第15話 虐殺と奪還

「アミティエは動作を停止しました。強制停止です。現在クラージュはアキツシマとの衝突コース上にあります。衝突予測は約120分後。回避するための時間は20分必要です」


 ミニョンの報告に由紀子が質問する。


「主AIのアミティエが停止した状態で、クラージュのコントロールは出来るの?」

「出来ません。クラージュをコントロールする為にはアミティエの起動が不可欠です」

「ここからアミティエの再起動は可能かしら」

「可能です。しかし、コクピットにいる犯人に察知されます」

「じゃあ、私は残り20分で衝突回避のためのシークェンスを構築します。紀里香姉さまが来れなかった場合の保険です。兄さまは引き続き紀里香姉さまへ状況を報告してください」

「でも、他の人を助けに行かなくていいのか」

「先ほども言いました。衝突回避こそが最重要です。その辺で誰か撃たれても、ここ厨房が落ちなければ衝突回避が可能なのです。兄さま、心を鬼にして下さい。目先の事に捕らわれないで。正確な情報提供こそ、多くの人命を救うのです」

「わかったよ」


 俺はメールを打つ。

 コクピットが占拠された事。

 パイロット3人は射殺された事。

 AIが機能停止させられた事。

 クラージュとアキツシマが衝突コースにある事。

 あと120分で衝突する事。

 エミリさんは無事。

 ジャンさんともう一人の男性が射殺された事。

 その他のアテンダントも早々に射殺された事。

 そして今、船室では多くの人が虐殺されている事。


 クラージュの客室は六つに区切られている。

 奴らは大人と子供を分けた。

 子供たちは右側に大人たちは左側に閉じ込められた。

 そして、左側の客室に押し入ったテロリスト達は、強姦と殺人を楽しんでいるのだ。

 自爆テロだから、もう死ぬんだから、最後の時間は好き勝手にやってやる。

 そんな意志が見えてくる残虐な行為だ。


 俺は冷静にその情報をメールで送る。

 男性が頭を撃たれた。

 今、女性が二人がかりで犯されている。

 さっき犯されていた女性は性器に銃口を突っ込まれて射殺された。

 頭の皮を剥がされる女性。

 生きたまま首を斬られた男性。

 乳房を切り取られる女性。


 胸が苦しい。助けたい。でも、何もできない。

 何だかわからない感情が爆発しそうだ。


 しかし、冷静に、正確に、メールを打ち送信する。

 ミニョンは各カメラの映像をパネルに映し出し、客観的な状況を報告してくる。俺はそれを紀里香さんに報告する。


「兄さま。今、子供達が押し込められている部屋をロックしました。テロリストには開けられません。子供達だけでも助けます」


 妹も考えているようだ。さすがに子どもたちに手を出すのは阻止したい。


「私はここにいていいの? これでも宇宙軍の一員なんだけど」


 エミリさんの質問に妹が答える。


「今はここにいてください。恐らく、紀里香姉さまが突入の指示を出されます。その時にフランソワと共に合流してください。それまでは此処を守ってください」

「分ったわ。着替えます」


 どっちが年上なんだかわからない。

 エミリさんは俺の目の前で服を脱ぎ始めた。俺は彼女の下着姿から目が離せなかったのだが、由紀子に蹴られてしまった。


「兄さま。エミリさんがお綺麗なのは承知してます。見たいという欲求も理解します。しかし、今はちゃんと仕事してください。もう一回蹴りましょうか?」

「スマン。まじめにやる」


 俺は報告を続けた。エミリさんは濃いグリーンの戦闘服に着替えていた。無粋な服装だがそれでもスタイルの良さは際立っており、将来結婚するならこういう人が良いなと考えてしまう。


