第14話 抗う者たち
「テロリストは二人。一人はアサルトライフル、一人は斧を持っています。シャッターを破壊し侵入する目的だと思われます」
ミニョンの説明に俺達は顔を見合わせると、シャッタ―の脇に立っていたアンドロイドが口を開いた。彼女の名はフランソワ。綾瀬重工所属の金属製アンドロイドだ。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
目を点滅させながらフランソワが問う。しかし、ジャンは首を振りながらフランソワを制止した。
「残念だが、君はこの船のクルーではない。乗客の一人だ。さっきはサンドイッチの配布を手伝ってもらったけどね。フランソワと言ったね。君は、タツとユキ、この子たちと共に奥の倉庫に隠れていて欲しい。そして、この子たちを守ってくれ。私からの依頼はこれだけだ」
「貴方にこんなことをお願いするのは筋違いなんだけど」
ジャンとエミリの依頼にフランソワが頷いた。
「かしこまりました。私はこの二人の安全を第一に行動します。さあ辰彦君と由紀子ちゃん。倉庫へ隠れますよ」
俺たちはフランソワに連れられ、奥の倉庫へと入った。そしてドアはロックされた。そこは常温保管の食料品や作業用の工具、非常用の宇宙服などが整然と置かれていた。
「ミニョン。いい。安全になるまではロックを開けてはダメ。分かった?」
「承知しました」
エミリさんの命令にミニョンが応える。俺たちはアンドロイドのフランソワと共に閉じ込められた。
外からはシャッターを開けようとしているのか、ガンガンとシャッターを叩いている金属音が響く。
「お兄さま。今のままでは、あのお二人は殺されます。助けに行くべきです」
いきなり妹が無茶振りをしてくる。今は天才の方だ。
「助けるったってどうするんだよ。武器を持った大人に勝てるのか」
由紀子はにやりと笑ってフランソワを指さした。
「フランソワさん。貴方、本当は戦闘用アンドロイドですね」
しかし、フランソワは目を点滅させながら首を振る。
「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません」
しかし、由紀子はその返事を聞いてにやりと笑う。
「ほら。戦闘用」
「答えられないって。違うって事だろ?」
「あら。お兄さまはもうボケが始まっていらっしゃるのかしら。アンドロイドは嘘をつかないようにプログラムされています。一般の家庭用や事務用の個体であれば、今の質問はきっぱりと否定しますよ。ね、フランソワ」
フランソワは数秒目を点滅させてから返事をした。
「お答えできません」
ふうー、とため息をついた妹がフランソワに話しかける。
「今は非常時です。多くの人命を救うために貴方の力が必要です」
「状況は理解しております。協力は惜しみませんが、今は貴方たち二人の安全を確保するよう命じられています」
「そうね。でも、テロリストがこのドアを破って倉庫に侵入してきたら?」
「私が侵入者を押さえつけて拘束します」
「怪我をしないように?」
「そうです」
「複数なら?」
「両方を拘束する事は困難です」
「でも、貴方が戦闘モードになれば可能なんでしょ」
「お答えできません」
フランソワは目を点滅させつつ由紀子の質問に答えている。非常事態だとは言え、他人の所有するアンドロイドをここまで困らせるのはどうかと思う。
「困っているじゃないか。いい加減にしろよ」
「お兄さまは黙っていてください」
「お前な」
「まあいいわ。フランソワが拘束できるのは一人だけ。もう一人は私たちで何とかしましょう。ね、お兄さま」
「何とかするって、どうするんだ?」
「ミニョン。武器になるものはないかしら」
由紀子がミニョンに問いかける。壁の小さなモニターの中のAIが返事をした。
「電気溶接用のトーチガンと破砕用のハンマーブレーカーの用意があります。ちょうどこの倉庫の奥、そこ、その工具収納ケースの中です」
壁に備え付けのケースを開けると各種の工具類が並んでいた。
ミニョンが指示しているのだろう。ランプが点滅している所の工具を取り出す。大きい方が破砕用のハンマーブレーカー。小さいほうがトーチガンらしい。俺は大きい方ハンマーブレーカーを持ち、妹はトーチガンを掴む。
「本来、人に向けて使用するものではありません。十分にご注意ください。ブレーカーには鋭利なピックを装着してください。トーチガンは電源ケーブルを接続したまま使用します。先端が目標に接触したらトリガーを引いてください。大電流が流れ一万度以上の高熱が発生します。どちらも殺傷能力があります。十分にご注意ください。犯人がシャッター内に侵入した後での使用が効果的だと推測します」
