第5話 本命は逆方向

 逆回り。

 北。すなわち太陽の北極方面から見て、オレ達は月と一緒に反時計回りで地球の周りを公転している。それを時計回り、逆方向から突っ込んでくる物体があったわけだ。


 ツバキが対応策を提示した。


「本機の推進剤残量では、軌道の同期は不可能です。本機の装備で射撃した場合、軌道を修正できる可能性は75パーセントです。ただし、目標の質量が15トン以下の場合に限ります」


 本命がそんな軽いモノであるはずがない。


「遠隔操作はできないか?」

「接続完了しました」

「お、あっさり成功したな」

「目標は輸送用のコンテナです。30メートル級。積み荷はコロニー建設用の岩石が250トンです。自立推進機関を持ちませんので、遠隔操作による軌道修正は不可能です」


 まいった、打つ手なしか。


「中尉。聞いてますか?」

「ええ。聞こえています」

「どうします?」

「今考えてる」


 普段は勝気な斉藤中尉なのだが、この時ばかりは意気消沈しているのが手に取るようにわかった。佐藤大尉から連絡が入る。


「今、バリオンを高機動型に換装中だ。後、5分で発艦できる。バリオンに押させて軌道変更できないかやってみる。アキツシマのタンデムツインエンジンは起動に半日かかるし、サブシステムの起動キーは艦長が呑み込んじまった。今、吐かせてるがアキツシマは動かせん。お前たちはアキツシマから離れろ。衝突の際の破片散開予想図を送る。この外へ逃げろ」

「オレ達だけ逃げろと?」

「ああそうだ。その船には子供が沢山乗ってるんだろ。クラージュの離脱が最優先だ。分かったか! さっさとやれ!」


 佐藤大尉を押しのけ城島少佐が出てきた。


「城島だ。子供達を頼んだぞ」


 重い一言だった。

 納得せざるをえない。


「了解しました」


 返事をしてからバリオンをツバキに任せ、クラージュのコクピットへ戻った。船室から戻った斉藤中尉が操縦席に座っていた。


「三笠君。やれる事、やりましょう」

「はい」

「アミティエ。データを送ったわ。破片散開予想範囲の外側へ離脱して」

「軌道計算を完了。さらに減速し、月の周回軌道へ入ります」

「お願い」

「了解しました」


 AIのアミティエが返事をするのだが、斉藤中尉は俯いたまま黙っている。ギリギリと歯軋りをしている音がレシーバーから聞こえた。手も震えている。

 

 テロ計画を察知して準備した。

 機動攻撃軍をうまく艦内に呼び込んだ。

 結果、艦長以下不穏分子を拘束し、シャトルによる自爆テロも防いだ。

 しかし、最後の最後でひっくり返された格好だ。


 悔しくて悔しくて、たまらないのだろう。

 それはオレも同じだ。


「三笠君、ちょっといい?」

「何ですか?」

「こんな失敗をした私の事、嫌い?」

「失敗じゃないですよ。皆で精いっぱい努力した結果がこれです。それと、中尉の事は嫌いじゃないです。どちらかというと好きですね。オレをからかうのを止めてくれるのなら結婚したいくらいですけど。百パー無理ですよね」


 少し黙った後、斉藤中尉は小さい声でつぶやいた。


「無理じゃないわ」


 予想外の返事に、今度はオレの方が狼狽えてしまう。


「ごめんなさい。今の忘れて」

「はい、忘れます。聞かなかった事にします」


 中尉はそのまま黙り込んでしまった。


 あれから5分以上経過したが、アキツシマから高機動型のバリオンが発艦する気配はない。


「衝突まであと500秒です」


 残り8分少々。もう無理か。

 そう思った時だった。


「しし座方面より高速の物体が飛来。秒速24キロメートルです。コンテナと接触します。後10秒」


 ツバキがカウントダウンを始めた。


「8……7……6……」


 何が起こっている?

 衝突って何が飛んできたんだ?


「3……2……1……衝突します」


 上方に閃光が見えた。

 アキツシマに衝突させようとテロリストが放ったコンテナが、高速で飛来したと衝突したのだ。

 天井を剥がした部分から上方にアキツシマが見えるのだがその向こう側だった。


「ツバキ。どうなった?」

「推定直径1000メートルの物体が、アキツシマに接近中のコンテナと衝突しました。コンテナは半分が破砕、半分は回転しながら積み荷の岩石と一緒にちょうこくしつ座方面へ軌道を変えました。しかし、遠心力で破片と積み荷の一部は加速されアキツシマへ向かっています。今、数個がアキツシマに衝突しました」


 その様子も直接見えた。

 その後、アキツシマからバリオンが発艦するのが見えた。


「おい、生きてるか?」


 佐藤大尉からの通信だ。


「こっちは大丈夫よ。艦の被害は?」

「今、確認中だ。軽度であって欲しいな。死傷者は少ないと思うが、まだわからん。しかし、何があったんだ?」

「何か大きなものがコンテナと衝突したとしか……」

「バリオンの方でデータを記録していると思います。ツバキ、どうなっている?」

「データを保存しています。今、アキツシマへ送信完了しました」

「データを受け取った。ありがとうツバキちゃん」

 

 アキツシマとの通信が切れる。


「ところで中尉、オレ達はどうしますか?」

「月面から救助隊が来るわ。彼らが来た時点で交代。アキツシマへ戻ります」

「戻ってやることありますか?」

「私は副長です。もう一人の副長ウッド少佐は何してるのかしらね。艦長がああなっちゃったから大忙しですよ。それと、あなたのバリオンも重機替わりに活躍できると思います」

「工事屋さんですか。ま、惑星探査よりはオレ向きの仕事です」

「そうかもね」


 中尉の表情が明るくなっていた。

 偶然に助けられた。本当に偶然だったのだが、おかげで気が楽になったのだろう。彼女はナンバー3とはいえ、重要な役職なのだから仕方がない。


 斉藤紀里香さいとうきりか

 まだ25歳の若輩ながら、アキツシマを切り盛りする女傑だ。その彼女の弱さを垣間見れた事は、オレにとって幸福なひと時だったのだろう。

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