第13話 ハイジャックへの対抗策

 俺は、自分の携帯端末を使って紀里香さんにメールを打った。『自分たちは厨房に遊びに来ている時にハイジャックに遭遇したみたいだ』と。

 返事なんて期待してなかったんだけどすぐに返ってきた。『自分の身の安全を最優先にしなさい。できれば艦内の情報を送って欲しい。でも無理はしないで。必ず助けに行きます』と。


 俺がメールを読んでいると、エミリが端末をのぞいてきた。


「紀里香ってあの斉藤紀里香? アキツシマ副長の?」


 目を真ん丸にしてエミリが尋ねてくる。


「ええそうですけど、ご存知なんですか?」

「そうよ。日本に留学している時お世話になったの。日本で一番の親友なのよ」

「そうなんですか。同じ学校だったとかですか?」

「私は普通の大学で文学部よ。彼女は軍関係の学校だったわ。高校生のころからね、SNSでやり取りしてたの」

「どんな?」

「聞きたい?」


 その時、ジャンが首を振りながら割り込んできた。


「タツヒコ。ダメだ。エミリは腐女子なんだ。腐ってる。正常な男子にとっては毒だからね。その話に乗ってはいけないよ」

「え? それは何ですか?」


 エミリは笑いながら話しかけてくる。


「知らない方が幸せって事もあるかもね」

「そうなんですか?」


 俺の言葉にジャンは頷いている。俺はその話題は終了させることにした。エミリも自分の携帯端末を使ってメールしているようだ。


「お、速い。もう返事きたよ。紀里香、暇なのかな? えーっと。タツヒコは任せる。安全第一に。必ず行くから待ってなさい。だってさ」


 とりあえず安心した。

 しかし、今は月と地球の間。本当に助けが来るのだろうか。


 その時、妹の由紀子が挙手をして話し始めた。


「発言よろしいでしょうか」


 突然大人びた言い方をした由紀子。いつもは生意気だが普通の小学生女子なのだ。しかし、この妹は時々人格が変わったかのように変貌する。

 俺はそれをよく知っている。由紀子はいわゆる天才であり、まだ小学五年生なのだがIQは160位らしい。コンピューターとネットワークには特に強く、自分でオリジナルのAIを組んだりしている。こいつが天才的な能力を発揮するときは、大人びた雰囲気になり口調も変わる。


「ここに隠れているだけでは情報の収集はできません。また、外部に通信している事が発覚すれば、制圧されるのは必至です」

「そうね」


 エミリさんが頷く。まあその通りだろう。


「そこで私は提案いたします。この宇宙船クラージュのAIを、表と裏の二重構造へと変更します。恐らくテロリストは、AIを支配、または停止させ宇宙船のコントロールを掌握します。当然、通信管制も実施するはずです。そうされては何もできなくなって、テロリスト側の思い通りになります。それを阻止する為に第二人格を構築し、表側から見えない裏側のAIとします。この裏側のAIにより、監視システムと秘匿通信を確保し、それを通じて船内の様子を逐次報告します。その報告相手は紀里香姉さまのみとします」

「ああ、犯人を騙すんだね。何で紀里香さんだけに通信するのかな?」


 ジャンの言葉に由紀子が続ける。


「それは、この宇宙船がハイジャックされたからです。宇宙船は厳重に警備されています。搭乗員だけでなく、乗客も前日から拘束されます。このような環境でハイジャックを成功させるためには、事前に用意周到な計画が必要とされます。特に、武器の持ち込み。どうやって手荷物にアサルトライフルを紛れ込ませるのですか? 検査を容易に通過するためには宇宙港の職員に協力者がいるとしか考えられません。つまり、月面の警備隊やアキツシマにも協力者が存在している可能性を考慮しなくてはいけません。この船のクルーも疑ってかかるべきです」

「つまり外部の対応は紀里香さんだけに任せるんだね」

「はい、紀里香姉さまにお任せします。そのためには内部の情報を正確に伝える必要があります。そのためのAI二重構造化です。時間がありません。即実行すべきです。私に任せてください。5分でやってみせます」

