第3話 陰謀は静かに近づいている

「くどいようだけど、極秘だからね」

「ええ、わかってます」


 日頃くだけている斉藤中尉が慎重な態度をとっている。

 かなりの違和感がある。気のせいではあるまい。


「通常は二機で行動するのになぜ単機かって思ってるでしょ?」

「勿論です」

「三機はアキツシマに残ってもらう。あっちも守らなくちゃね」

「佐藤大尉ですか」

「ええ、あの方は信用できます」

「駄洒落のセンスは最低だけど」

「そうね。アレ、返事に困るわね。まあ、それは置いといて、テロの犯行予告があったの」

「テロですか。誰に狙われてるんですか?」

「WFA。世界信仰協会と名乗ってるわ」


 WFA……聞いたことがない。まあ、オレが知らないからと言って存在しない組織ではあるまいが……。


 しかし、カルト宗教っぽい宣伝をされると実家が困る。我が家は昔ながらの浄土真宗なんだ。親父は住職をしている。

 親父の言う事には、こういう似非えせ宗教が世間を騒がせるたびに正統宗教への風当たりも強くなるのだそうだ。


「カルト宗教がらみですかね」

「多分違う」

「じゃあイスラム系原理主義者?」

「それも違うわ」

「とすれば、宗教の皮を被った他の何か」

「そうだと判断してます。政治的なイデオロギーだと思うけど、まだ詳細は掴めていない」

「分らないんですね」

「そう。既存の宗教団体、思想団体、政治組織、労働組合等合致するものはなかったわ」

「自分の犯行だって、堂々と発表すりゃいいものを」

「出どころを曖昧にしているのは、テロ計画の成功率を上げる為だと思う」

「じゃあ、黙ってりゃいい」

「そうね。その方が確実。でも時刻まで指定してきているの。1100よ」

「え、後15分じゃないですか」

「そう。それと貴方をわざわざC装備で出撃させた」

「そうですね。実体弾で高火力です」

「何かを撃破した場合は破片が増えるのよ。衝突軌道だった場合はバラバラになったまま命中します」


 嵌められた。

 直感的にそう思った。


 そう、あのいたずら娘の斉藤中尉がこんなに慎重なのも頷ける。黙ってりゃいいものを時刻の指定までしてきた。つまり、アキツシマの中にテロ組織が入り込んでいる。


 1100が決行時刻だと知らせているに違いない。


「貴方をB装備、つまりビーム砲装備の高機動型ではなく、動きが遅くて実体弾のC装備で出撃させた。これで艦内の首謀者はほぼ特定できたわ」

「それは誰なんですか?」

「艦長よ」

「理由は」

「命令書のサイン。艦長になってるはずよ。私はB装備を推奨してたのにね」


 確認してみると確かに艦長の指示でC装備換装となっている。


 しかし、しかしだ。人類初の系外惑星探査に任命されるだけでも名誉な事なのに、その艦長に任命された人が裏切るのか? 宗教的な心情でそういう行動ができるのか? それとも政治的イデオロギーの為せる業であるのか。


 理解に苦しむ。


「母艦より通信入ります」


 AIのツバキが報告してきた。


「おーい。デートの邪魔をして悪いな。デートの邪魔をする奴は馬に蹴られてデッドしなってな。がはははは」


 佐藤大尉だった。今日は駄洒落の切れが悪いようだ。


「大丈夫ですよ。デートじゃないですから」

「そうだったかな? スマンスマン。がはははは」


 ゲラゲラ笑っている。


「斉藤ちゃん。アレックスとマギーはコクピットに座らせてシミュレーション訓練中だ。いつでも発進できる。もう帰ってきてもいいぞ」


「佐藤大尉。私たちの受け持ちは、まだ60分あります」

「そうだな。ゆっくりとイチャラブ三昧してくれ。それとだ。城島から伝言だ。『パーティーの準備は完了した。お前が帰ってくる前に始めちゃうぞ』だとさ。モテるな」

「モテてません。モテてるんなら帰るまで待ってますよ。じゃ。バイビー」

「ああ」


 モニターのウィンドウ画面が閉じる。


「通信終了しました」


 ツバキが報告する。

 AIが一々口を挟むのを嫌がる奴もいるが、オレは気に入っている。


「艦長って言うと。保安部隊は全員艦長の指揮下じゃないですか。それ、物凄くマズイですよ」


 今更ながら重大事に気づく。


「だからあなた達を呼んだんじゃないの。確信はなかったけどね。声かけたのは夢見る野獣たち。夢追い人を全力で応援しちゃう汗臭い奴ばっかだよ」


 そうか、城島少佐はそういうタイプだと聞いた。ミーティングルームにいた連中はほとんどが城島少佐の部下だ。彼らは機動攻撃軍パワードスーツ部隊。今時、肉弾戦の専門職がいるってのも驚きだが、あいつらは殴り合いなら地球で一番だ。


「確信が無くて、よくそんな手配が出来ましたね」

「そこは親のコネ使ってます。お爺ちゃんもね。凄く心配してたんだ」


 斉藤中尉はこれでもアキツシマの副長だ。追加人員の手配も彼女がやった。父親は連合宇宙軍の幹部。祖父は政治家で与党幹部。ま、オレが付き合える身分じゃないってことだけは確かだ。


「民間のシャトルが接近中です。ユーロ所属、船名はクラージュ。アキツシマ見学コースを予定している船ですが、このままでは異常接近します。注意が必要です」


 ツバキが報告してくる。


「三笠君。シャトルの軌道に同期して。現状だと……いけない。衝突コースだわ」


 来たか。

 ツバキに軌道変更させシャトルを光学カメラで捕捉する。

 プラズマロケットを吹かし、ぐるりと大回りしながらシャトルの後方から近付いていく。


 ドクドクと、早鐘のように心臓が鼓動し始めた。

 体中が熱くなる。全身の血が沸騰したかのようだった。

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