第 7話 PM 2:45

 そんなジェンキングは次にはもう、諸見沢さんでしたね、と知った顔を見つけ、捕まえていただけたんですか、と確かめている。まだ捜査中だ、と諸見沢が答えたなら逸らした目でようやく並ぶ面々をいぶかし気と見回していた。

「こちら、本件へ特別に配属された捜査員のみなさんです」

 気づき紹介する諸見沢のはぐらかし方は絶妙だ。知って無下にできなくなったジェンキングも会釈を繰り出す。そちらの方も? とハナへ問うた。

 物腰は始終、動画のそれがキャラクター用であることを証明して落ち着いている。厚底靴のせいもあって画面から伝わることのなかった背丈も想像以上だったなら、派手だと思えた髪色も挿し色程度にとどまると奇抜に終わらぬバランスで、カリスマとそのもののオーラを放っていた。

「ご紹介と、今後のことでお伝えしておきたいことがありまして」

「今後?」

 切り出す諸見沢に、ハナからジェンキングは振り返る。客席へ散らばる警官に気づくと表情を、あけっぴろげと変えてみせた。

「まさか、またただのイヤガラセに中止しろとおっしゃるんですか」

 甲高い声を響かせる。

「準備にどれだけの時間とコストがかかっているかご存じなんでしょうか。紙切れ一枚で中止になんて、あり得ません。それに楽しみにしているモデルのコたちへは何と? ボクのファンにだってどう説明すれば。脅迫状が送りつけられたせいだ。言って三百万のフォロワーが動揺するようなことになれば炎上だってあり得るんです。そちらの方がボクにとっては大打撃です」

 さすがは動画配信者と言うべきか。立て板に水の抗議は迫真でさえある。

「このことは先ほどの方にも申し上げたかと。それともまだご理解いただけてないのでしたら、ボクはそんなに難しいことを言っているのでしょうか」

 「さきほどの方」とは間違いなく曽我のことだ。それきりむくれた顔で腕組するジェンキングを前にしたなら心中、労をねぎらわずにおれなくなる。

「いえいえジェンキングさん。イヤガラセかどうかは調査中です。つきましてはおっしゃる通り中止が難しいということですので、万が一に備えて公演中の警備についてをご了承いただきたいと……」

 加えて諸見沢が年配なら、互いの接点のなさに話はなおさら進みづらくなっていたろうとしか思えない。諸見沢は柔和と割り込むが、だとして聞かされたジェンキングの体はそのとき、え、と伸び上がっていた。

「それって、どういうことですか」

 マスカラののったまつ毛を見開き、囲う面々を見回してゆく。顔へ、ついにしびれを切らしたらしい。ハートが身を乗り出していた。

「簡単なことだ。ホール外周の警ら、入場口での持ち物検査はこちらで実施する。あと一階、二階客席へ私服警官の配置……」

「私服警官、ってこちらの方々が?」

 話を遮ってまで、それはジェンキングにとって確かめなければならないことらしい。

「演出の妨げになるようなことは控えますので」

 意味を察した諸見沢が即座に付け足しとりなしてみせる。

「当然です。ですが残念ながらボクのショーにみなさんはデザインされていません。そもそもご遠慮、いただきたいのですが。いいえ、こうして立ち入らせて大騒ぎをする。それがこのイヤガラセの目的じゃないんでしょうか。そうしてショーを台無しにして、ボクが失敗するところを見たがっているんだと思うんです」

 違いない。うなずくジェンキングの眉間もまた詰まったまま、揺らがない。

「だのにまんまと乗って警備だなんて大袈裟です。それがプロの方々の見立てだとおっしゃるのなら、なおさらボクには信じられないんですけれど」

 最後、まさに華麗と一蹴してみせた。

 様子は怒りどころか誰もを唖然とさせ、その妙な空気にはさすがのジェンキングも気づいたらしい。

「わ、分かりました」

 取ってつけたように唐突と言い放つ。

「どうぞ警備のほう、なさってください。ただしその恰好で立たれると悪目立ちし過ぎますから、せめて座ってもらえるよう客席を追加させます。都合のいい場所を後でスタッフに申し付けて下さい」

 並ぶ誰もへ悪意そのものの視線を這わせ付け足した。

 などと、ここでももろともせず、むしろここぞで話を進める諸見沢は猛者だ。

「後ですね、更衣室の方にも警備を布かせていただきたいのですが」

 だがこればかりはタイミングなどそもそも関係なかったらしい。

「それはダメですっ」

 顔面も蒼白とジェンキングは声を裏返す。

「どう考えても目立ちます。スタッフやモデルのコたちになんて説明を。危険から守るために? バックステージの雰囲気はそのままステージへ出るんです。怯えたり不信感の残る顔でステージへ上がってショーが成功するとでもお思いですか。それこそ演出の妨げですっ」

