第10話 バックカント警察署

「いいか、今から言うことに対して正直に答えろ。嘘はつくなよ」


 あの後、俺は警察に逮捕され、警察署の取調室に閉じ込められた。


 バックカント警察署の暗い取調室で、対面に座る警察官が片手を握りしめ強く机を叩く。そして、警察官は俺を机に備え付けの電灯だけを頼りにまじまじと見つめている。


 わざわざそんな睨まなくても、正直に答えるつもりだ。


「……ああ」


 警察官は俺の小生意気な態度が癪に来たのか、ふんっと鼻を鳴らし手にしている紙を捲った。


「おまえは町中で魔獣討伐のためとは言え危険兵器をぶっ放した。魔獣が討伐されたのは確認されたが、それと同時に建物全壊四十五件、半壊十一件、一部損壊三十七件。器物破損というのはよく見るが、ここまで大きな被害金額は正直今まで見たことがない」


 警察官は紙に書いてある事柄を淡々と読み上げると、一切感情を出さず自らの感想を述べ紙をこちらに見せてきた。


 暗におまえは重罪人だと言われているようで居心地が悪い。弁償でもするのだろうか? 俺は魔術会議会員の時の貯蓄があったが、とてもじゃないが賄い切れないものである。


「弁償ですか?」


「弁償はないだろうな。刑事訴訟だし、何よりおまえのやったことには少なからず情状酌量の余地が認められる。それに、一部の町民の中にはおまえをヒーローだと祭り上げるやつも居る。不起訴処分の可能性もなくはない」


 とは言っても、可能性は低いのだろう。俺は正直なところ無罪放免を諦めていた。減刑になったらいいな程度の思いで。


 だが、魔獣が常に出現する可能性がある以上、早く出たいというのは本望だ。


「そう気を落とすな! 仮にもおまえは魔獣を討伐したんだ。確かに、過剰防衛だとは思うがそこまで重くはならないだろう」


 それにしても、この警察官。俺を馬鹿にしたり、労ったりと忙しいな。何を考えてる? さっきから妙に怒り気味だったのは俺が生意気だったのではないのか?


 だが、そう言ってもらうと少しばかり気が楽になるのは事実だ。しかし、アバンダのことや家を壊された孤児たちのことを考えると気分爽快というわけにもいかない。


 その後、俺は魔獣の事や魔法増幅装置についてなどを赤裸々に話すと、取り調べは終了になった。そして、留置所へと入れられる。


 留置所に留まるのは本来二日、あるいは三日と聞いたことがある。だが、一週間しても俺が移動する様子はなかった。


「朝食のパンケーキだ」


 いつものように留置所の職員から部屋の下部にある穴を通して朝食のパンケーキが支給される。しかし、このパンケーキ。とにかく冷たくて美味しくないのだ。何でも、外部にあるパンケーキショップから仕入れておりそれをそのままここまで運ぶため道中で冷えてしまうらしい。


「はぁ」


 俺は堅くなったパンケーキを齧った。

 パンケーキの味はさておき、魔獣を倒せたというのに心の靄は晴れない。それどころかさらに濃くなっているようにも感じられる。


「なぁ、あんた」

「ん? 何だ」


 突然、職員に話しかけられた。その職員は俺と話をしようか、しまいか迷っているようである。だが、すぐに覚悟を決めたようで語ってくれた。


「俺さ、あんたに家を壊された内の一人だよ。でもな、あんたのことを恨んでないよ」


「……」


 最初の一行を聞いた途端、ああやっぱりかと思った。話なんて聞かずにそのまま無心にパンケーキを齧っていようと。

 だが、二行目を聞いた途端、俺は再びパンケーキを齧るのを止めた。


「あのまま魔獣を野放しにしてれば、もっと被害が出て、死人も出たかもしれない。そりゃ建物を壊されたのは嫌だったけど、命には代えられないからさ」


「そう言ってもらえると助かる」


「俺みたいな人、少なくはないと思うぞ。おまえを取調べした警察官もその一人だ。潔く罪を認めるもんだからイライラしてたぞ。わかったらその湿気た面をどうにかしたほうがいい。なんてったってあんたはこの町を守ってくれたヒーローなんだからさ、ヒーローはもっと元気でいないと。まあでもできれば被害は少ないほうが良かったけど」


「え?」


 まさかあの警察官も?


 職員は俺の疑問に答えず戻っていった。だが、心配なのは児童養護施設の子だ。幼い子は魔獣が出没した途端にほとんど逃げたらしい。そして、帰ってきたら児童養護施設が全壊していた。勿論だがお金はない。


 少なからず反感を買われただろうな。いくらいい人が居ると言っても、全員なわけがない。俺に壊された人の中には俺を嫌う人だっているだろうな。でもミレーラやシュテファンは付き合い多かったし、許してくれてると……いいな。


「釈放だ」

「え?」


 突如俺に言われた言葉に、咄嗟に理解できなかった。俺は何を言われたのか自信がなく固まっていると、職員が再び述べてくれた。


「釈放だ。不起訴処分となった」


 どういうことだろうか? そりゃあの様子なら減刑くらいにはなるだろうなとは思ったが、まさか不起訴処分になるとはどういった風の吹き回しか。


 俺は恐る恐る職員についていき、別室へと案内される。そこには、見知らぬ男が立っていた。


「どうも、リヴェノ様。私こういうものです。レリグ様より命じられ、リヴェノ様にお仕えするようにとの命を承りました」


 男が見せてきた名刺。そこには、弁護士と書かれていた。

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