第5話〈こころの心とその秘密〉
(朝、登校中)
「こころ〜」
「何?」
「好きだ〜」
「ありがとう。」
(学校にて)
「こころ〜」
「何?」
「大好きだ〜」
「ありがとう。」
(学校、放課後)
「こころ〜」
「何?」
「愛してるぜ〜」
「ありがとう。」
(下校中)
「こころ〜」
「ねぇ、告白すればいいってもんじゃないんだけど……。」
「回数重ねたらどうにかなることじゃないし。」
「ご、ごめん……。」
「怒った?」
「怒ってないよ。」
怒ってないと言っているが、こころはスタスタと歩いて先に行ってしまう。
その歩くペースは、いつもよりも明らかに速かった。
「ね、ねえ、待ってよこころ。」
「……………………。」
「無視しないでよぉ〜」
「やっぱり、怒ってるの?」
「……ごめん。ちょっと。」
「ごめんね、怒らせちゃって……。」
「まあ、別にいいけど……。」
「でも、あんな風に何回も言われると、逆に軽薄に感じる。」
「私と付き合えれば満足なわけ?」
「え、そりゃ、当然……」
「私と付き合うことが目標なの?」
「え?」
「私と付き合って、その後結婚したいとか、私のことを幸せにしたいとか……。」
「そういうことが目標ってわけじゃないの?」
「君は私と付き合えれば、それでいいんだ……。」
「私はそういう風に感じちゃったよ。残念だね。」
そう言ってこころはまた僕を置いて歩き出してしまった。
ああ、そうか……。
僕の身の振り方がダメだったんだな。
自分のことばっかり考えていて、こころのことを全然考えていなかったんだ。
付き合いたいって、それしか頭になかった。
その結果、こうしてこころを怒らせることになってしまった。
「違うんだ、こころ…。」
「確かに君と付き合いたいんだけど、でも、それだけじゃないんだ…。」
「僕は少しでも君と一緒にいたいし、君と近い関係になりたい…。」
「君はいつも無表情で、どこか寂しそうな目をしているような気がする。」
「だから、君がそれを許してくれるのなら、君と時間を共に過ごしたいんだ…。」
「なんだか、プロポーズされているみたいね…。」
「なっ、か、からかわないでよ…。」
「ふふっ…。冗談よ。」
「でも、僕は君が望むなら…」
「その言葉は、少なくとも今言う言葉じゃないんじゃない?」
「それも、そうか…。」
「今日は、ごめん…。」
「僕のせいで、こころに不快な思いをされたよね…。」
「もういいよ…。許す。」
「それに、私もごめんね…。別に、怒ることじゃなかったのに…。」
「いや、こころに対して僕が恋をしているのに、僕自身が自分のことばっかり考えていて、こころに全然向き合ってなかった。」
「こころに怒られてなかったら、きっと僕は気付けなかったよ。」
「そっか……。」
「ねえ、こころ…。」
「どうしたの…?」
「君はどうして、笑わないの…?」
「……………」
「君は、僕のこと、信じていないのかな…?」
「………………」
「ああ、ご、ごめん…。」
「センシティブな内容だったよね…。ごめん。今のは、聞かなかったことに…」
「知りたい…?」
「え?」
「私の過去、知りたい…?」
「どうして私が笑えないのか、どうして私が人を好きになれないのか…。」
「そういった私の秘密、知りたい…?」
「で、でも、それは君にとって辛いことなんじゃ…」
「そんなの関係ないっ…」
「私は、知りたいのか、知りたくないのか。」
「それを聞いてるの。そんなことは聞いてない…。」
「………聞いても、いいの?」
「うん…。知りたいなら、話してあげる…。」
「私が笑わない理由、いや……」
「笑えない理由って言った方が、適切かな…。」
「その理由は、私自身にあるの。」
「私、人間不信、なの……。」
「人間、不信……。」
「そう。人間不信…。」
「私は人のことを信じることが出来ないの。」
「それじゃあ、僕のことも、信じられてはいないのか…。」
「うん…。ごめんね。もちろん他の人よりよく思ってるよ。だけど、そんな君のことも心から信じることは、叶わないの。」
「私、本当は、親がいないの…。」
「え……。」
「私には、本当の家族なんていない…。血の繋がりのある人がいないの。」
どういうことなんだ…。親がいない、血の繋がりのある人がいないって、一体どういうことだ…。
彼女は社長令嬢なんじゃなかったのか…?じゃあ、なんで…。
「私の今の両親は、本当の両親じゃない…。」
「私は、引き取られた子なの……。」
「なっ………………」
これがまさに、開いた口が塞がらないというやつなんだろう。
僕はこころの発言を聞いてから、驚きのあまり硬直してしまい、何も言葉を発することが出来なかった。
「そして引き取られた私は、養子として扱われた。」
「今の私の両親には、子どもが産まれなかったの…。」
「跡継ぎがいないってことか…。」
「うん……。そういうこと…。」
「もしかして、その跡継ぎを産めって…」
「君は本当に察しがいいんだね…。」
「その通りだよ…。私は、自由がなかったの。」
「お金持ちの家だから、生活には困らなかった。生きていくことはできるの…。」
「でも、私は幼い頃からお見合いばかりさせられた。」
「相手はみんな、”お父様”の兄弟含めた親戚ばかり…。」
「私の本当のお父様はね、今のお父様の、いや……。」
「社長の、一番の側近だったの。」
「でも、お父様はある日病気で亡くなってしまった……。」
「私のお母様は私を産んですぐに亡くなっていたそう…。」
「そんな私は、引き取られた。」
「世間体的には、私を引き取った社長の株は高い…。」
「私を厳しく育てて、優秀な子にした…。」
「優秀な子にしてくれたこと自体は、いいことだと思う……。」
「でも、実際、私はモノでしかなかった……。」
「跡継ぎになる男の子を産ませるための、駒でしかなかった。」
「それに気付いた私は、それから誰のことも信じることができなくなったの。」
「私のことをちゃんと見てくれる人なんていないんだって…。」
「今後の将来の自由がないってことか……。」
「うん。そういうこと……。」
「……………………」
僕は彼女になんと言葉をかければいいのかわからなかった。
彼女は自身の自由なんてなかった。
それはつまり、何のために生きているのかさえわからない。
そういうことになると思う。
それで心を閉ざしてしまったのか…。
一人、殻の中に籠るように。
でも、彼女は一人でずっと、苦しんでいたのだ。
きっと、待っていたのだろう。
自分を救い出してくれる、その誰かを。
そのことについては簡単に理解することができた。
わざわざ僕にこんなことを話したのだ。
助けて欲しいからに決まっている。
「ねぇ、こころ……。」
「……なに?」
「我慢しなくて、いいんだよ?」
「え……?」
「今まで、本当に頑張ったね……。お疲れ様。」
僕はそうして、そっとこころのことを抱き寄せるのであった……。
難攻不落のこころじょうを攻め落とすのは、こんなにも難しいのですか? 柊木創(ひいらぎ はじめ) @hiiragihazime
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