「ですがジェンキングさん、文言にはランウェイ、とあります。一帯を手薄にすることはできません」

 目にしてきたのだからハナもすかさず口を挟んでいた。

「何かあれば、それこそショーは目も当てられんぞ」

 真顔とハートも脅しにかかる。

 だがジェンキングはイタズラだ、と最後まで取り合わなかった。でないなら今頃どうにかなってますから、とさえ言ってのける。

「どうにか、とは?」

 曖昧さをレフは聞き逃さない。だからといっていっときたじろいだジェンキングの挙動は、明らかに見るからに外国人の容姿から放たれた日本語の方にあるらしい。一度、上から下までを見回してようやく納得したように答えてみせる。

「それは、有名人にはアンチがつきものってことです。言葉ひとつでいちいち警備するというならボクの日常は大統領並みです」

 言い分にはストラヴィンスキーもうなずき返していた。

「とにかくあんなところに手紙を置いてゆけるなんてスタッフくらいでしょう。とんだ給料泥棒を見つけ出していただければ十分ですから」

 無論そこに SO WHAT さえ絡んでいなければ、だったが、明かせないならうなずきついでとストラヴィンスキーは呼びかけることにする。

「でしたらジェンキングさん、あまっている衣装なんかをお借りしたりできませんか。着込んでの警備なら目立ちませんし、スタッフのみなさんにも説明する必要なく紛れ込めると思うのですが」

 提案にはジェンキングよりも周囲が、え、と眉を跳ね上げていた。だが周囲へ溶け込むための扮装は張り込みなどでたびたび行われている。ビジネス街ならスーツ。繁華街ならカジュアルダウン。ファッションショーなら、その衣装、というわけだ。

「まさか、そんなものありません」

 だがジェンキングはきっぱり言い切る。

「全部、今日のステージのために用意したものですから」

 しかし負けじと返す声はハナから上がっていた。

「あら、それ、いいんじゃない? ついでにあたし、出るわよ」

 言うまでもなくショーへだ。

「だって警備するなら、ここが一番いいポジションだし」

 扇状に広がる客席もまた示してみせる。

 だが確かにステージから眺めてみれば、ホールは自身を中心にあけすけと広がっていた。そして観客からこちらの動きが丸見えである以上、逆もしかりと見張るにうってつけであることを知らしめている。加えて万が一だ。ランウェイで何事か起きたところで、ステージに上がっていたなら対応は誰より早くできることになる。

 ああ、ナルホド。

 言わんばかりの空気がしばし、一同の間を流れていった。

 だからこそぶった切ってジェンキングは爪先立つ。

「か、勝手に決めないでいただけますっ? だいたい今回のモデル層は二十代なんですっ」

 即座に数字でハナを一網打尽にしてみせた。のみならず、それに、とレフへも険しい視線を向ける。

「ただデカイだけじゃ、ボクの服は着こなせません」

 剥がしてとなり、季節感無視なうえファッション性の欠片もない作業着もどきのハートと諸見沢もまた睨みつけた。

「日頃からファッションに無関心なのも、論外ですっ」

 残るストラヴィンスキーへも視線は容赦なく飛ばされる。

 だがしかし、だ。

 あった勢いはそこでピタリ、止んでいた。

「……なっ、にか?」

 身構えていたストラヴィンスキーの愛想笑いも引きつる。

 向かってやにわにジェンキングは厚底靴を繰り出していった。かと思えば何の断りもなく真正面からだ。むんずとストラヴィンスキーの両肩を掴んでみせる。ままに肉付きを探ったその後、腰の位置もまた確かめてみせた。それきり粘るような視線を残して背後へ回り込んでいったなら、豪快なまでに尻もひと掴みしてみせる。

「ぅわっ、は」

「あなた……、この眼鏡、取ってもらえます?」

 言った。その視線はとにかく鋭い。

「こ、こうですか」

 逆らえず、こわごわ眼鏡をはずしたストラヴィンスキーの顔を、これでもかと見回してゆく。

「あなたなら許可します」

 出た言葉に、ショーに出たいわけでもなんでもなくとも、いっとき周囲から嫉妬のオーラが立ち昇ったことはいうまでもない。

「どういう、こと……」

 ハナこそ呻く。

「……あ、ハッシー、忙しいところゴメン。もしかしたら増えるかもしれないの。うん、そう。初めて。間に合う?」

 背に、スカジャンのポケットから携帯電話を抜き出したジェンキングは、早くもこの決定事項を伝えてスタッフへ通話をつなげている様子だった。

「いや、出るのはちょっと」

 展開に想定外とストラヴィンスキーも待ったをかけるが、これこそ身から出たサビである。味方する者こそ現れはしない。証拠にハナも寄り添い肩なんぞを叩いている。

「何言ってるのよ、おかげで丸く収まったんだから頑張りなさい。ウチのジェンダープリンス」

「なんですか、それっ」

「ぐずぐず言うな。最後までやり抜け」

 ハートの笑いももはや嫌味以外のなにものでもない。

 あいだにもハッシーらしきモヒカンヘアの人物はステージへ現れていた。駆け寄る姿を確認したジェンキングは、決めつけるのはまだ早いと言わんばかり、ただし、と付け加えて振り返る。

「女のコも見つかればですから。男女の数が合わないと進行状、無理です。その場合は諦めていいただきますので、どうぞよろしく」

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