第94話 予約

 彩は「自宅」と書かれた通話履歴とにらめっこしていた。

「……。」

 今日こそ両親に報告しよう。数日前からそう思っては通話ボタンを押せずにいた。

「どうした?」

「きゃっ!!」

 後ろから突然話しかけられたので、彩は思わずスマートフォンを落としてしまった。

「いきなり話しかけないでくださいよ…。」

「悪い悪い。ずっとスマホとにらめっこしたまま動かないから、どうしたのかと思ってさ。」

 彩は必要以上に時間をかけて、落としたスマホを拾った。

「…実家に連絡しようと思って。」

「おう、すればいいじゃん。お見合い断り入れるんなら早い方が良いだろ。」

「そうなんですけど…。」

「怖いか?」

「そりゃあ…。」

「俺がなんとかするって。商談は俺の得意中の得意だ。」

 胸を張って宣言する佐藤。彩も彼が言っていることは嘘じゃないのは知っている。それを踏まえても、中々勇気が出ずにいた。

「うちの親、佐藤さんが思うより堅物ですよ。」

「お前が言うんだからよっぽどだろうな。でも、そこを突破しないと先には進めないわけだし。悩めば悩む程追い詰められるぞ。ってことで、ほい。」

「あぁ!」

 佐藤は彩の隙を見て通話ボタンを押した。

「何勝手なことしてんですか!!」

「いいから話せ、俺が居てやるから。」

「…。」

 向こう見ずな彼の行動に腹を立てつつも、スピーカーに耳を当てた。しばらくの呼び出し音の後、女性の声で応答があった。

「もしもし、坂並でございます。」

「あっ…えっと、もしもし。…彩だけど。」

「あら彩。どうしたの?お見合いのことで何か聞きたいことでもあった?」

「…っ、その…。」

 言葉に詰まる彼女の手を、佐藤は力強く握った。

 彩は彼の目を見つめて少し深呼吸をした。

「…恋人を、紹介したいの。だから、お見合いはキャンセルして…ください。」

 やっと言えた。絞り出すような声ではあったが、ようやく母に自分の気持ちを伝えることが出来た。しかし電話の相手は少し沈黙した後、声色を変えずにNOと言った。

「なんで!?」

「あなたに恋人が出来た事はわかりました。でも、それとお見合いをキャンセルすることは繋がりません。」

「お付き合いしている人が居るのに、お見合いするなんて相手の方に失礼じゃない。」

「あなたがその恋人とお別れすれば良いことです。」

「恋人がどんな人かも知りもしないで、勝手なこと言わないで!」

 気づけば自分の方がキツく手を握っていた。

「とにかく見合いは行かない。絶対に!!」

「あらそう。じゃあ勝手に婚約まで進めてもいいのね。」

「どうしてそうなるのよ!?自分の結婚相手くらい、自分で選ぶわ!!」

「あなた、前にそう言って失敗したのを忘れたの?同じ事を繰り返さないで頂戴。」

「同じかどうかは見て判断しなさいよ!佐藤さんはお母さんもお父さんも、絶対納得する相手だわ!」

「そうやって声を荒げるところ、変わってないわね。…良いわ、会ってあげましょう。あなたが言うように、本当に坂並家にふさわしい殿方であればお見合いを断りましょう。でも、そうでない場合は大人しく見合いを受けなさい。わかった?」

「…わかった。」

「では今週末、17時にホテル・ツアリーヌのレストランで会いましょう。」

「……。」

 無言で電話を切った彩に、佐藤は恐る恐る聞いた。

「…どうだった?」

「今週末の17時にホテルのレストランで会おう、だって。」

「決戦の日が決まったな。」

 佐藤はパチン、と両頬を叩いた。

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