破壊する方が得策なのだろう。
「秋山中尉。よろしいかな?」
「はい。問題ありません」
「ランスの操縦系は今までと同じでほとんどオートだ。ワープ後の最終弾道調整が君の仕事になる。加速時間が長いだけで他は通常の出撃と同じに設定してある」
俺は頷く。
俺に話しているのは技術士官の遠藤大尉だ。あの山本大佐の部下だという。
「山本大佐から聞いていると思うが、至近距離で核爆発の放射線と衝撃波を受けた場合、霊体にどう影響するのかは判明していない。これは前例がない」
「分かっています」
「通常と同じように無事に戻って来れると言う者、霊体にダメージを受け、最悪死に至ると言う者、両方いるのだ。霊体に関しては科学的な根拠や理論がまだまだ希薄だ。分かっていない事の方が多い。すまないがこの書類にサインをくれないか」
「これは?」
「今回、君が出撃した際の全データを研究用に提出し利用する為の承諾書だ」
「分りました」
俺は書類にサインをする。
「人体実験だと批判する者が出るだろう。しかし、我々は、地球を救う為の最も効率的な方法を模索している最中なのだ。その過程で得られるすべてのデータを記録し後の為に活用しなくてはいけない」
「勿論承知しております」
「秋山君。ありがとう。君の勇気には敬服する。お世辞ではない。本心からだ」
「大佐からも同じことを言われましたよ。よく似てますね」
「そうかもしれない。自分は技術畑だが、地球を守りたいという熱意は負けていないと思っていた。しかし、君の勇気は自分たちの想像の上を行く。感謝するしかないんだ」
「ありがとうございます。明日は必ず成功させます」
「ああ、頼んだよ。人類の未来は君の双肩にかかっている」
「大げさですね」
俺は笑いながらミーティングルームを出る。向かうのは医務室の中の精神移植専用の手術室だ。
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