魔王の生き腐れ
木古おうみ
序:墓暴きの成れの果て
呪術師と墓暴き
闇に包まれた巨大な霊園に、墓標はひとつもなかった。
冷たい土の上に折り重なったいくつもの死体が、暮石の代わりに自分たちの死を示すようにそびえている。
死体から吹き出す黄土色の霧を、細い剣が切り裂いた。
夜の色を反射する細身の鎧に身を包んだ女が、死体の山に切っ先を突きつける。
「出てきなさい、まだ動ける者がいるでしょう」
女の声に応えて、死体の山が震える。
マントを脱ぎ捨てる闘士のように、骸を跳ね除けて、一体の死者が起き上がった。
ボロ切れに似た皮膚から湯気を立て、白濁した目が女を捉える。
足元の泥沼を蹴り、赤い唾液の滴る口を開けて、死者が飛びかかる。女は刺突でその喉を貫き、もう片方の拳を死者の腹に叩き込んだ。
女が剣を引く。死者の脇腹には一本の錆びた釘が突き刺さっていた。
死者は自分の身体に生えた丸い釘の頭を見下ろし、糸が切れたように地面に倒れこんだ。
女は籠手に包まれた指で死人の瞼を下ろすと、その手で剣についた血を拭って鞘に収めた。
霊園の外では、鎧を纏った兵士たちが並んでいた。
「
兵士のひとりが口を開く。
「どうでしたか」
女は首を振った。
「どれもただの死体です」
兵士が肩をすくめた。
「
女は視線を逸らし、霊園を囲む鉄柵にしがみついていた古い張り紙を外した。
“死は終わりではない”––––
兵士がそれを覗き込み、苦笑する。
「まぁ、今回は外れでしたが、すぐに見つかりますよ。生きてさえいれば」
女は夜闇と同じ色の髪を払って俯いた。
「生きてさえいれば、ですね」
***
死んだ方がマシだ。
「ゼン、またそれかよ」
泥にまみれた少年が太い麻縄の片側を引きながら眉をひそめる。
暗い森の獣道には、息が詰まりそうなほど濃い霧が漂っていた。
もう片側を引いていたゼンが、言い返そうと口を開いたとき、縄の結び目が解けて手の中を滑り抜けた。
「あっ、くそ」
摩擦で焼けた手を擦りながら、ゼンは唾を吐いた。
髪も服も、土の色が染み付いて元の色が思い出せない。
手の平を見ると、縄の跡の部分だけ泥が落ちて血の赤が滲んでいる。
「中身は!?」
少年が駆け寄った。
「出てねえよ」
両端から縄紐を垂らして地面に横たわっているのは、黒塗りの質素な棺だった。
傷だらけの表面の真ん中に、ふたりが土を掘り起こしたときにシャベルでつけた穴が空いていた。
わずかにずれた蓋を叩いて、少年が両方の色が違う目でゼンを睨む。
「じゃあ、死ぬか? そうしたら、僕がふたり分の金をもらうだけだ」
「手前だけでこれ担いで降りられんなら、な」
ゼンは口の中の土を吐き出すついでに舌を出した。少年は答えなかった。
「ジニト、そっち引っ張れ」
「命令するなよ」
彼らが再び棺を引きずり始めると、獣道に亡者の爪痕のような線が続いた。
霧とともに夜の闇が引き、朝日が木々の間から乱杭歯のような影を落とす頃、ふたりはようやく森を抜けた。
まだ仄暗い道の先に、一台の馬車と山賊のような装備の男たちが待ち構えている。ゼンは背後の棺を示した。
「誰にも見られなかったか?」
「たぶん」
馬車から降りてきた仲間たちが棺を見聞し、ひとりが近づいて、懐から布を紐でくくっただけの袋を突きつけた。
「報酬だ。確認するか」
ゼンとジニトは手を差し出した。男が銅貨を一枚ずつ交互にふたりの手の平に置いていく。
「これで等分だ。仲間割れするなよ。次も仕事があるからな」
男は素早く踵を返して、棺を馬車に積み込む集団に合流した。
その背を眺めながら、ジニトが呟いた。
「この後、あれがどこに行くのか気にならない?」
「ならねえ」
ゼンはジニトの左側に立って、馬車が遠ざかるのを見送った。
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