 また妹に蹴られた。


「何回言ったら分かるのかしら。もうエッチなんだから」

「スマン」

「あら、ユキコちゃんも見つめて欲しいんじゃないの?」

「いえ。結構です」


 顔色一つ変えず、冷徹に返事をする妹である。ここは真っ赤になって否定するのがお約束だろうに、この妹は可愛げがない。


 左前の部屋に閉じ込められた40人が全て虐殺された。

 テロリスト6名は次の部屋へ入り、また凌辱を始める。


 その時紀里香さんからメールが入る。

 俺はメールを読み上げた。


「読みますよ。『今、アキツシマから発艦しました。後10分で接触できます。それまで頑張って』だって。10分で助けが来るんだね」


 エミリさんもほっと一息ついた。

 しかし、由紀子は渋い顔のままだ。


「紀里香姉さまは『雷光』で出撃してますね。これは戦闘機ですよ。大型のレーザー砲を搭載しています。僚機は、え? 機動攻撃軍のバリオン? C装備だって? これ、重武装じゃないの? 撃墜する気が満々じゃない。何考えてるの? 姉さまは!」

「由紀子ちゃん落ち着いて。きっとアキツシマ側に内通者がいるのよ。だから救助艇じゃなくて戦闘機で出てきたんだわ」

「なるほど、戦闘機なら、そうか。たとえクラージュを撃ったとしても破片はそのまま衝突する。つまり、自爆テロに支障はない。それに戦闘機なら乗っているのは一人。救助艇で来るよりテロリスト側への圧迫は少ない。まさか乗客もろとも撃つなんてないからね。紀里香姉さまと私達協力者で制圧できるって計算なんだわ」


 したり顔の妹である。さすがは紀里香さんってところだろう。


「お、またメールが来た。爆発物はないか? だって」


 俺の質問にミニョンが返事をした。


「爆発物はありません。雷光とバリオンが接近中です。子供たちが閉じ込められている右舷より接近。そこからシャトルの背に回りました。テロリストの死角です」


 俺は無いと返事をした。

 なるほど、そういう事か。船内の情報をキッチリと教えることで確実に裏をかく。だから接近時すら死角から入れたんだ。妹の作戦はこうだったんだ。


「紀里香姉さまから通信が入りました。繋ぎます」


 ミニョンが操作しているのだろう。パネルに宇宙服を着た紀里香さんが映る。


「船内の状況は把握しています。今からコクピットに突入します」

「エアロックから入ると犯人に気付かれるわ」


 エミリさんの言葉に紀里香さんは笑って答えた。


「大丈夫。天井を剥がすから」


 その時、船体がガタガタと揺れた。まさか本当にコクピットの天井を剥がしたのか。


「コクピットの天井が剥がされました。パイロット二名、コクピットに突入、制圧しました」


 奇襲とはこういう事なのだろう。思ってもみない大胆な方法で、しかも迅速だった。


「コクピットからの操作で、アミティエは再起動されました。クラージュは減速開始。衝突コースから離脱します。月の周回軌道へ変更中です」

「じゃあ私は行くわね」

「私も協力します」


 フランソワとエミリさんが厨房から出ていく。

 しばらくしてミニョンが報告を始めた。


「客室Cからテロリスト6名が出てきました。フランソワがテロリストへ向かって走って行きます。速い……アスリート並みの速度です。テロリストはフランソワに対して発砲。エミリさんと紀里香さんが犯人を狙撃しました。4名射殺しました。残りのテロリストは再び客室Cへ入りました。立てこもるつもりのようです。フランソワはテロリストの一人を拘束しました。エミリさんがもう一人を狙撃。フランソワに拘束されたテロリストは服毒自殺を図りました。痙攣しています。今、死亡しました。船内の制圧が完了しました」


 終わった。

 自爆テロの実行犯は射殺され、一人は自殺した。


 途端に妹が泣き出した。


「辰兄ちゃん。怖かったよ。うええええん」


 さっきまでの冷徹指揮官は何処へ行ったのか。元に戻った妹は普通のか弱い小学五年生になっていた。

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