第9話 バックカント魔獣事件

 家を出た俺が最初に見たもの、それは一部損壊した児童養護施設だった。恐らく、何かが天井にでも乗ったのだろう。天井には穴が開き、また暴れまわったのかその周囲の骨組みが顕になっている。

 そのため、子ども達が泣きわめいており事態は阿鼻叫喚となっていた。


「大丈夫! ここは無くならないよ!」


 必死にミレーラが落ち着かせている。俺は急いで小さな子どもにパンケーキを食べさせている院長に駆け寄った。


「院長、何があったんですか」


「……。魔獣さ」


 院長は少し間を置いた後に目を逸らし言った。俺のトラウマを抉らないように配慮はしてくれたのだろう。だが、俺はその言葉を聞くと同時に心の奥底から沸々と憎悪や憤怒の気持ちが溢れだし歯を食いしばる。


「リヴェノ兄ちゃん何か怖い……」


 シュテファンが何か言っているが気にしていられなかった。俺は辺りを見渡し、魔獣を見つける。その魔獣は建物二階建てに相当するような巨大な躯体をしているが、道路の真ん中で動くことなく止まっていた。


 どういうことだ?


 急いで現場に向き、真相に気がついた。道路の中央にいたのは魔獣とカルロスさんだった。動いていないのではない。カルロスさんの魔法で動けないのだ。


「カルロスさん!?」


 カルロスさんは、魔法を巧みに利用して必死に魔獣の侵攻を押さえていた。まるで使命感に駆られるように。だが、魔法陣には疲労の色が見え、魔法陣も弱くなってきている。もう時間はない様に見える。


 急いで俺はを起動する。


 実用化まではいかず、試作品の段階で開発が打ち切りとなったことからも動かない可能性がある。だが、魔獣共に一泡吹かせてやりたいのだ。


 いくら持ち運べるとは言え、の威力は凄まじい。そう簡単に起動してくれる代物ではない。


 まだか……?


 俺は歯ぎしりをしながら起動するのを待つ。研究室では起動だけを行ったときはそんなに長くは感じられなかった。しかし今、魔獣を目の前にしているとやけに長く感じられた。


 そして、そんな中ついにカルロスさんの魔法陣が壊れる。魔獣は目の前に居るカルロスさんに対し、怒りをぶつけるように巨大な頭で吹き飛ばした。カルロスさんはそのまま地面へと叩きつけられ転がった。そして、次に魔獣が目をつけたのは……俺だった。


 吸い込まれそうなほどこちらを注視しており、子どもたちなら恐怖のあまり動けないだろう。しかし、同時にあれの起動が完了する。とはいえ、すぐに使えるわけじゃない。最終調整など面倒なことが山ほどあるのだ。だが、幸いにも魔獣の動きはまだ鈍かった。しかし、仮にも魔獣。度重なる攻撃の末、俺は攻撃を食らい児童養護施設とすぐ隣まで吹き飛ばされた。そんな時、の最終調整も完了した。


 来た!


 俺はを魔獣に向けると、全身全力で魔法を発動させた。


「行っけええ!」


 ──対魔獣用魔法増幅装置は、魔法の威力を何倍にも増幅させる装置だ。だが、仮定上の破壊力は恐ろしいものだった。魔獣どころではなく、小さな村で魔獣が出ようなら村ごと破壊してしまうという途轍もない代物。装置自体も耐えられずに壊れてしまう使い捨てだ。


 起動させた途端、蹌踉めいてしまうほどの衝撃が俺を襲い思わず目を瞑る。しかし、ここで蹌踉めいて照準が逸れれば町に甚大な被害が出る。そして、恐る恐る目を開けるも、装置から出る魔法は大通りに相当する直径で光エネルギーも凄まじい。


 長時間見ていたら確実に目に何らかの障碍が残ると思えるほどに。

 よくよく考えてみれば、こんな装置を作ってるとしれたらそりゃ宰相も任命拒否するよな……。


 俺はあれだけ憎んでいたはずの宰相が全く憎くないことに気づきながら、その増幅された魔法を眺めていた。というのも、魔法が大きすぎて魔獣が見えないのである。


 本来は魔法が出るのは一瞬なはずなのに、何故か長く感じられた。まるで走馬灯のようである。

 とはいえ、社会的な死という意味では走馬灯が起きても何ら変わりはない。


 そんなことを考えている内に、衝撃が弱くなったのを感じた。再び目を開けると、魔法が徐々に収束していくところだった。すぐに完全に収束し、魔獣の死体を確認したいところだが俺はそのまま尻もちをつく。魔獣以外に被害は出すまいと必死に粘っていた俺の脚がが使命から解き放たれた途端、震えだしたのだ。


「はぁ、はぁ」


 俺はそのまま地面へと仰向けに倒れ込んだ。冷たい地面がいくらか体を冷やしてくれるだろうと考えたが、装置のせいか生暖かい。

 やがて脚の震えが治まると、俺は恐怖で戦きながら魔法を放った方角を確認した。

 そしてそこに、魔獣の姿はなかった。だが、魔獣のものと思われる血痕や残骸が残っていた。


 やったのか?


 もしまだ生き残っていたかと思うと断定はできず自分自身に問いかける。そして、その言葉を咀嚼するにつれ、今まで体を蝕んでいた重荷が下りた様な気がした。


 だが、そんな喜びも一瞬。周囲を見て思わず顔を背けてしまった。


 魔法は大通りに沿うように放ったつもりだった。だが、現実は甘くはない。直撃を免れても反射したり、衝撃波などによりいくつかの家屋が破壊されていた。そして、不安に駆られながら真隣にある児童養護施設を見た。


 ひどいありさまだった。建物は大破。とてもじゃないが、子ども達のことを考えると住めない。

 ……。


「リヴェノさん!」


 黙って静かに立ち去ろうとしている俺に、話しかけてきた人がいた。ミレーラだ。

 この期に及んで何を言うつもりなのだろうか。


「リヴェノさん……。さっきのは、何ですか」


「対魔獣用魔法増幅装置。前に何の研究をしたいのかって聞いたことがあったよな。俺の研究内容はな──、魔物を滅ぼす研究だ」


 魔物を滅ぼすと決めたときのことは今でも覚えている。当時、俺の決して成績は決してよくなかった。けど、あの事件をきっかけに、俺は勉強と研究に没頭した。


「魔物……を滅ぼすんですか……」

「ああ……」


 俺はミレーラの顔が見られなかった。驚いているのか、呆れているのか、それとも嫌悪感を顕にしているのか。だが、魔獣を駆除したとはいえ、故郷の町と実家同然の児童養護施設をここまで破壊したのだ。何を言われても、されても仕方のないのだ。


 沈黙の時間が流れた。できることなら早くその場から立ち去りたいくらいだ。

 しかし、その静寂を壊すように複数人の足音が近づいてきた。


「動くな! 警察だ。署まで同行願おうか」


 警察官は皆銃をこちらに構えている。俺は両手を上げ、警察官達の方を向いた。


「……わかった」

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