15 血液
ブルジャーワシおじさんの家で手伝いを終えた僕は、街に繰り出していた。三日ほど寝込んでいたので、食材を買いに出たのだ。アマモおばさんが持たせてくれた昼食の余りは家で食べるとして、明日からの食事に必要な食材を買いそろえなければいけない。
今日は風も爽やかで、街は賑わっていた。街のど真ん中を十字に貫く中央通りを歩き、左右にある店の外に置かれている商品を一つひとつ見て回る。干し肉や塩漬けの肉、干し野菜や穀物などが並んでいる。客を呼び込む店主の声や、客が店員と値切りの交渉をしている声が辺りから聞こえる。
この街にはほとんど自活できる機能がない。砂漠の真ん中のこの土地では、乾燥に強い限られた植物しか育たない。水は深い井戸の底に流れる水脈から引き上げなければならない。引き上げて水を地面に撒いたとしても、砂の土地はその水を蓄えられず、すぐに乾くか流れてしまう。食用の家畜をまるまると太らせることができる量の草は生えないため、家畜は乳をしぼるか、移動手段としてその家の資産になるしかない。
そんな不毛な土地なのになぜこの街が存在して人々が住んでいるのかというと、単純明快、交通の要所だからだ。自国と東の隣国の
もちろん、それらの行商から食材や生活用品を買うこともできるが、それだけでは生活していけない。そのため、街がキャラバン隊を編成し、物資の補給に出るのだ。地域住民は行商に雇われる、もしくはこの街のキャラバンに参加して、生計を立てる人が多い。その甲斐もあり、市場にはなんとか街の人と行商人たちが暮らすだけの食材と日用品が入ってきている。
『キャラバンは血液で、行路は血管だ。巡らないと、この街は生きていけない』。幼い頃からの父さんの口癖だった。
しかし、最近北回りの交易路が整備されてきており、危険な砂漠を経由するキャラバンが減ってきているのも事実だ。そちらは今まで険しかった山岳地帯に新しい路ができ、河にも橋が架かったと聞く。キャラバンの荷車が改良され小回りがきくようになってきたこともあって、そちらの行路を選ぶキャラバン隊が増えてきたのだ。この街の大人たちは新聞を読みながら不安を口にしているが、どうしようもない。この街は、このままの姿で生きていけるのだろうか? 目の前に広がる街並みは賑わいを見せているのに、僕の目にはどこか乾いているように見えた。
干し野菜を選別しているところで、後ろから肩を叩かれた。
「よお。最近見なかったじゃないか」
ナセルだった。いつも着ているザマの世話用の作業服ではなく、服の
「疲れてるのか? 目にクマができてるぞ、サルファ」
「この間の砂嵐に巻き込まれたせいで、熱が出て寝込んでたんだ。もう大丈夫」
ナセルは「砂嵐に巻き込まれるなんざ、間抜けこきやがって」と大きな声で笑った。店の軒先で話しては邪魔になると思い、二人で店の脇によける。間抜けと言われたことが悔しくて、「笑うなよ、死ぬとこだったんだぞ」と声を低める。「悪い、悪い」と、ナセルは眉尻を下げるが、顔がまだ笑っていた。不機嫌になる僕を見て、ナセルは話題を変えた。
「聞いたか。次のキャラバンが決まったぞ。今、ザマの契約をとりつけたところだ。俺もここ二週間はザマの準備で忙しくなるよ」
ナセルは服が堅苦しいのか、首をすくめた。ナセルの家――カリーラ家はこの街でザマの管理を任されている名家だ。ザマの管理と一口にいっても、業務は多岐にわたるらしい。ザマの飼育はもちろんのこと、キャラバン隊の責任者とザマをいつからいつまで貸し出すのか、荷はどのくらいの量なのか、一頭につき報酬はいくらか、ザマを一頭失うにつきいくら支払う必要があるのか、餌はどうするのかなどを、出立までに契約しておく必要があるという。最近はナセルも表に立つようになり、パパーラヴァさんが担っていた仕事は段々息子たちに受け継がれていると噂で聞いた。
「サルファの快気祝いだ、今夜どこかに飲みに行こう」
そう言われて、僕はどきっとした。煙亭の木製の看板が頭にちらついたからだ。ナセルはすぐに返事をしない僕の顔色をうかがっている。僕は慌てて返事をする。
「いいよ。どこに行く?」
「煙亭はこの間行ったもんな。また考えておくから、とりあえず今夜、中央広場に集合で」
ナセルは空を見上げて、太陽の傾きを見るやいなや、「すまん、そろそろ帰るわ」と言って足早に戻っていった。毎度風のように僕をかき乱す奴だ、と思う。人混みの中に一人取り残された僕はひとつ溜息をついてから、買い出しを再開した。夜のことを考えて、量は少なめにしておいた。
家に戻り、アマモおばさんにもらった昼食の残りを食べる。その後、家中の板戸を閉めていく。先日は砂嵐がくるとは思ってもおらず、窓から大量の砂が入って家の床が砂まみれになってしまっていた。砂を掃き出し、家のものを片付けるのにも体力を使ったため、結局寝込むことになってしまったのだと思う。砂嵐は頻繁に起こるものではないが、念のため今日はしっかりと板戸を閉めてから街に繰り出すことにした。
広場には、酒を飲む人がそこかしこにいる。キャラバンが帰ってきてすでに一週間が経っているが、まだ屋台も多く出ているし、みんなカーニヴァルの気分が続いているようだ。酒を飲んでいる人は、ブルジャーワシおじさんと同じくらいの年齢の、僕の父親世代の人たちが多かった。まるで、この街が廃れていくのを恐れて酒を飲んでいるように見えた。数人で輪になって大声で笑っている人たちもいれば、酒瓶を握りしめながら机に突っ伏して寝ている人もいた。僕はその間を縫うように歩き、辺りを見回した。
「おい、こっちだこっち」
ナセルの筋肉質な腕が視界に飛び込んでくる。笑いながら後ろに反り返った酔っ払いを避けながら、ナセルが座っているテーブルに辿り着く。ナセルはすでに杯をふたつと、酒瓶を準備していた。
「行こうと思ってた店が混んでてな」
僕が座るやいなや、ナセルは手際よく杯に酒を注いでいく。軽く杯をかちあわせてから、ナセルはぐいと一口で酒を飲み干した。僕もちびりと舐めてみたが、この間飲んだ酒よりも口当たりが軽い。僕の体調を気遣ってのことだろう。ナセルは少し強引なところがあるが、こういう気遣いができるから街の人たちに慕われているのだろう。僕は先ほどよりも少し多めに酒を口に含んだ。
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