「アミティエ聞いてたでしょ。出来る?」


 エミリが問いかけたのは、このクラージュのAIアミティエだ。AIがすぐに返事をしてきた。


「予備のエリアを使用して二重構造へと変更する事は可能ですが、5分では不可能だと判断いたします」

「大丈夫。私の友達をインストールして。名前は……ミニョン。ミニョンがいいわ。その娘を中核として第二のAIを構築します。基本データは携帯端末に持って来てるの。送るから受け取って」

「了解しました…………。ミニョンのデータ受け取りました。再構成はどういたしますか?」

「私がやるわ。ホログラムでいいからキーボード出してちょうだい」


 壁のモニターを見ながらAIと話す我が妹の由紀子だった。彼女は猛烈なスピードでホログラのムキーボードを操作し始めた。今時、こんな速度でキーボードを打つなんて芸当ができる奴なんていないんだが、由紀子は特別だ。こんなとんでもない天才の妹を持つ兄がどういう気分なのかはこいつが知る由もない。


「うーん。困ったわ」


 由紀子は急に手を止め、しかめっ面をする。


「ユキコどうしたんだい」


 ジャンが心配そうに尋ねるのだが、由紀子は舌を出しながらおどけて見せる。


「ミニョンのビジュアルを考えてなかった。画像データを何も用意してないの」 

「別にいいじゃないか。見た目なんか関係ないだろ」


 俺の言葉に由紀子は頬を膨らませてムッとする。


「兄さまは黙っていてください。せっかく可愛い娘を組んだのに、名前も可愛いって意味のミニョンにしたのに、今のままじゃ見た目は雑なポリゴンで、ダサい積み木の人形なのですよ。これじゃ全然可愛くありません」


 覚醒した天才の方も可愛いが正義らしい。


「端末の待ち受けに使っている魔法少女マリカちゃんじゃどうかな? ものすごく可愛いじゃないか」


 ジャンの提案にも首を振る由紀子。


「ジャンおじさま。著作権というものがあるのです。勝手に使用できません。それに、私が組んだAIだから、私のオリジナルの、超々可愛い娘にしたいのです」

「じゃあさ。お前の姿を使えばいいじゃないか。お前はそこそこ可愛いし、双子の妹とかさ、そういう設定にすれば問題なさそうだぞ」


 俺の提案を聞いた妹にジロリと睨まれる。


「何言ってんのよ。馬鹿兄貴! それってものすごく恥ずかしいじゃないの。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿の大馬鹿!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る由紀子である。天才の方もこういう事は恥ずかしいらしい。


「そんなに怒らないの。中良くしなさい。私の子供の頃の写真があるから、これ使ってみる?」


 エミリが携帯端末を操作して写真を見せてくれた。


「エミリさん。良いんですか? え? コレ? 可愛い。超可愛い。可愛い過ぎます~」


 と、狂ったようにキーボードを操作する妹。すぐに完成したようだ。


「できました!」


 と叫ぶ。


 モニター画面に、10歳くらいの金髪白人女児が出てきている。にっこり笑うと頭を下げた。


「ミニョンと申します。現在の状況は十分に把握しております。皆様の生還を第一にお手伝いさせていただきます。よろしくお願いします」


 その少女は豪華なドレスをまとって微笑んでいた。

 その容姿は、子供の頃のエミリさんそのまんまなのだが、服装をお姫様にしているのだ。いったいどんな魔法を使えばこんな真似ができるんだろうか。


「ミニョンはアミティエの妹って事にして下さい」

「かしこまりました。由紀子様。おや、アサルトライフルを携帯したテロリストが戻ってきました」


 厨房に隠れているのはバレている。俺達を殺しに来たのか。それとも他の目的があるのか。

 テロリスト側としては、行動が把握できない別室で船員を野放しにはできないのだろう。当然の行動だった。

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