ミニョンの指示に従いピックを装着する。AIのくせに法規は無視しているのか。このままじゃ俺達兄妹は傷害もしくは殺人を犯すことになる。正当防衛にはなるんだろうけど、普通なら全力で阻止する案件ではないだろうか。さすがは俺の妹が組んだ奴だ。どこか狂ってる。
シャッターを破壊しているであろう金属音は響いている。その音が止みジャンの叫び声が聞こえた。直ぐに銃声がする。
「中に入ってきました。ロック解除します。姿勢を低くして接近、接触した時点でトリガーを引いてください」
ミニョンの合図で倉庫の扉は開き、フランソワに続いて俺たちも倉庫から出た。ジャンは撃たれたようで血まみれになって倒れていた。
「へへへ。別嬪さんがいるじゃねえか。こりゃ楽しめそうだ」
犯人たちは日本語でしゃべっていた。坊主頭でずんぐりした背の低い奴と、長髪で背の高い奴だった。奴らは武器を置き二人がかりでエミリさんに襲い掛かる。エミリさんはモップで殴りかかるもののすぐに押し倒された。坊主頭は両手、長髪は両足を抱えエミリさんを押さえつけている。
「犯人の意識がエミリさんに向いているわ。今がチャンスよ。フランソワ」
妹が小声で合図する。フランソワが低い姿勢から長身の方の腰に抱きついた。
「何だ。何でこんなところにアンドロイドがいやがる」
「手を放せ。このポンコツ人形が」
テロリストは二人がかりでフランソワを殴り、そして引きはがそうとするのだが、彼女はびくともしない。さすがは戦闘用だ。金属製の筐体は非常に頑丈だった。
由紀子が俺に目配せをした。
俺は坊主頭のわき腹に、由紀子は長髪の背中に工具を押し当てトリガーを引く。
「ぎゃああああ」
悲鳴を上げ犯人が悶絶する。
「なな何でガキが」
由紀子はまだしゃべる長髪の喉に工具を突きつけトリガーを引く。喉が黒焦げになりそいつは絶命した。覚醒した妹は容赦がない。
「信じられねえ。ここんなガキにやられるなんて……」
坊主頭は口から血を吐きながら逃げようとするが、それをフランソワが捕まえる。エミリさんはテロリストが置いていたアサルトライフルを掴み、そして射撃した。坊主頭は一時的に痙攣した後、動かなくなった。
「あなた達、隠れていなさいって言ったのに……でも助かったわ」
「ごめんなさい。俺達が加勢しなけりゃ二人とも殺されると思って」
「そうね」
「ジャンさんは?」
エミリさんは首を振る。
「もたもたしない。今からここを拠点化します。兄さまとフランソワはシャッターの穴を何かで塞いでください。私はこいつらの携帯端末で小細工します」
死体の持ち物を漁り携帯端末を取り出す妹。子供らしさは微塵も感じない。
俺はフランソワと共にシャッターの修復を試みる。折れ曲がったシャッターを叩いて伸ばし、真っすぐにする。そこへ適当なパネルを当てて穴を塞いでいく。
「私の方は終わりました。エミリさん。申し訳ありませんが、命よりもセックスを選ぶ設定としています。何か連絡があった場合、ここで性行為しているという返事をします。こいつらの声や喋り方をAIに再現させ通信します」
「あの……。私は何もしないけど、犯人を騙すためにそういう情報を流すわけね」
「ご不満かもしれませんが欺瞞の為です。さあ兄さま、情報を収集して報告しますよ。エミリさんは周囲を警戒していてください。フランソワは待機です」
「わかったわ」
「ああ」
「了解しました」
妹の指示にエミリさんと俺、フランソワが返事をする。妹の特殊な能力、天才化とでもいうのだろうか。覚醒した時は二重人格のようだが違うらしい。潜在意識が解放されるだけで別人格ではないのだとか。詳しい話は俺には理解できないが、大人顔負けの冷徹さを発揮するその姿は神々しくもあり恐ろしくもある。
妹とミニョンが情報を収集する。俺がそれを紀里香さんにメールで報告する。延々とその作業を続けていく。
犯人は12人。ここで二人死んだので残りは10人だ。コクピットに4人。客室に6人。俺が無重力体験の時に見た男性、一人だけ席に座ったままだった白髪の男はコクピットにいた。そいつがリーダー格のようだ。コクピットではAIが掌握され、クラージュはアキツシマとの衝突コースへと進路変更された。コクピットの乗務員3名は既に殺害されていた。
「やっぱり自爆テロだわ。攻撃目標はアキツシマよ。作戦目標をアキツシマとの衝突回避とします。人命はその次とします」
冷徹な天才児の言葉に息をのむ。
確かに、クラージュとアキツシマが衝突すれば、クラージュ側は全員死亡確定だ。アキツシマ側の損害も計り知れない。何よりも優先しなくてはいけないのは衝突回避なのだ。これは決して人命軽視ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます