第4話 ハイジャックは自爆テロの始まり
大きな弧を描きながら旋回する。強いGがかかるが、そんなものは無視する。
正面にクラージュの尻を捉えた。大きな翼を持つ旧態然としたスタイルのシャトルだが、プラズマロケットとレーザー推進併用型で汎用性が高い。
「船名はクラージュ。地球からの直行便です。月面観光とアキツシマの見学ツアーが組み込まれている観光船です。小学生40名をアキツシマ艦内に招待するイベントが組まれていますが、明日の予定でした。月面に行かず直接アキツシマへ来ているようです」
ツバキの報告を聞く。冷静なつもりだったが、腹の底から怒りがこみあげてきた。大人の主義主張は何だってかまわないだろう。子供を巻き込むなって話だ。
先行するサンダーボルト1、斉藤中尉の乗る雷光がシャトルの前面へ出ていく。オレもシャトルの横に付ける。子供が手を振ってくるかもと思ったら泣きながら窓を叩いているじゃないか。何人もだ。
「Aidez-moi !(エデモア)、フランス語で助けを求めています」
ツバキはどうやら唇が読めるらしい。トリプルDのAIにそんな機能があったとは知らなかった。
オレはシャトルの背に回る。コクピットから見えない位置に陣取り指示を待つ。
最悪の場合、このシャトルを破壊しなくてはいけない。そんな馬鹿な命令だけは出して欲しくなかった。
「クラージュ、聞こえますか。こちらアキツシマ護衛隊の斉藤です。貴船はアキツシマへの衝突コースにあります。直ぐに軌道変更してください。繰り返します貴船はアキツシマへの衝突コースにあります。軌道変更してください」
中尉の呼びかけに応答はない。
「アキツシマから通信入ります」
「ああ、斉藤君と三笠君。君たちは何もしなくてよい。直ぐにアキツシマへ戻りなさい。これは命令だ」
滝沢艦長だ。
「艦長。先ほど、三笠少尉が艦内に要救助者を確認しました。救助が完了、もしくは別働の救助隊が到着するまでここから離れる事はできません」
「こちら三笠。子供が泣きながら窓を叩いている映像を送ります。音声はありませんが唇の動きからフランス語での救助要請である事を確認しました」
「それは子供のいたずらだろう。気にしないで帰ってきたまえ」
「いたずらだと? ふざけるな! 船内の子供は要救助者だ」
滝沢艦長が首謀者。しかも、シャトルをアキツシマに衝突させるつもりだったとは信じられなかった。
「クラージュはアキツシマとの衝突コースに入っています。艦長。回避行動を取って下さい」
「残念だったな。斉藤中尉。色々私の事を嗅ぎまわっていたようだが、保安隊により艦内は掌握した。佐藤も城島も拘束している。貴様を追い出してすぐにな。そのシャトルはアキツシマに衝突する。誰も防ぐことはできない」
「自爆テロをするつもりなの? 貴方がWFAの工作員なのね」
「知っていたなら話が早い。さっさと月面にでも逃げた方が身のためだぞ」
「くたばれ馬鹿野郎! 泣いてる子供がいるのに尻尾巻いて逃げれるか!」
斉藤中尉から秘匿通信が入った。
「三笠君。クラージュに突入するわよ。コクピットの天井を剥がしてちょうだい」
「マジですか?」
「マジよ。3秒でやって」
「了解。ツバキ、コクピットに取りつく。やれ」
「了解しました」
ツバキが返事をする。
AIの操縦でコクピット上部に張り付いた。バリオンの両手で風防を割って指を突っ込み天井を剥がす。斉藤中尉は雷光の風防を開いてクラージュへ飛び込んだ。オレはコクピットに備え付けのアサルトライフルを掴んでから船内へ突入する。
しかし、終わっていた。
四人のテロリストは射殺されていた。
「お見事。正規のパイロットは?」
「既に殺されてたわ。後ろにね」
後部に正規パイロットらしい三人の死体が転がっている。
「直ぐに船を掌握します。手伝って」
「ああ分かった」
オレ達は操縦席に座り器機を操作するのだが……。
「アレ? 管理者コードだって。どうする?」
「緊急国際救助コードがあるわ」
中尉が胸にぶら下げていたキーをパネルに差し込む。
するとAIが立ち上がり挨拶をしてきた。
「こんにちは。私はクラージュのAI、アミティエです」
ユーロ所属の宇宙船なのに日本語で対応してきた。賢い奴だ。
「ハイジャックにより乗員は死亡。現在、大型探査艦アキツシマとの衝突コースに入っています。軌道を修正してL2に同期できますか」
「可能です。減速Gが安全値の3倍となります。船内に警報を発令した後、30秒後に逆噴射を開始します。これを2分間維持する事で軌道の同期が完了します」
「直ぐにやってくれ」
「了解」
船内に警報が鳴っているのだろう。赤いランプが点滅し始めた。
「私は中を見てくるから銃を貸しなさい」
アサルトライフルを彼女に手渡す。胸のホルスターから拳銃を抜くがそれは拒否された。
「貴方も持ってなさい」
「実弾だけど使える?」
「当然だわ。私のレーザーはもうダメ、4~5発で切れちゃうんだから情けないわ」
「弾は30発。低速弾だから防弾ジャケットは貫通しないぜ」
「分った。ここは任せるよ」
「了解。AIが生きててよかったよ」
「そういう事」
アサルトライフルを構えた斎藤中尉は、コクピット後部のエアロックを開き船内へ向かった。そこでもあのキーが効いたようだ。緊急国際救助コードだったか。便利なものだ。
ちょうどその時、佐藤大尉から通信が入った。
「おい。生きてるか。艦長と保安隊は拘束したぞ」
「拘束されてたんじゃなかったんですか?」
「保安隊の連中は素人同然だったからな。俺ら機動攻撃軍にかかりゃイチコロだ。ガハハハッ」
佐藤大尉はゲラゲラ笑っている。
「減速開始します。逆噴射を2分間持続します」
アミティエの報告と同時に、船体に減速Gがかかる。座席に座っていれば何の事はない穏やかなGなのだが、客船としては警報が必要なのだろう。モニターの脇に『G警報発令中』の表示が赤く点滅している。
「そんな馬鹿な……グハッ」
艦長らしき声が聞こえた。ぶん殴られたようだ。
「おう。三笠か? こっちは片付いたぜ。そっちはどうだい?」
「今、逆噴射して軌道をアキツシマに同期しています。後、90秒で完了します」
「派手にやったな。天井がねえじゃねえか」
城嶋少佐も笑っている。
「三笠君。キャビンのテロリストも射殺したわ。もう安全よ」
中尉からの通信が入る。
さすがに仕事が速い。生き残っていた船内クルーと上手く連携したようだ。
オレのバリオンも中尉の雷光も、うまくクラージュと同期しているようで、コクピットの上方にぴったりとついてきている。
その時、バリオンのAIから通信が入った。
「異常接近警報。アキツシマに接近する大型の物体があります。相対速度は秒速25キロメートル。衝突まで900秒」
シャトルの自爆テロは囮。そっちが本命だっていうのか!
バリオンに戻り操縦席の扉を閉める。
衝突まで15分しかない。
焦燥感が募る。
モニター上では、AIのツバキがいくつかの回避パターンを表示していた。
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