第2話しにたみ住人は其底でひとり静かに漂う



「ちょっと!!あんた人の心ってもんがわかんないの!?」


これは幼少期のにーしたが幾度となく強制的に受け取らされてきた言葉であった。


にーしたの頭脳はありとあらゆる事象をネガティヴに捉えた。ネガティブの可能性、通称・ネガ種を見つけるのは誰一人として負けたことはなかった。

光よりも早く、そして数にして9割強を瞬時に把握できる能力を身につけていた。厳密に言えばひとつひとつの結論を順番に叩き出していたが、光速であるため体感では同時にと言っても過言ではなかった。


「(お前が今頃になってやっと到達したその感情、僕なら47588通り前にとっくに通り過ぎてるね…)」


そのため、誰よりも早く悲しみに到達する才能と引き換えに、にーしたは誤解されることが少なくなかった。

学級内で悲しい出来事がおこると、さあみんなで今から感情の25メートルプールに飛び込み、50メートルを泳ぎ切りましょうね!という事になる。


前述の通り、にーしたは光よりも早くネガティヴへと到達することができる。

同級達が25mで最も深い悲しみという名の折り返しへと手を付いた束の間、隣のレーンにはにーしたの姿は無かった。

同級は思わず周囲を見渡す。25m地点から180度回転した視線の前、スタート地点ににーしたが居るではないか。


どうして!どうしてあいつだけ泳いでいないの!!


にーしたは泳いでいない訳がなかった。

すでに50m泳ぎ切り、スタート地点へと戻っていただけだった。

が、感情の海で泳ぐことに必死なばかりのクラスメイトはそのことにも気付くはずもなく。

おかしいことは正さなければならない、と、とうとうプールの底に足を付いた。

実際は50mを泳ぎ切ったばかり、疲労困憊のにーした向かって公然のように抗議に向かうのだった。50mを泳ぎ切るという当初の目的はいつだって簡単に遠くへと葬りさられた。


「はーあ、図らずも大人級(クラス・親)ネガティブとの毎日が修行になってたって訳か。」

にーしたの親もまたネガティヴに到達する才能に秀でた人達だった。

「家でこんなタイム遅いって殴られるくらいなのにな。まだ悲しんでるのか!演技してるのか!!って。」


一時が万事そんな風であるから、家にも学校にもにーしたにとって心落ち着ける居場所など無かった。

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しにたみ住人は同居人と遊蛾に呉らす @kanaetamae

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