13 独り

 砂嵐はなかなか止まなかった。たまに大きく、ザァという音が板戸を叩きつけている。僕は寝転がって暗い天井を見上げる。その音を聞きながら、四年前、キャラバン隊が街に帰ってきて「両親が死んだ」と聞かされた夜のことを思い出していた。


 四年前、両親がキャラバンに出ているときは一人で家で過ごしていた。自分で重い水瓶を運び、拙い手つきでナイフを扱いながら料理をした。でも不思議と、それを寂しいとか辛いとか思ったことはない。必ず両親は帰ってくると思い込んでいたからだ。一か月のときもあれば三か月家を空けることもあったけど、くたくたになりながらキャラバンから戻ってきて、荷物も下ろさずに二人とも僕を抱きしめてくれた。その腕の温かさが当たり前のものだと思っていたのだ。

 両親の死を告げられ、ブルジャーワシおじさんに家に来るかと誘われたが、「一人で大丈夫」と断った。ブルジャーワシおじさんが僕の家から去った後、何もする気が起きず、すぐに寝床に入った。もしかしたら夢かもしれない。今日の出来事はすべて夢で、起きたら朝になっていて、父さんと母さんが笑顔で帰ってくるに違いない。僕はそう思って、寝具にくるまって眠りについた。

 板戸がガタン、と揺れた音がした。僕は目を覚まし、暗闇の中、寝床から飛び出して板戸を開けた。


「父さん!? 母さん!?」


 急いで戸を開けた瞬間、一気に家の中に砂風が入ってきた。いつの間にか、外では砂嵐が起こっていたのだ。僕は風の力で締まりにくくなった板戸を、慌てて体で押すようにしてなんとか締めた。家には砂が散らばり、風の力で机の上に置いていたランプの火が消えていた。突然のことに驚き、息が荒くなる。少し砂を吸ってしまったようで、喉が痛い。僕は砂まみれのままランプにもう一度火をつけ、瓶の中の水を掬って飲んだ。髪についた砂を払い、水を含ませた布で顔を拭う。


「あれ……?」


 拭った布を見ると、ポタポタと水滴が落ちていた。外ではザァザァと砂が舞う音がする。その中に、僕の小さな嗚咽がまじった。

 ああ、僕は『一人』ではなく『独り』になってしまったのだ、と、そのとき気がついた。抱きしめられることも、三人で過ごす食事の時間も、もう二度と訪れることはないのだ。キャラバンに出発する日の朝、「いってきます」と頼もしい笑顔で僕の頭を撫でてくれた父さん。「気をつけてね」と言うと、温かな腕で僕を抱きしめてくれた母さん。もう二度と、二人には会えない。涙が止まらなかった。水瓶に寄りかかりながら、涙が流れるままに泣いた。

 砂嵐の夜、僕はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。それが独りで過ごした、最初の夜だった。



 懐かしい思い出をかき消すように、煙亭の板戸が大きく揺れた。おそらく、砂嵐は今夜ずっと続くだろう。僕は寝返りを打って、目を瞑る。

 アリージュの昼間の姿が瞼の裏に浮かんだ。彼女は家族に売られ、座の中で育ったと言っていた。座にはジュナという姉代わりの存在がいる。そしてアリージュを気遣うタミユさんもいる。でも、昼に宿屋から出られなかったり、夜に仕事があったりと、かなり制限が多い生活を強いられているようだ。


『アリージュはマーシャル座にとって大事な“商品”だ』

『二度とアリージュと関わらないでくれ』

『男は私たちにとって友人にも恋人にも家族にもならない、生きていくためのお金と一緒の存在よ』

『アリージュから伝言。「もう会えない」って』


 いろんな人の言葉が頭に浮かんでくる。大人たちが言っていることはわかる。アリージュも周りの人たちも、遊びでやっているわけではない。大人も子どもも老人も男も女も、みんなこの砂の街で、懸命に生活しているだけだ。やりきれない気持ちを割り切って、心になるべく砂嵐が訪れることのないようにしているのだろう。アリージュが会えないと伝言をジュナさんに頼んだのは、きっと僕の身を慮ってのことだ。あの座長の様子だと、次、アリージュと二人で会っているのがバレたらただでは済まないのだろう。


「なんでなんだよ……」


 そう独りごちることしかできなかった。この砂の街は、僕らのように生きる子どもに優しくない。砂は簡単に大切な人を奪っていく。僕も心のどこかで、そう割り切っていたのだ。奪われるくらいなら、最初から独りで生きていきたい。この四年間、心のどこかでそう思っていた。

 でもアリージュと出会った。まだ数回しか会っていないのに、彼女と一緒にいるときは世界に色が溢れているように見えた。僕のことを可哀想な目で見ない、砂で心が渇ききっていない彼女。熱情に溢れた踊り。しなやかな体つきなのに、抱えた肩は頼りなくて。何もかもが新鮮で、あの壁に四方を囲まれた空間は、僕にとっても彼女にとっても、今までの自分から逃げられるよりどころだったのだ。また僕は、失ってからそれが当たり前のことではないことに気づいたのだ。


「会いたい」


 自然と口からこぼれた。アリージュに会いたい。その四音は、砂嵐が巻き起こす風の音でかき消されて暗闇に消えていった。

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