第93話 同棲したい彼 まだしたくない彼女

『へぇ、二人が付き合うことに!』

 山下は美鈴からの報告で心が明るくなった。

『良かった、これで俺は佐藤さんに妬くこともなさそうだ。』

「え、そっち?」

『勿論、彩さんが新しい恋に踏み出せるようになったことも嬉しいよ。』

 受話器からタイミングよく祝福するようなSEが流れた。

「あ、今レベル上がったね。おめでとう♡」

『あはは、ありがとう。』

 今日は恒例のゲーム内デートをしている二人。広大な大地を仲良く駆け巡っていた。

「後はお見合いをなんとか出来れば、二人は安泰なんだけどなぁ。」

『あー、今月に予定されてるんだっけ。』

「そう。もう再来週だから、ご両親を説得しなきゃなの。」

『まぁ、佐藤さんなら上手いことしてくれるんじゃないかな。』

「佐藤さんが人の物になったからって適当な事言ってるでしょ。」

『えっ、そ、ソンナコトナイヨ。』

「ほーら片言になってる〜!」

『だって、今デート中なんだから俺たちの話ししたいじゃん?』

 急に甘い声で甘えたことを言ってくる彼氏に、美鈴はキュンと来た。

『ほんとは会いたかったなぁ、直接。』

「ご、ごめんって。」

 仕事が定時で上がれば一緒に食事をする約束をしていたのだが、彩たちを早く帰すために代わりに美鈴が残業し、彼らの仕事を引き受けていたのだった。

「親友の将来がかかっていると思うとつい…。結希くんを蔑ろにしてるわけじゃないよ?」

『美鈴のそういうとこ、嫌いじゃないよ。』

「ありがとう。」

『でも寂しいなぁ〜。会いたかったなぁ〜。』

「うぅ…。」

『…一緒に住んでれば残業してても会えるのに。』

「そうだねぇ〜。」

『…美鈴さん?』

「はいはい?」

『俺の話、聞いてる?』

「聞いてるよ?」

『その…同棲のくだりをサラッと流し過ぎでは…』

 戦闘中だから話が頭に入っていないのか、それとも敢えて話を流されているのか微妙な返事だった。

 山下は、自分がまた欲張っているのではないかと急に後ろめたい気持ちになった。

「あぁ!ごめん、戦闘に夢中で話が半分に…。」

 美鈴はゲーム内の動きを止めた。

「えっとね、同棲の話だけど…」

『う、うん…。』

「まだしたくないかな。」

『そっか…。』

「あ!その…、後ろ向きにとらえないでね?私なりに理由があって。」

 電話で話をしていたが、そっと姿勢を正した。

「お互いの部屋に遊びに行くドキドキ感をまだ感じていたいなって。」

『ドキドキ感。』

「そう。同棲したら今までより一緒に居られる時間が増えて嬉しいんだけど、その分ドキドキワクワク、みたいなのが減る気がして。デートに行くのでもさ、”何着ていこうかな”とか迷ってる時間も好きだから。だから、もう少し別々の部屋に住んでいたいな。」

『確かに、同棲したらデート行くのも最初から一緒だもんね。』

「そうそう。あと、”お泊り”っていうイベントが無くなっちゃうの勿体ないかなぁ。」

 ”お泊り”。

 確かに付き合いたての頃に予定していなかったお泊りがあった時は、心臓が爆発するのではないかと言う程ドキドキした。

『…そうだね、お泊りってなんだか響きも特別だし、…興奮する。』

「えっち。」

『み、美鈴だって楽しみなくせに!』

「それだけじゃないもーんだ。」

 ゲーム内で美鈴は山下の周りをぐるぐる回り、「あっかんべー」のモーションをした。

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